ティーエムの悲劇 〜折角トラックに轢かれたのに〜
灰崎凛音
いや、だから
ブレーキ音が先だったか、ティーエムが気づくのが先だったか、或いは通行人の女性の悲鳴が先だったか?
そんなことはティーエムの身体がずんというバスドラムと軽快なファンファーレが同時に鳴るような衝撃音と共に空高く跳ね上がってトラックの遥か後方に叩き付けられる頃には問題ではなかった。西日に照らされたティーエムの四肢はあらぬ方向に曲がっていたがそれはそれである種の美とも取れた。
「……えっ……」
全身に激痛と鈍痛、目眩やその他諸々の痛み(生理痛と陣痛を除く)を味わいながらも彼は覚醒する。
腫れ上がった瞼を恐る恐る開くと、救急隊員と思しき青い服の男性・トゥーフォー氏が素早く駆けつけ、
「ティーエムさんですね! もうすぐエヌワイ総合病院に到着しますので安心してください! 骨折と打撲のみで、奇跡的に内臓に致命的な損傷は無いかと思われます!」
トゥーフォー氏は口早に、しかしティーエムを力強く励ます声音でそう言った。彼はさらに続けて、
「後頭部を打っているのが唯一の懸念ですが、エヌワイ総合病院ではMRI検査なども可能です。念のため確認したいのですが、ご自分のお名前と生年月日を伺ってもよろしいでしょうか?」
徐々にティーエムの顔が青くなってゆく。
直に薄い唇がふるふると細かく震えだしたので、救急隊員は何事かと構え、エヌの指に血圧と脈を測る機器を装着した。
「……んだよ……」
蚊の鳴くような声、とはまさに今のティーエムのそれだが、正確に言うなら嗚咽も混じっていた。ピッピッという脈拍の音が必要以上に大きく響く。
「……んだよ! なんでだよ! 俺、トラックに轢かれたんですよね?! なのになんで――」
ティーエムの目に涙が浮かび、あっという間に目尻からつるりと落下した。
「ティーエムさん、まさか貴方は自ら――」
「――なんでトラックに轢かれたのに異世界に転生してねえんだよ俺! こんなクソみてなリアルライフで、ガチの大怪我して、何だよ! 轢かれ損じゃねえかよ!!」
突然激昂するティーエムに対し、救急隊員トゥーフォー氏は対応しかねる。
「——いや待て、ここがこういう設定の異世界って可能性もまだある、か……? 俺に与えられたチートスキルは何だ?! なあアンタ、教えてくれよ!!」
残念ながらトゥーフォー氏にはライトノベルの知識もなけれぱ、異世界転生や転移といった概念の存在すら知るところではなかった。
だから突然トラックに盛大に轢かれて意識を取り戻した青年が訳のわからないことを矢継ぎ早に叫ぶ中、彼にできたことはただひとつ。
「エヌワイ総合病院に伝えてくれ、MRIや他の脳の検査が必要だと。大至急に、だ」
(了)
ティーエムの悲劇 〜折角トラックに轢かれたのに〜 灰崎凛音 @Rin_Sangrail
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