第1話「凍れる日常」

午前七時。

氷室 澪は、静かな目覚めとともにベッドから起き上がった。

四月の朝とは思えないほど空気がひやりとしているが、それは窓の外の気温ではない。

彼女自身がまとった空気が、まるで冬のように冷たい。


鏡の中の自分を見る。

整った顔立ち、淡い銀髪に透き通るような氷色の瞳――それは周囲から“完璧”と呼ばれる理由だった。

だが、彼女の表情はどこか寂しげで、誰の手も届かない氷の壁に包まれていた。


「……今日も変わらない、日常」


制服に袖を通し、階段を下りると、台所からは祖母の優しい声が聞こえてきた。

「澪ちゃん、ごはんできてるよ」

祖父母と囲む朝食は、彼女にとって唯一心安らぐ時間だった。

両親を幼いころに亡くした澪にとって、この家こそが拠り所であり、平穏だった。


だが、その日常は――脆くも崩れる。


 


「……っ!?」


リビングの空気が歪み、何かが破裂するような音と共に、空間が裂けた。

そこに現れたのは、紫がかった歪な光の裂け目。

それはダンジョンゲート。

突如として現れ、人類に災厄をもたらす異界への通路だった。


「おじいちゃん、おばあちゃん、下がって!」


裂け目の奥から現れたのは、牙と鉤爪を持つ異形の魔物。

恐怖が走る――しかし、次の瞬間、澪の内側から冷たい力があふれ出す。


空気が一変した。

霧が広がり、足元が白く凍る。

彼女の右手に、氷の刃が自然と形を成した。


「――ッ!」


氷の力をまとった一閃が魔物を凍てつかせ、粉々に砕く。

無意識のうちに澪は、自身に眠っていた“異能”を解き放っていた。


 


「私……今の、なに……?」


崩れ落ちる氷の破片の中、彼女の息だけが白く残る。

動揺の中、視線を感じて振り返ると、スーツ姿の女性が立っていた。


「ようやく見つけたわ」


その女性は、冷ややかな瞳の奥に何かを見据えていた。

肩から下げたホルスターと、胸元のバッジが彼女の正体を物語る。


「君には話がある。――“君の力”について」


彼女の名は千堂 葵。

この出会いが、氷室 澪の運命を大きく動かしていくことになる。

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