姫美子の秘密③
足音を忍ばせて出て行こうとしていた凛子は、「あっ!」と悲鳴を上げた。部屋が突然、明るくなり、目の前に姫美子が立っていた。
「もう悪魔祓いは終わったのね。ダメよ。思い出のメンテナンスをしないと」
「大丈夫よ」
「大丈夫かどうかは、私が判断する」
カイアムが埋め込んだ記憶の爆弾は姫美子にも取り除くことができなかった。そこで、記憶の爆弾を封印し、作動を止めた。だが、封印は取り除くのと違い、何かがきっかけとなり、突如、解かれてしまうことがあった。ある日突然、封印が解け、記憶の爆弾が動き出すかもしれない。それを止めることが出来るのは姫美子だけだ。
「あなたが余計なことをするから・・・」
姫美子がエルフォンと取引し、記憶の爆弾を止めたことを知った時、凛子はただ泣いた。「私の力が足りなかったせいで、娘を犠牲にしてしまった」と。
「私が好きでやったこと。お母さんは関係ない」と姫美子は気丈に言う。
だが、否応なく、姫美子を悪魔との闘いに巻き込んでしまった。そう凛子は後悔していた。
「さあ、そこに座って」と凛子をソファーに座らせると、するすると思い出を両手に広げた。記憶の爆弾の所在は分かっている。
封印が解かれていないことを確認した。
記憶の爆弾が埋め込まれた箇所の直前に、カイアムの記憶がある。凛子の記憶の中のカイアムなのだが、これが、今、ここにいるかのように話しかけてくるのだ。
カイアムからのビデオ通信の役割を果たしていた。
凛子の思い出の中のカイアムが動き出した。通常、思い出の中の人物は静止画で、勝手に動き出したりしない。
「姫美子。随分、ご活躍のようだな」
カイアムはセピア色の悪魔だ。古い写真の中の学生のような恰好をしている。
「ええ。あなたの邪魔をさせてもらっている。それが嫌だったら、私の前に姿を現しなさい」
「今、忙しい」
世界のどこかで戦争や紛争が起こると、悪魔はそこに常駐してしまう。彼らが欲しがる魂が、簡単に手に入るからだ。
「相変わらず記憶の爆弾を取り除くことができないようだな。まだまだだな」
同等の力があると言っても、経験値に圧倒的な差がある。悔しいが、今の力ではカイアムにはかなわない。
「のんびりしていると、直ぐに追い越されるわよ」
「ふふ。お前には感謝しているんだよ。俺の邪魔をしていつもりかもしれないが、お前の仕事のお陰で、魂を手に入れることができている」
「・・・?」
「分からないか。ほら、電車に飛び込んだ女がいただろう。お前が細工をしてくれたお陰だ。ほんのちょっと、記憶を弄ってやったら、電車に飛び込んでくれた」
姫美子が記憶の穴を空けておいた、あの女だ。
「女を刺し殺した男もいたな。希望を与えたつもりかもしれないが、それを奪えば、簡単に絶望に追い落とすことができる。あれも上手く行った」
ストーカーだった男だ。ギタリストになる夢を与えておいたが、それを奪われ、絶望して元カノを刺し殺したのだ。
「これからも俺の為にしっかり働いてくれ」
そう言い残すと、カイアムの思い出は静止画になった。
凛子の思い出のメンテナンスをすると、こうしてカイアムと対峙しなければならなくなる。相手は悪魔だ。弱いところ、不安に思っていることを突いてくる。
平気で嘘だって吐く。カイアムが言ったことが嘘であって欲しいと思った。
「私は負けない」
姫美子は決意を新たにした。
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