罪深き女②
何時も通り、思い出を取り出して、消し去りたい過去を切り取れば良かった。
「さあ、あの日のことを思い出してください」
そう頼むと、女が思い出を頭に描く。直ぐに目的の思い出にたどり着くことができた。優秀な検索機能を有している検索エンジンみたいなものだ。
後は、思い出のリールから、映画のフィルムのように消してしまいたい記憶を見つけ、そのコマを切り取ってしまえば良い。思い出を切り取る時、その前後の美しい思い出を少し、余分に切り取っておく。そして消し去りたい記憶のコマを削除し、余分に切り取った思い出のコマ数を増やして、他人の記憶に埋め込むのだ。
先ずは女の思い出だ。
一日は長いように感じるが、覚えていること、記憶に残っていることなど、たかが知れている。姫美子は女の思い出のリールを両手で優しく広げた。
ピアノを奏でるように、姫美子の指が優雅に泳ぐ。朝、女が朝食を作っている。幸せな朝食風景だ。丁度良い。この辺りから切り取って、記憶はコマ数を増やして、交換相手に移植してしまおう。
喧嘩を始めるシーンから削除して――。
ふと姫美子の手が止まった。
夫が家を出た後、女も直ぐに外出していた。しかも、夫の跡をつけているようだ。夫に見つからないように、距離を取りながら、夫の背中を追い続けていた。
悪い予感がする。
駅に着いた。女は柱の陰に隠れながら、夫の背中を見つめていた。夫は携帯電話を見ていて、女の存在に気がつかない。電車が来た。夫は携帯電話を見るのを止めて、一歩、前に出た。女はその瞬間を見逃さなかった。柱の陰から飛び出ると、夫の背後に駆け寄って、思いっきり夫の背中を突き飛ばした。
「うわっ!」と悲鳴を上げながら、夫が線路に落ちて行った。
結果を見届けることなく、女はそのままホームから逃走した。
(なんてことなの・・・)
道理で記憶を消してしまいたい訳だ。女は夫を殺害していた。不倫でもしていたのか、はたまた金のためか。記憶を紐解けば、女が夫を殺した理由が分かるだろう。だが、そんなことは、どうでも良い。
女は夫を殺害した罪悪感から逃れようと、姫美子に思い出交換を頼んだのだ。
知ってしまった以上、このまま記憶を消し去ることなど出来ない。犯罪に加担することになってしまうからだ。
(さて、どうしよう・・・)
姫美子は途方に暮れた。
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