第25話「蒼氷の果てに」

戦いは、終わった。


 ダンジョン島だった場所は、もはや原形をとどめていない。

 瘴気は晴れ、代わりに凍りついた海原が、静かに光を反射している。


 澪はその中心に、ぼんやりと立っていた。


 風が吹く。

 冷たくも、どこか懐かしい風だった。


「──澪」


 後ろから、龍弥が歩み寄ってきた。


 彼もまた、ボロボロだった。

 だが、顔に浮かんでいるのは、わずかな笑みだ。


「よくやったな」


「……うん」


 澪は小さく頷く。

 言葉にできることは、あまりにも少なかった。


 この手で何かを救えたのか、破壊してしまったのか。

 まだ、その答えはわからない。


 けれど。


(私は、ここに立っている)


 それだけは確かだった。


 氷神が、静かに語りかける。


『澪。お前は、超えた。恐怖も、絶望も、自分自身も──』


 その声は、少しだけ誇らしげに聞こえた。


「ねぇ、龍弥さん」


「ん?」


「……ダンジョン島は、本当に……消えたんだよね」


「ああ。……もう、戻ることはねえ」


 龍弥の視線の先、かつて島だった場所には、ひび割れた氷の海が広がっているだけだった。


 ダンジョン核──黒淵の王。

 すべては、終わった。


 終わった、はずだった。


 澪は、胸の奥に、微かな違和感を覚えた。


(……なに? この感じ……)


 氷神も、それに気づいていた。


『……いや、違う。完全には、終わっていない』


 それは確信だった。


 境界の向こう──もっと深い場所に、まだ何かが蠢いている。


 今回の黒淵の王は、単なる“端末”にすぎなかったのかもしれない。


「澪」


 龍弥が、まっすぐに澪を見る。


「ここで満足してもいい。だが──その先に進むってんなら、俺も付き合うぜ」


 澪は、すこしだけ笑った。


「……はい。私、行きます」


 まだ見ぬダンジョンの深奥へ。

 この世界の裏側へ。


 知らないままでは終われない。

 立ち止まるわけにはいかない。


 それが──澪の選んだ答えだった。


 空を見上げる。


 雲は晴れ、青空が広がっていた。

 どこまでも、澄み切った蒼の世界。


(行こう)


 氷の翼が、背中に静かに芽吹いた。

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蒼氷ノ境界 ―ダンジョン・クロニクル― 秋雨春月 @skylink06

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