思い出交換所
西季幽司
シーズン1
雪合戦①
僕には不思議な記憶がある。
子供の頃だろう。校庭で雪合戦をしていた。ひざ下まで埋まる雪野原を駆けまわりながら、雪を丸めて友達に投げつける。うまく当たらない。はっと気配を感じて振り向くと、背後から忍び寄って来ていた友達から、顔面にまともの雪玉を食らうのだ。
顔に当たってはじけ飛ぶ雪が太陽に反射して、きらきらと輝いた。
そんな夢だ。
雪合戦の記憶なんて珍しくないと思うかもしれない。だが、僕が生まれ育ったのは、温暖な瀬戸内海地方だ。冬に雪が降ることだってあるが、降雪量なんてたかが知れている。雪合戦だって、できなくはないが、ひざ下まで埋もれる雪野原を駆けまわるなんて、そんな大雪が降った記憶がないのだ。
だが、雪合戦の記憶があった。
しかも、雪合戦をやっている校庭は僕の通っていた小学校や中学校のものではない。見渡す限り雪野原で、遠くに背の低い山が見えるだけだ。僕が育った小学校は海沿いの団地に囲まれた学校だったし、中学校は山裾に長く伸びた学校だった。
僕は一体、何処の学校で、誰と雪合戦をやっていたのだろう?
まるで覚えていない。
だけど、楽しい思い出だ。思い出す度に、(ああ~僕も雪野原を駆けまわりながら、友達と雪合戦をやったことがあるんだ)と幸せな気持ちになる。
そんなある日、東北のとある町に出張に行った。
僕は大学を卒業し、都内の電気メーカーで働いている。東北にある工場にやって来た。
駅に降り立った瞬間、何故か懐かしい気がした。僕が育った町の駅に似ていたからかもしれない。だけど、僕が育った町はずっと小さい。もっと鄙びた駅だった。
駅前のホテルを予約していた。
駅からホテルまでスーツケースを引っ張りながら歩いていて、僕はデジャヴに襲われていた。
(この町に来たことがある)僕の記憶がそう訴えていた。
明日の朝まで仕事はない。今日は食事をして寝るだけだ。ホテルでチェックインを済ませると、探検に出た。
(こっちだ)、(右かな?)記憶が導くままに、ぶらぶらと歩き続けた。
季節は初秋、街歩きをするには丁度良い季節で、雪が降るにはまだ早かった。
歩き回っている内に、小学校が見えて来た。小学校を見た途端、
――ああ、ここだ。
と何故か思った。初めて訪れた場所のはずだが、何故か懐かしい気がした。雪の季節にはまだ早い。校庭の向こうには、一面、茶色になった休耕田が何処までも広がっていた。
僕は目を閉じると、雪合戦の記憶を呼び起こした。
(僕はここで雪合戦をした)
「すいません。関係者の方ですか?」
感傷に浸っていると、突然、背後から声をかけられた。
驚いて振り返ると、二十代だろう。長い髪をポニーテールで纏めた若い女性が立っていた。
「私、この学校で教師をしています。まだ新米なものですから、卒業生の方を、あまり覚えていなくて。すみません。この学校の卒業生の方ですか?」もう一度、丁寧に声をかけられた。
僕は彼女に向き直ると、「この学校の卒業生ではありません。でも、何故かここで雪合戦をした思い出があって、それで、何だか懐かしい気がして、眺めていました。すみません。きっと、何処か余所の場所と勘違いしているのだと思います。怪しい者ではありません。直ぐに出て行きます」と頭を下げながら答えた。すると、彼女が「もしかして・・・」と呟いた。
立ち去ろうとする僕を「ちょっと待ってください」と呼び止めると、「あなた、真子さんという彼女がいませんでしたか?」と尋ねた。
「えっ⁉」真子は確かに僕の彼女だった。
大学二年の時に付き合い初めた。ひとつ下でサークルの後輩だった。社会人になって、僕が東京で働き始めた為、遠距離恋愛になって別れた。自然消滅だった。
「いました」と答えると、「やはり・・・あなた・・・」と彼女が僕のことをじっと見つめながら言った。
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