罪深き女③
姫美子が女の死を知ったのは、一週間後だった。
駅のホームから転落し、列車に轢かれて亡くなった。夫と同じ死に方だった。夫の後を追ったのだろうと人々は噂した。
ホームから転落する前、よろよろとホームを歩く女が目撃されていた。事故の可能性があった。いずれにしろ、事件性の無い死亡事故として処理されることになるだろう。
(これで良かったのかしら)
そう思わないではいられなかった。
女に記憶を消して欲しいと頼まれたが、姫美子はそうしなかった。
女が消したいと願った一日の記憶を封印したのだ。封印と記憶の切り取りは異なる。封印は、説明が難しいが、例えるなら、記憶のコマをひとつにまとめて再生できないようにしてしまうのだ。思い出のリールを結んで再生ができないようにしてしまうと言った方が近いかもしれない。切り取ってしまう訳ではないので、何かの拍子に、結び目がほどけて記憶が蘇ってしまうことがある。結び目を解く鍵としてキーワードを設定しておくこともできた。
姫美子は女の記憶を封印した。
そして、朝の料理をつくっていた記憶を切り取って、交換相手に移した。女には何の思い出も移植しなかった。
女の記憶に穴をつくっておいたのだ。
今の、現在の記憶は消してしまって構わない。寝ていたのと同じだ。脳に記録されないままになるだけだ。だが、過去の記憶に穴を空けてはならない。それはメモリートレイダーとして姫美子が守って来た禁忌のひとつだ。
記憶には大きさも長さも、重さも時間も関係ない。鮮明な記憶はコマ数が多いが、やがて、コマは少しずつ減って行く。記憶が薄れて行くのだ。
そして最後には真っ白になってしまう。
だが、記憶が無くなった訳ではない。真っ白になった記憶でも、何かのきっかけで映像が蘇って来る。
過去の記憶に穴が空いてしまうと、正しく再生できなくなってしまう。脳が記憶の再生を停止してしまったり、記憶の穴を埋めようと、暴走してしまったりする。穴を埋めようと、記憶が膨張したり、移動したりして、最後にはバラバラと崩壊してしまうことがあると言う。
姫美子にも記憶に穴が空くと、どうなってしまうのか、正確には分かっていない。
記憶に空いた穴を、真っ白になったコマで埋め尽くしてしまった猛者がいたと聞いたことがある。個人差があるようで、強靭な精神を持った人間なら、記憶に穴が空いても、それを塞いでしまうことができるようだ。
だが、女は記憶の穴を修復できなかったようだ。
(私は神様じゃない)
女が死んでしまったことに責任を感じた。果たして、自分のやったことは正しかったのか? 女の生死を左右するなんて傲慢ではなかったか?だが、女が死を選ぶとは、予想していなかった。もし、分かっていれば・・・考えずにいられない。他に、もっと良い方法があったのではないかと。
(こうなったのも、あの人の運命だった)
そう思うしかない。女の死に様が夫と同じであったことに、姫美子は運命を感じた。
(私はこうしてメモリートレイダーとして、生きて行くしかないのだから)
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