人の感情は操れない③

 翌日、思い出交換所で思い出の交換が行われた。

 元カレを呼び出すのは簡単だった。伝手を辿って、元カレの怖い先輩に「楽して稼げるバイトがあるから、俺の代わりに行って来い」と言ってもらっただけだ。バイト代は一時間で一万円だと告げると、ホイホイやって来た。

 店の奥の一室、メモリートレードセンターで思い出交換が行われた。ヨシキはカウンターの裏で開店準備をしながら待機していた。姫美子が思い出交換を行う時は、何時も店に来て待機している。ヨシキがいても、思い出交換には何の役にも立たないが、万が一、候補者が暴れ出したりした時に、取り押さえる為に男手が必要だろうと思うからだ。いざという時は、身を挺して姫美子を守るつもりだった。

 小一時間も経たない内に、元カレがメモリートレードセンターから出て来た。

 呆然と、視線を泳がせながら、酔っぱらっているかのように、ふらふらしながら歩いて行った。

 姫美子のことだ。間違いはないだろう。後は思い出交換が上手く作用してくれること祈るだけだ。

 次に姫美子がメモリートレードセンターから出て来た。

「あなたのダチは熟睡中よ」と言って笑った。

 思い出交換が終わった後、寝てしまう候補者が多い。思い出を弄り始めると、候補者は記憶を失ってしまう。昼下がりの授業で、猛烈な睡魔に襲われる感じらしく、気持ち良く眠ってしまう。

「上手く行きますかね」

「分からない」と姫美子は暗い表情をした。

 一週間経った。

 何も起きない。元カレは再び、ギターに目覚め、メジャーを目指して毎日、練習しているのかもしれない。

 上手く行った。ヨシキはそう思いたかった。

 だが、ヨシキの期待は見事に裏切られてしまう。

 八日目、元カレが彼女を刺し殺したのだ。

 短大の帰り道を待ち伏せ、自宅付近で彼女に復縁を迫った。彼女は復縁を断り、自宅へ逃げ込もうとしたが、背後から追いつかれ、隠し持っていた包丁で刺された。

 出血多量で彼女は死亡した。

 ヨシキと姫美子はテレビのニュースで悲報を聞いた。

「ダメ・・・だったみたいですね」

 ヨシキが沈痛な面持ちで口走る。

「そうね。私は神様じゃない。思い出は操れても、人の感情までは操れない。分かっていたのに、やっぱりダメだった」

「僕のせいです」

「誰のせいでもない。これは彼が選んだ道だもの」

「でも、他に彼女を救う道があったかもしれないのに・・・」

「それを言われると辛いわ」

「すみません。決して姫様を責めているのではないのです」

「分かっている。分かっていても・・・・」

「悔しい!」

「うん」

 ヨシキが俯く。握り締めた拳がぶるぶると震えていた。

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