第6話「氷を纏いし少女、未知の胎動」

鋼鉄のような空気が張りつめる。

 眼前に広がるのは、ねじれた黒の渦。都市郊外、封鎖された工業地帯に突如として出現したゲート。それは、呼吸すら拒むような異質な存在感を放っていた。


「全員、準備はいいか」


 千堂葵の声が隊内通信に響く。澪の心臓がわずかに跳ねた。


 現地に配置されたのは、精鋭六名。氷室澪、千堂葵、戦技教官の風間玲奈に加え、回復支援要員と解析班の二名。そして、澪の監督補助役として玲奈が同行する形だ。


「……澪、呼吸を整えて」

「はい……!」


 緊張が、背中をじっとりと濡らす。だが澪は、数時間前の訓練を思い出す。玲奈の言葉、葵の眼差し。今はただ、“恐れ”を受け入れ、前に進むだけ。


「ダンジョン内、魔力濃度は一定。スタンピードの兆候なし。だが、注意は怠るな。突入する」


 葵の号令と共に、部隊が黒渦へと足を踏み入れた。



 空気が変わった。

 ダンジョン内は、まるで異世界だった。淡く青い光が天井の結晶から降り注ぎ、足元の地面には氷のような鉱石が敷き詰められている。


「……氷属性……?」


 澪は自然と指先を滑らせ、霜のような魔力を周囲に馴染ませていく。奇妙な安心感――同時に、違和感もあった。


「氷室、魔力を感知できるか」

「はい。ですが、奥に……不自然な流れを感じます」


 玲奈が微かに頷いた。


「魔力源が一つに集中している。まるで“誘導”されているかのようね」


 その言葉に、葵の眉がわずかに動く。


「慎重に行く。前方、三時方向、影反応。迎撃準備!」


 突如、氷の床が割れ、白い毛並みの四足獣が飛び出した。鋭い牙に、魔石のような角。低く唸るその姿は、見た目とは裏腹に確かな“殺意”を帯びていた。


「氷室、左へ!」

「了解!」


 玲奈の指示で澪が横へ跳ぶ。初めての実戦、恐怖に足がすくみそうになるも、模擬ではない“命のやり取り”に、澪の魔力が本能的に反応する。


「……っ、冷えろ!」


 澪の掌から、淡く光る氷槍が三本、空を切った。一本が肩を貫くが、残る二本はかわされる。


「精度が甘い!」


 玲奈が前に出て、展開型氷盾を構築、獣の突撃を受け止める。


「澪、集中しなさい。感情に支配されるな!」


「……はい、でも……でもっ……!」


 目の前で命を狙われて、恐怖が完全に消えることはない。それでも、澪は氷を“刃”ではなく、“鎧”に変える選択をした。


「……《氷衣:薄氷(ハクヒ)》!」


 自身を包むように、薄氷のヴェールが全身に広がる。冷気を帯びた空気が体の周囲をまとい、防御と攻撃を両立させる術式――初めての応用魔法だ。


 風間玲奈がわずかに目を見開いた。


「即席でそこまで……やるじゃない」


 獣が再び襲いかかる瞬間、澪は一歩踏み込んだ。刃を振るい、氷を誘導する。


「……これで終わらせるっ!」


 足元に広がる氷面から、突如鋭い氷柱が立ち上がり、獣の喉元を貫いた。


 静寂が訪れる。息が白く残り、澪はその場に膝をついた。


「……やった、の……?」


 仲間の解析員が頷く。「生命反応、消失」


 それを確認した玲奈は、小さく笑った。


「“初討伐”おめでとう、澪」


 その言葉が、澪の中の何かを満たした。



「この個体……通常種とは違う。魔石の構造が“加工”されてる」


 解析班が報告する。その魔石は、まるで誰かが“意図的に育てた”ような痕跡が残っていた。


「まさか……このダンジョンは、人為的な可能性が……?」


 葵が呟いた瞬間、ダンジョン奥から再び異変が発生。


 壁が砕け、隠された通路が開いた。空間が震え、空気が重たくなる。


「全員警戒、前方通路を進む!」


 次なる脅威の気配――その先に、“誰か”が待っている。


 澪は刀を握り直し、前を見据えた。


(まだ怖い。でも……もう、逃げない)

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