記憶喪失②
思い出交換所に二人の女性が現れた。
記憶喪失の女性とその友人だ。小柄でショートカットの女性と背が高く、細身でロングヘアーの女性の二人だった。
狭い店内には奥にもうひとつ部屋があって、姫美子が二人を待っていた。部屋には椅子が三つ置いてある。二つは背もたれを倒せば、ほぼ水平になって楽にくつろげる大きな椅子で、足元にフットレストが置いてある。
その二つの椅子の間に、ひじ掛けの無い小ぶりなアンティークチェアが置いてある。アンティークチェアに姫美子が腰をかけ、二人の女性を大きな椅子に腰掛けさせた。
「今日はよろしくお願いします」と小柄な女性が言う。
こちらが記憶喪失の女性のようだ。少し話を聞いた。
「彼女、苦労して生きて来たのです」と長身の女性が言う。
二人は小学校からの同級生で、家が隣近所、大学まで一緒に通った仲だと言う。記憶喪失の女性は子供の頃に、父親が失踪し、母子家庭で育った。
「幸い、祖父が商売をやっていたものですから、生活には困りませんでした。実家に引っ越したお陰で、彼女と出会えましたし」
「うん、うん」と隣の女性が頷く。
大学を卒業し、職場は別になったが、二人の付き合いは今も続いていた。
「会社の同僚たちと一緒の飲み会で彼と出会いました」と女性が言う。
合コンのようなものだ。会社の同僚との飲み会に同僚の友人が参加していた。その中の一人が、今の旦那のようだ。
「優しくて、私のこと、好きだって言ってくれました」
女性は旦那にべた惚れの様子だった。
「でも、彼、浮気をしているんじゃないかって噂なのです」と友人の女性が言う。
あの日、病院から連絡が行ったが、旦那は電話に出なかった。仕方がないので、病院は母親と連絡を取り、実家が離れていたので、母親が友人の女性に電話をし、病院に駆けつけたという次第だ。
「彼が現れたのは、翌日になってからでした。一晩、彼女が戻って来なくても気にならなかったのです」
「それは・・・あの日、彼、後輩を連れて飲みに行って・・・酔っぱらって帰ったので、そのままソファーで寝てしまったって・・・朝になって、私がいないことに気がついて・・・慌てて・・・・」
「あなただって、最近、彼の様子が変だって言っていたでしょう。だから、あの日・・・」
「あの日のことを教えてください」と姫美子。
「私・・・あの日のことは全く、覚えていないのです」
「私が代わって説明します」と友人が言う。
「あの日、彼女、仕事を終えて、彼のもとに行ったのです。一緒に帰宅しようと。そして、あのアパートの階段下で気を失った状態で見つかり、救急車で搬送されました。階段から突き落とされたようで、頭に怪我をしていました。
この子、会社に彼を迎えに行って、彼が出て来るのを見たのです。それで声をかけようとしたら、帰宅するのを反対の方向へ歩いて行く。変だなと思って、跡をつけたのです。そして、あのアパートに入って行く彼を見かけた。彼を階段で捕まえて、問い詰めたら、突き落とされた――という訳です」
「まるで見て来たようね。それ、何処までが本当の話?」
「全て本当――だと思います」
「彼女に、今日は彼を迎えに行くから、食事はまた今度にしてね――というメッセージを彼女に送ったことだけは本当です」
彼の跡をつけ、アパートに入るところを目撃したという辺りから、友人の想像だと言うことだ。
「本当に、あの日のことが分かるのでしょうか? あの日、私に何があったのか」
「記憶喪失にはいくつかタイプがあるの――」と姫美子はブックにした説明を繰り返した。「だから、必ずしも記憶が戻って来るとは限りません」
「そうですか・・・」と女性は少し、ほっとした様子だった。
知りたいけど、知るのが怖い――といったところだろう。
「そろそろ、あなたの思い出を見せてもらいましょう」
姫美子はお付きの友人に部屋から出てもらい、記憶喪失の女性と二人切りになった。
「準備はよろしいかしら」
「はい」
姫美子は記憶喪失の女性が腰かける椅子の背もたれを目一杯、倒した。
「さあ、眼を閉じて、リラックスしてください。大丈夫。何も心配しないで。寝ている間に、全て終わりますから・・・」
姫美子が囁く。女性の体の上で姫美子の指が優雅に動いた。
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