記憶の爆弾①
「おはようございま~す」
思い出交換所に若い女性の声が響き渡る。
「ブックちゃん。おはよう」とヨシキが挨拶を返す。
ブックこと、
本家と書いて、“ほんや”と読む。実家がどこぞの本家の家系なのだろう。姓が本屋で名が“しおり(栞)”だ。当然のように、本に関するあだ名がついた。中学生の頃から、ブックと呼ばれていると言う。ご当人、そのあだ名が気に入っているようで、初対面の人に「ブックって呼んでください」と必ずお願いする。
「ヨシキさん。おはようございます」とブックはヨシキにもう一度、丁寧に挨拶した。
ヨシキがにっこり微笑むと、「あら~くらくらする」とブックが額に手を当て、眩暈でふらつく動作をした。
「おはよう。ブックちゃん」と姫美子が声をかけると、「ああ~良かった。姫美子さんがいてくれて~」とブックが姫美子の腕にまとわりついて来た。
姫美子は思い出交換所のスタッフではない。非常勤だ。何時も思い出交換所にいる訳ではない。
「どうしたの?」
「ちょっと相談があります」
「珍しい」、「おや、珍しい」姫美子とヨシキが同時に言ったものだから、「何? それ。まるで私って、能天気みたい」とブックが腹を立てた。
「あら⁉ 違うの」と姫美子が言うと、ヨシキが大笑いした。
「ひど~い」とブックが泣いて見せた。
相変わらず賑やかな店だ。
「それで、相談って何?」
「それが――」
ブックには妹がいて、その妹の友人に関する相談だ。ブックの妹はまだ高校生だが、仲の良い友人が先輩にレイプされたのだと言う。
「ひとつ上の先輩で、その子の憧れの先輩だったみたいです」
先輩は大学受験を控え、受験勉強に追われる日々で、ストレスを溜めていたのだろう。先輩に誘われ、家に行ったら、家族が誰もいなくて、レイプされてしまったと言う。
「その子、レイプされたことを忘れてしまいたいって言うのです。姫美子さんのことを話すと、是非、思い出を交換したい。あの日のことは忘れてしまいたいと言って泣いていました」とブックは言った。
「それはダメだね」、「それはダメよ」と又、姫美子とヨシキの発言が被った。
「ダメですか?」
「気持ちは分かるけど、今、記憶を消してしまうと、先輩への憧れだけが残ってしまう。誘われたら、また、のこのこついて行ってしまうでしょうね」
「その可能性は高いと思いますね」とヨシキ。
「ああ~そうですね」
ブックは女の子の苦しみを取り除いてあげることばかり考えていて、取り除いた後のことまで気が回らなかった。
「じゃあ、どうすれば良いんでしょうね?」
「警察に届ければ?」
「警察で根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だそうです。それに、噂になると、学校に行けないと」
「難しいわね。辛い思い出を薄れさせてあげることならできる。ほら、若い頃に辛いことがあっても、時と共に痛みは薄らいで行くでしょう。あれと同じ。辛い思い出のコマ数を減らして、思い出を薄くしてあげるの。痛みは残るけど、記憶も残る。二度と先輩には近づかないようにね」
「でも、レイプされたって過去は消えませんよね」
「そうね。彼女が、その先輩のことをきっぱり、あきらめることができたら、また連れて来るといい。その時は綺麗さっぱり記憶を消してあげる」
「分かりました」
「それから、ブックちゃん。あなたの妹さんと話をしてみたいの」
「
「うん。彼女にとって、どうしたら良いのか、側で見ている妹さんなら分かると思うの。」
「萌亜に話してみます」
「それと先輩にも、きつい罰が必要ね」
「それ、是非、お願いします」
「彼にも思いっきり、苦しんでもらう」姫美子が笑うと、「あら。悪い顔。姫美子さん、怖い~」とブックが怖がって見せた。
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