メモリーレーン②
部屋に椅子が三つある。椅子は背もたれを倒せば、ほぼ水平になって、くつろげる大きさで、足元にフットレストがある。二つの椅子に、男女がそれぞれ横になり、足を伸ばして寝ていた。ミユキの両親だ。
ミユキに「一生に一度の頼みだから、二人で一緒に思い出交換所に行って。でないと私、大学に進学しない」と脅され、渋々、顔を出したのだ。
二人の間のアンティークチェアに姫美子が腰をかけている。
先ずは男の方へ向き直る。
「あなたが今までで一番、奥さんを愛おしいと思った瞬間を教えてください」
姫美子がそう言うと、寝ているかに見えた男が「あれは、ミユキが生まれる前でした。僕らは二人でインドネシアに旅行に行きました。ビーチにある洒落たレストランに夕食を食べに行きました。レストランへ行く途中、彼女が段差に
起きているようには見えない。だが、寝言にしては、はっきりと会話している。
「では、何故、彼女から心が離れてしまったのでしょうか?」
「些細なことで、彼女と喧嘩をしました。そんな、大したことではなかった。何が原因で喧嘩をしたのか忘れてしまったくらいです。でも、彼女、腹立ちまぎれに言ったのです。『あんたなんて死んでしまえ!』って。酷いでしょう。それを聞いた時、怒りよりも悲しみを感じました。彼女から心が離れて行ったのは、その一言からだったと思います」
「だから、浮気をしたのですか?」
「だからという訳ではありませんが・・・」
「あなたを責めても仕方ありませんね。今度は奥さんにお聞きします。あなたが今までで一番、彼のこと、愛していると感じた瞬間を教えてください」
姫美子がそう言うと、眠ったように椅子に横になっていた女性が「はい」と答えた。目を閉じたままだ。眠っているようにしか見えない。だが、姫美子の質問にはちゃんと答える。
「私が体調を崩して、うんうん唸っていた時、彼、救急病院に連絡を取って、車を運転して運んでくれました。病院で私の手を握って、大丈夫だ。大丈夫だ。と言ってくれる彼の顔を見ていて、この人がいてくれて良かった。この人と一緒で良かったと、心の底から思いました」
「そんな彼のこと、愛せなくなったのは、彼が浮気をしたからですか?」
「はい。浮気をしたことも許せませんでしたが、相手の女の子は若いだけの冴えない女性で、そのことがショックでした」
「分かりました。では、思い出交換をしましょう」
姫美子は女性の顔の上に手を翳すと、まるでピアノを弾くかのように優雅に指を動かし始めた。
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