第6話「氷を纏いし少女、未知の胎動」
鋼鉄のような空気が張りつめる。
眼前に広がるのは、ねじれた黒の渦。都市郊外、封鎖された工業地帯に突如として出現したゲート。それは、呼吸すら拒むような異質な存在感を放っていた。
「全員、準備はいいか」
千堂葵の声が隊内通信に響く。澪の心臓がわずかに跳ねた。
現地に配置されたのは、精鋭六名。氷室澪、千堂葵、戦技教官の風間玲奈に加え、回復支援要員と解析班の二名。そして、澪の監督補助役として玲奈が同行する形だ。
「……澪、呼吸を整えて」
「はい……!」
緊張が、背中をじっとりと濡らす。だが澪は、数時間前の訓練を思い出す。玲奈の言葉、葵の眼差し。今はただ、“恐れ”を受け入れ、前に進むだけ。
「ダンジョン内、魔力濃度は一定。スタンピードの兆候なし。だが、注意は怠るな。突入する」
葵の号令と共に、部隊が黒渦へと足を踏み入れた。
◆
空気が変わった。
ダンジョン内は、まるで異世界だった。淡く青い光が天井の結晶から降り注ぎ、足元の地面には氷のような鉱石が敷き詰められている。
「……氷属性……?」
澪は自然と指先を滑らせ、霜のような魔力を周囲に馴染ませていく。奇妙な安心感――同時に、違和感もあった。
「氷室、魔力を感知できるか」
「はい。ですが、奥に……不自然な流れを感じます」
玲奈が微かに頷いた。
「魔力源が一つに集中している。まるで“誘導”されているかのようね」
その言葉に、葵の眉がわずかに動く。
「慎重に行く。前方、三時方向、影反応。迎撃準備!」
突如、氷の床が割れ、白い毛並みの四足獣が飛び出した。鋭い牙に、魔石のような角。低く唸るその姿は、見た目とは裏腹に確かな“殺意”を帯びていた。
「氷室、左へ!」
「了解!」
玲奈の指示で澪が横へ跳ぶ。初めての実戦、恐怖に足がすくみそうになるも、模擬ではない“命のやり取り”に、澪の魔力が本能的に反応する。
「……っ、冷えろ!」
澪の掌から、淡く光る氷槍が三本、空を切った。一本が肩を貫くが、残る二本はかわされる。
「精度が甘い!」
玲奈が前に出て、展開型氷盾を構築、獣の突撃を受け止める。
「澪、集中しなさい。感情に支配されるな!」
「……はい、でも……でもっ……!」
目の前で命を狙われて、恐怖が完全に消えることはない。それでも、澪は氷を“刃”ではなく、“鎧”に変える選択をした。
「……《氷衣:薄氷(ハクヒ)》!」
自身を包むように、薄氷のヴェールが全身に広がる。冷気を帯びた空気が体の周囲をまとい、防御と攻撃を両立させる術式――初めての応用魔法だ。
風間玲奈がわずかに目を見開いた。
「即席でそこまで……やるじゃない」
獣が再び襲いかかる瞬間、澪は一歩踏み込んだ。刃を振るい、氷を誘導する。
「……これで終わらせるっ!」
足元に広がる氷面から、突如鋭い氷柱が立ち上がり、獣の喉元を貫いた。
静寂が訪れる。息が白く残り、澪はその場に膝をついた。
「……やった、の……?」
仲間の解析員が頷く。「生命反応、消失」
それを確認した玲奈は、小さく笑った。
「“初討伐”おめでとう、澪」
その言葉が、澪の中の何かを満たした。
◆
「この個体……通常種とは違う。魔石の構造が“加工”されてる」
解析班が報告する。その魔石は、まるで誰かが“意図的に育てた”ような痕跡が残っていた。
「まさか……このダンジョンは、人為的な可能性が……?」
葵が呟いた瞬間、ダンジョン奥から再び異変が発生。
壁が砕け、隠された通路が開いた。空間が震え、空気が重たくなる。
「全員警戒、前方通路を進む!」
次なる脅威の気配――その先に、“誰か”が待っている。
澪は刀を握り直し、前を見据えた。
(まだ怖い。でも……もう、逃げない)
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