仲達の、こういうからっとしたところが好ましいです。
面白かったです。
ではではノシ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
司馬懿はさっぱりした気性で、負けを認めるところも潔くていいですよね。
評価が分かれる行動は、歴史上無数にありますが、裴松之は陸遜をあまり評価していないようですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
裴松之は人物の好き嫌いがわりと激しい人ですけど、陳寿も「陸遜伝」を書くに当たっては、諸葛亮との対比を意識していたようにも思えます。陸遜は立派な人物だけど、蜀で彼に相応する諸葛亮はもっと凄いよね、と思われる書き方をしていて、裴松之はその通りに読み取って強調した注を書いたのかもしれません。
三国志いいですね!
私も一時期とてもハマりました。
楽しく読ませていただきます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
三国志は歴史の流れが三つ巴に収束していくので、独特の面白さがありますよね。楽しんでいただける内容になっておりましたら嬉しく思います。
やはりこの時代は中原を押さえた魏が圧倒的なのでしょうか。呉も消耗を避ける慎重な戦略に徹していますね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
中原を抑えているという強みが魏にはありますね。国力が段違いです。
ただ、長江を越えて対岸を安定支配するとなると、曹操や曹丕、曹叡もできていない(例外は劉表の死後に荊州取ったくらい)ので、この時代の技術的に無理なことだったのかもしれません。
おお、気になりますね!!
しっかり曹休を騙せるのか気になるところです!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
鮑信の一世一代の策略は果たして魏の名将に通用するのでしょうか。
第九十一回 満寵、合肥新城を建造し、孫呉の侵攻に備えるへの応援コメント
満寵って、勝手に官僚のイメージを抱いていたんですが、やっぱり軍人でもあったんですね。
これなら五丈原の時の活躍もうなずけます。
面白かったです。
ではではノシ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
満寵は酷吏からキャリアをスタートして、徐々に軍人になっていったようです。どんな役職になっても実績を残しているのでめちゃくちゃ優秀な人ですね。
王淩も蔣済も名将なのですが、満寵はその上を行っています。
第九十回 諸葛亮、北伐を繰り返し、孫呉に二方面作戦を要請するへの応援コメント
司馬懿は急遽の代理だったんですね。どちらも苦しい戦いであったがゆえの、五度もの北伐といったところでしょうか。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
急遽、蜀の侵攻を食い止めることになった司馬懿はだいぶ苦しい戦いを強いられています。当然、勢力の違い過ぎる諸葛亮も完全に苦しい状態ですね。
五度目の北伐を行ったのも、なんだかんだ魏にダメージを与えている手応えがあったからかもしれません。
第九十回 諸葛亮、北伐を繰り返し、孫呉に二方面作戦を要請するへの応援コメント
諸葛亮も悪くない戦いを繰り広げていたんですね。
そして司馬懿は、ピンチヒッターだった。
これで積極的に打っていけと言われても、難しいでしょうね。
そして蜀は呉と双頭の蛇の作戦に。
これも悪くないんですが……^^;
面白かったです。
ではではノシ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
諸葛亮はだいぶ善戦してますね。魏の基盤が整う前だったら、そうとうな打撃だったのでは思いますが、それは袁紹の息子たちを平らげる前だったりするので、もう完全に無理ゲーです。
蜀と呉の二面作戦も悪くはないのですが、もうちょっと勝因となる要素が欲しいのですよねえ。
罵り合ったかと思えば涙を流して抱き合ったり、と思えばまた言い争って意地を張り合ったり、傍から見たら「歳も地位もある人たちが何をやってんの……」と言いたくなりますが、それだけ張昭の存在感が孫呉において大きかったと言うべきなのでしょうか。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
張昭と孫権の関係は、ギャグ漫画やコントから出てきた人みたいな、無軌道さです。ある意味本音を言い合える関係なのかもしれませんが、傍から見ている人たちは孫呉のツートップの所行なのかとドン引きしてそうですね。
火をつけてまで意地を張るなんて。
ある意味、戦乱の中でのし上がった、孫呉の気風のなせる技かもしれません。
面白かったです。
ではではノシ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫呉は武闘派の開拓者たちの集まりですからね。軽いノリの悪戯が度を過ぎるようなこともあるのかもしれません。
それで家燃やされちゃったら、堪ったものではありませんけど。
急速に改革をすると恨みと怒りの声が出てきますよね!
この時期くらいから呉は内政がドロドロになってきますね
作者からの返信
コメントありがとうございます。
人は困難を分かち合うことはできても、金銭や地位を分かち合うことは難しいといいますからね。内政を固めるときの方が問題が噴出するのでしょう。
張温優秀ですね!
ただ、ちょっと気になるところですよね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
誰からも絶賛される張温ですが、何もしないうちから褒められまくっているのが、少し不安ですよね。
公孫淵は、こうやって魏に下ったと思えば、諫言した部下を処刑してまで王を名乗り、最後には司馬懿にボコボコに罵られて滅ぼされてしまうなど、どうも見識が頼りないイメージがあります。陸遜・薛綜の孫権への諫言は妥当だったのでしょうね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
公孫淵の騙し方はあまりに短絡的ですよね。燕を三国に加えて、本当は四国志だったみたいに言う人もいますが、さすがに三国に並べるほどに国家として成立していたとは言い難いようです。
呉がベトナムを支配下にしてたとは!
勉強になりますよね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
呉はフロンティアを求める若者たちの国ですから。当時、未開に近かったベトナム(交州)にも開拓の精神を向けていったのです。
曹叡はなかなかの知将ですが、まぁ司馬懿ですからね!
厳しいと言うしかないですね
作者からの返信
コメントありがとうございます。
曹叡は冷静で的確ですね。イメージ以上に強敵です。そして、司馬懿が本格的に呉蜀との戦いに出陣します。めちゃくちゃ速くてめちゃくちゃ強いです。
遼東から帯方郡までを支配していた公孫氏の燕を司馬懿が滅ぼしたすぐ後に卑弥呼が使者を送っているので、「東方の覇権国家が燕から魏に替わった」と情勢を読んで外交を通じたのかも知れませんね。
南北朝時代には「倭の五王」が孫呉の領域だった宋へと使いを送っていますし、意外と海を越えての交流は頻繁だったのかも。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「東夷伝」には漢の時代にも交流があったと書かれているので、魏と邪馬台国の関係は公孫淵が滅亡したのを契機としたのかもしれませんね。
そう簡単ではないし、狙って行けるほど航路は確かなものではなかったのでしょうが、古代から中国と日本はそれなりに交流があったようです。
谷利もはじめましてでした!
呉にはまだまだいろいろな武将がいますね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
谷利は合肥の戦いでも登場しています。「三国無双」だと淩統に手柄を吸収されてしまってますが。奴隷出身でありながら、機転が利いて度胸もあるので、孫権から尊敬されるほどの人物でした。
第八十五回 闞沢、貧しさの中で学びを得、孫権、秦の末路を学ぶへの応援コメント
まともに教育を受けられないながら歴史や天文に精通するとは飛んでもない英才にして努力家ですね。これも孫呉にふさわしい人材の一人という気がします。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
貧農の出身ながら、虞翻から絶賛されるほどの見識と知識を蓄えているのですから、ものすごい人です。孫呉の行く末を左右した一人なのでしょう。
「三国志演義」での扱いも羅漢中からの最大限のリスペクトなのかもしれませんね。
第六十七回 孫権、民衆の疲弊を憂い、陸遜、農地の開墾を勧めるへの応援コメント
陸遜しっかりしてますね!
孫権と陸遜。両方とも間違ってはいないですね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
陸遜の献策と孫権の率先した行動によって、呉の農地は復興することができました。互いに向きになっている感はありつつも、上手くいっている関係ですね。
第六十六回 顧雍、二代丞相に就任し、軍事と国政にその辣腕を奮うへの応援コメント
顧雍は私の勉強不足ではじめましてでした!
呉には珍しいタイプですね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
呉の豪族を代表する四姓の一人でありながら、呉の気風と全く異なる、物静かで的確な人物です。
ゲームだと孟獲は強くて面倒なのですごく嫌いでした!
でも、ここを統治することはすごく重要ですよね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
南方と異民族を支配することで税収倍増ですからね。孔明の北伐を支えたのは彼らだったのかもしれません。
性懲りもなく、今年も曹丕が攻めてくる。
ここ好きでした(≧▽≦)
曹丕は評価が微妙ですが、会社だったら2代目なので難しいですよね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
夷陵の戦い直後にオールスター部将で攻めてきたときは脅威でしたが、その後は笑い事で済むような戦果しか挙げていない曹丕です。なんか可愛らしく見えてくるんですよね。
曹丕の評価は難しいところです。
戦争は勝ってないですが、内政では成果を出しているし、司馬懿や曹休といった人材の抜擢も行っています。ただ、その両者も後の禍根になっている面も。
陳寿はなんか褒めてる風の評を書いていますが、結局は文才しか褒めていなかったりしますし。ただ、この曹丕、実は食レポに定評があるのです! 立派な人物ですよ。
第八十三回 孫慮、溢れんばかりの才覚を期待され、半州に幕府を開くへの応援コメント
あまりに早い死……孫権の悲しみもひとしおだったでしょうね。
それでも悲しみに暮れることすらままならない、という事に、帝位というものの重さを感じます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
皇帝になると、息子の死を悲しむことさえままなりません。それを諫めたのも皇太子の孫登なので、それを諫言できる人物も限られるのでしょうし、二人とも窮屈な状況です。それだけの重責ということなのでしょうね。
孫権なんて、絶対裏切るじゃん。それくらい見抜けよ。などと言ってはいけない。
確かにこれが全てなんですよねw
作者からの返信
コメントありがとうございます。
後世の視点だと、なんで騙されちゃうの、と思ってしまいますが、実際の利益を目の当たりにして、真偽を見抜くのは並大抵のことではないのでしょう。
曹丕としては、いかに孫権を手懐けるかが、帝王としての事業をどれだけ進められるかに関わってきますし。
第八十回 孫権、呉の皇帝となり、孫堅、その大器を完成するへの応援コメント
ついに孫権が皇帝になりましたね。地方勢力という己の地位を弁えて、焦らず逸らず、時節を見極め順序を踏んで皇帝となったのが、いかにも孫呉らしいという気がします。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
ようやく孫権が皇帝になるところまで書くことができました。孫権は時節を見極めて行動していますね。かなり海千山千の政治家に成長しました。
第七十九回 諸葛亮、沈黙を破って魏に侵攻し、馬謖、外亭で山に登るへの応援コメント
あまりにも有名な一幕ですが、呉と魏の戦いも視野に入れて見ると、またダイナミックな動きが見えてきますね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
それぞれの局地戦に注目してしまいますけど、2VS1の構図になっていることも多いので、意外と広い範囲での戦いだったりもします。そこが三国志ならではの面白さですよね。
第七十八回 賈逵、曹休の危機を救援し、曹休、憎悪でもって恩に返すへの応援コメント
周魴の智謀と賈逵の判断が光る一方で曹休の逆上ぶりが目立つというか、悔しさのあまり体を壊したとしたら逆に凄いですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
周魴と賈逵が大活躍の戦いでした。
曹休は、曹操から千里の駒と絶賛され、曹丕の信頼を勝ち得、実は智将の張飛の策を破った名将のはずですが、騙されただけでなく、その罪を賈逵になすろうとする体たらくです。呉に大敗したのでスキャンダルが声高に残されたのかもしれませんが。
十万の軍勢が瓦解、と思えば救援が……戦況とはどう動くか先が読めないものですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
さすがに三国一の大国だけあって、魏は人材豊富で底力があります。孫権の会心の策が嵌ったものの、すんなりとは勝たせてくれません。
周魴の誘いは押したり引いたり多様な手を用いて巧みですね。
しかし流石に万人を騙すのは無理だったようですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
二千年も前の人の心理戦が手紙という形で残っているのは面白いですよね。さまざまな手練手管を利用しているのが見て取れます。
このときの賈逵は司馬懿以上の判断力を見せているのでしょうがないですね。
魏も体制を固めて来ましたね。
それにしても韓綜のろくでもなさが……。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
魏は早々に乱世から脱却して、国家として固まってきた印象があります。
そして韓綜は本当に悪いやつですよ。
期待されていた人材が、意外に呆気なく失脚してしまいましたね……。
これほどまでに張温への処遇が多くの人々に取りざたされたのも、当初の評価が高かったがゆえと言うべきかもしれませんが、やはり人の盛衰とは容易には読めないものですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
張温への期待度は異常に高かったですからね。期待が高い分、裏切られた失望が大きかったのかもしれません。
ただ、曁艶の事件や軍務の失敗以外にも、蜀との距離感だとか、儒教的な価値観の齟齬とか、孫家と四姓の関係とか、いろいろ複雑そうです。
すごく期待されていた人物の要ですが、最後で不吉な感じになってきましたね……。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
張温は見た目が良かったのかもしれませんね。最初からめちゃくちゃ好意的に接されています。
ただ、大変な事件を起こしてしまうのです。
第十三回 孫堅、荊州に進み劉表を攻めるも、流れ矢を受けて横死するへの応援コメント
投稿ご苦労様です。
この劉表もそうですし、劉備もそうですが、漢の時代の王族の待遇って、微妙ですよね。普通に他の武官の下につくし。まあ、前漢から数えれば400年、劉氏なんて一杯いるよ、いちいち大事にしてられないよという話かもしれませんが。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
前漢と後漢と合わせて四百年ほども時代を経ているので、劉氏もそれなりに出てきます。劉表も劉備も、前漢の皇帝の末裔なので、宗室でもなんでもないですしね。
ただ、なんのかんの身元がはっきりしているのは強いですし、孫権や曹操が苦労しているところを、劉備は一足飛びで越えていったりもします。
第四十八回 張昭、孫権の酔態に無言で抗議し、丞相の地位を逃すへの応援コメント
張昭は、
呉のなかで誰よりも孫権にぶつかって、
誰よりも孫権に容赦なくて
誰よりも孫権のことを案じて、
誰よりも孫権を大切におもってると、
僕は感じています。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
張昭はいつまでも孫権の保護者であったという感じがありますね。それに対して、孫権はいつまでも反抗期のような態度で接していたような。
この二人の関係は独特というか、典型的な殿さまと爺って印象で面白いです。
孫権が、ベトナムを分割し、呂岱、士徽を討伐して交州の支配を強めるが、結局、広州は廃止され、元通り交州の一州のみの行政区分に戻った。
これは交阯と孫呉の軍勢とを距離を置かせつつ、事に当たっては速やかに行動を起こせるという、孫権の計略だったのだ。こうして、ベトナムは完全に孫呉の支配下に入る。
そういう事なのですね。中国の三国時代の話なのですか?歴史は深いですね!!!
「噂の女」最後まで読んで頂き、ありがとうございます!本当にそうですね。彼女にまつわる全てが犯人だったと言われても納得です😄
作者からの返信
コメントありがとうございます。
古代中国の三国時代、南東の呉がベトナムを支配下に置いたというお話でした。
虞翻も容赦ないですが、
やはり乱世における、いや、乱世こそ、裏切りの咎は大きい……。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
于禁は自分の罪を自覚して自省していたように思います。だからこそ虞翻を高く評価していたのでしょう。
虞翻は辛辣ですが、その辛辣さが于禁の救いになっていた印象です。それはそれとして、虞翻は性格悪いなと思いますけど。
第十二回 孫堅、燃える洛陽に一番乗りするへの応援コメント
投稿ご苦労様です。
ずっと後に、モンゴルの後裔から清朝のホンタイジに玉璽が渡りますが、何となく、この孫堅の見つけた玉璽が伝わっていたのかと想っていましたが、伝説でしたか。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
ホンタイジは手にしたのを秦の時代からの伝国の玉璽だと宣伝したようですね。いろいろ伝説が確かなら、かつては孫堅が手にしていたものだということになります。
いよいよ司馬懿の時代が本格的に始まりますね。安定した魏に呉はいかに対応してゆくのか……。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
曹丕の時代は裏方に徹していた芝居ですが、曹叡の時代では積極的に外征に赴くことになりました。それからは文字通り司馬懿の時代に向かっていきます。
爺さんが可哀想なような、それだけ孫権が民に慕われていたと言う話なのか……。
湖北となると荊州北部で、比較的新たに獲得した領土でしょうから、そこに孫権の徳を伝える逸話が残っているというのは考えさせられますね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
望呉亭の由来のお話なので、爺さんは死ななくてはいけなかったのでしょうが、唐突に死んでしまって可哀想ですよね。
確かに湖北で採集されたお話なので、荊州の民衆による孫権の印象なのでしょう。劉表や劉備の統治もありましたが、なんだかんだ孫権の統治が安定していたのでしょうか。それ以降がひどかったのかもしれませんが。
淩統がそんなに早く亡くなっていたなんて知らなかったです!
でも、子どもを受け入れて育てる孫権はさすがです!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
風土のせいか、呉の人は早死にが多いです。孫権は寒門の人を重用しましたが、その中でも呂蒙と淩統とは仲が良かったように思います。淩統の幼子を受け入れているのは心温まるエピソードです。
第六十六回 顧雍、二代丞相に就任し、軍事と国政にその辣腕を奮うへの応援コメント
これまで紹介されてきた呉の人士とはまた毛色の違う人物ですね。孫権にとっても貴重な家臣だったのではないでしょうか。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
顧雍は呉の人には珍しく気遣いのできる人ですね。しかも、大学者から才能を保証されているので、孫権が手放しで信頼できる人でした。
将軍としてはどうだろうか。程普は訝しんだ。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
前線で力を見せて兵士を鼓舞していたというのは孫堅の強みだったのでしょうが、危うさでもあります。
第二回 孫堅、単騎にて海賊を退治し、その名を大いに上げるへの応援コメント
孫鍾(トーチャン)「(言ってない)」
作者からの返信
コメントありがとうございます。
今となっては孫堅のお父さんのことはよくわかりませんが、息子が大それたことをしてるのに、親父が普通の人っぽいのが面白いですよね。
第一回 孫堅、生誕に際し、主婦からその大成を予言されるへの応援コメント
初めて知りました。
えっ、まじかよと思いつつ調べてみたら、呉書にある伝承なんですね(信じてなかった笑)
軽妙な語り口で知らない知識を楽しませていただけるのはとても嬉しいですね。
一気読み体勢、はいります…!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫堅の出生にまつわる色々はがんばって盛っているんでしょうけど、どうしてもみみっちさが見えてしまうのが可愛らしいところです。
孫武の末裔というのも当時から信憑性なさそうですし。唯一、成功してそうなのが玉璽を手に入れた話なのかもしれません。
賀斉は名前しか知りませんでした!
呉には魅力的な武将がまだまだいますね!
勉強不足でした。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫呉は魏や蜀との対外戦争以外にも、開拓者としての戦いをしていて、そちらでの英雄も多いのですが、いかんせん物語としては目立ちません。でも、魅力的な部将は多いのです。
朱桓はなかなかというかかなり難しい人物ですね!
現代の会社だったらほぼアウトな人ですね…
もちろん、三国志の時代は戦国時代ですからそんな甘いことを言っている余裕は無いのですが…
作者からの返信
コメントありがとうございます。
まあ、あくまで古代の戦乱の時代の人物ですから。現代の尺度では計れませんが、当時としてもやばいひとではあったようです。身内(一万人)には優しいいい人でもありましたが。
あの曹仁相手に劣勢から勝利してるので、孫呉でも最強クラスの猛将といえますし。
朱然は猛将ですね!
度胸が好きになりました!
魏はオールスターですが、なんとかして欲しいです!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
朱然は度胸もあるし冷静だし、実際、魏のオールスターの攻撃を防ぎきっているので、相当な名将です。
魏の脅威はまだまだ続きますが、どうにか勝ち切ることができるのでしょうか。
鄭泉知らなかったです!
ただ、なかなかの存在ですね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
まだまだ、孫呉にはキャラの立った部将や官吏がたくさんいますので、紹介していきたいところです。
鄭泉については「ニャルさまと不思議な草」でもう少し詳しく紹介しています。
前に山越の妖術の話が出て来ましたが、留賛の儀式もそれが味方に付いたようなものを感じますね。この人物もフロンティアとしての孫呉ならではの人材というところでしょうか。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
音楽や歌って今も根強く残っている呪術なのかもしれませんね。多分に思い込みもあるのでしょうが、それだけで一体になれるし、勢いもつきますからね。意外と理に適った戦い方なのかもしれません。
ここは孫権やるなぁって思います!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
この辺りの時期は孫権の最盛期といっていい見事な手腕です。
たびたび登場する山越と争いながら勢力を築いた開拓者の国ゆえの、この癖の強さなのでしょうか。孫権の度量と苦労が忍ばれます……。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
山越と争いながら、その勢力を伸ばしていた時代です。開拓者ゆえなのか、孫呉の部将は魏蜀とは毛色の違った荒くれもの揃いって印象がありますね。
孫権はそうした部辺者たちの心をしっかりつかんでいたからこそ、孫呉のリーダーとして君臨していました。
陸遜ってこの時けっこうな年齢だったんですね!
どうしてもゲームから入った私にとっては陸遜はこの時まだ20代くらいの若手だったのかと勘違いしてました!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「三国志演義」の時点で「白面の書生」っている若者キャラが付けられていたので、若い印象が強いですよね。「三国無双」なんかだとショタキャラになってますし。
作品によってはデブキャラの陸遜もいますけど。
家財を傾けるほどに人を助けるというのはなかなかできることではないですよね。家を傾けても潰しはしない、ということも……。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
この時代の名士はこういうことやって仕官したりはしますが、なんにせよ、なかなかできないことです。実際、全琮は孫権の娘婿という大出世しています。
本当にクセの強い人物ですね……。しかしこの性格から来る自信ゆえに窮地を覆し得たのだという気もします。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
荒くれもの揃いの孫呉の部将の中でも一際気性が荒くて、でも毛並みはいいという特異な人物です。なんだかんだ、自信満々な将は局地戦に強いですね。
第五十一回 陸遜、荊州の士人と民衆を慰留し、劉備の大軍を迎え撃つへの応援コメント
この一戦が如何に大事なのか分かりますね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
股肱の宿将も新鋭の将帥も孫権の一族も出張って、呉のオールスターという印象を受けますよね。でも、残念なことにいまいち足並みが揃わないのです。
朱然の頑強さと度胸、諸葛瑾の着実さの双方が、名だたる名称ぞろいの魏をしのぎ切る快挙を為しましたね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
江陵に攻めてきた面々を見ると、朱然は大金星ですね。さすがは呂蒙に後を託された将軍です。諸葛瑾の堅実さも、呉には必要な個性ですね。
なるほど。そのまま返事をしてしまうと、劉備を皇帝と認めたことになってしまうのですね。
しかし鄭泉の発言、お一人様用の酒池肉林みたいですね……。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫権はまだ皇帝になれないので、無理やりにでも劉備を王扱いして、対等ってことにしないといけなかったみたいです。
鄭泉の発言は邪気のない酒池肉林って感じですよね。酒のプールで泳ぐ前提なのがアレですけど。彼は遺言で陶器作りの家の近くに埋めてくれと頼んでいます。自分の身体が酒壺の材料になることを願ったんだとか。
返事しちゃうと帝位を認めちゃうから、難しいところですね。
だから使いを寄越した、と。
うまいもんです。
面白かったです。
ではではノシ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫権が皇帝を名乗るまではまだ時間がかかるので、そのための時間稼ぎみたいなものなのかもしれません。この時は戦争に勝って上り調子ですが、三国のうち孫権だけ王で一人負けなのは変わってませんからね。
楽しんでいただける内容になっておりましたら幸いです。
こういう風に苦労している間は、うまくやれるんですけど……。
やっぱり安定を得ると鈍ってしまう人だったのかも。
面白かったです。
ではではノシ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
この辺りの孫権の立ち回りは歓声を上げたくなるくらい素晴らしいですよね。安定期と呼べる時期があるかはわかりませんが、孫権の治世もあとで語ることになります。
また、たとえ失敗するようなことがあったとして、失敗者をあげつらうような内容にはしたくないと思っています。温かい目で見守っていただけると幸いです。
第五十四回 趙咨、曹丕の問答に気宇壮大に返し、孫呉の威を称揚するへの応援コメント
趙咨のプレゼン能力が鮮やかですね。
曹操の時代には相手を見計らいつつそろそろと動いていた呉と魏の関係も「国」同士の戦いになってゆくのでしょうか。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
趙咨のプレゼンは現代でも通用しそうな見事さですよね。
孫権が王となった今、いつまでも魏の風下に立っている必要がなくなってきました。ついに孫呉も国家となり、正式に三国時代に突入していきそうです。
呉の視点から見ると、劉備は結果的には長蛇の陣を敷いて敗れたとはいえ、大軍を率いる歴戦の将であり、こちら側はチームワークが取れていないと考えるとかなり肝が冷えそうですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。素晴らしいレビューも書いていただき感謝です。
孫呉側が勝ったとはいえ、いろいろと課題のありそうな勝利でした。次なる対魏戦はちゃんと一丸になって戦ってくれるのでしょうか。
第五十一回 陸遜、荊州の士人と民衆を慰留し、劉備の大軍を迎え撃つへの応援コメント
将兵が出そろって、まさに呉と蜀の雌雄を決する決戦という雰囲気がしますね。
権威と能力をもった陸遜ですら、諸将を統御するのは簡単ではないのでしょうか。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
まさしく呉蜀の雌雄を決する戦いです。だというのに、呂蒙配下が一糸乱れぬ整然とした戦いだったのに対して、やたらゴタゴタしてますね。陸遜ですら、歴戦の将を率いる名分が足りないのと、わりと説明をおざなりにする陸遜の性分的な問題があるのかもしれません。
張飛は豪傑でしたが、けっこうあっさりな最期なんですよね!
お酒のイメージが強かったですが、シラフでヤバいやつだとそっちの方がまずいような気がします…
作者からの返信
コメントありがとうございます。
史実の張飛と物語の張飛は結構違います。記録が少ないこともありますが、縦横無尽に活躍する明るくて憎めない乱暴者は脚色された存在なのです。
孫権、たびたびぶっとんでるんですよね。
父上や、兄上とは違う方向で……w
あ、豫章郡が豫洲郡に(小声)
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫権もまた武門の一族のものであり、江東の開拓者の一人ですからね。現代の感覚だとめちゃくちゃしよるってところは多々あります。
誤字のご指摘、感謝です。固有名詞は気をつけなくてはいけませんね。
曹家の情勢の変化をうまく見計らって、結果的に自身の地位を少しずつ上げてゆく。孫権も実に老獪になって来ましたね。魯粛や呂蒙も九泉で胸を撫でおろしたことでしょう。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫権はずっと会稽太守でしたからね。それで今までよくやってきたものです。
曹丕と孫権は五歳差ですが、劉備や曹操を相手に揉まれてきただけあって、曹丕は手玉に取る対象にまでなってますね。魯粛や呂蒙もしっかり仕事をこなしていましたが、孫権も自分のやるべきことをきっちり果たしています。
第四十九回 孫邵、孫呉の初代丞相となり、歴史から抹消されるへの応援コメント
孫邵、私の勉強不足で知りませんでした!
なかなか謎が多い人物ですね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
まさしく謎しかない孫邵でした。わからなすぎて謎めいてすらいません。
関羽を討ったことできらわれがちな呂蒙ですが
間違いなくおそるべき戦略家です。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
劉備や関羽を主人公にした物語では悪役になってしまいますが、それが残念なくらい、人間的な度量が大きく、懐も深くて、機転の回る人物です。陳寿から国士と呼ばれるだけのことはあります。
水も漏らさぬほどのあざやかな呂蒙の手並みですね。己の命を削りながら戦略を編み続けたその胸中はどのようなものであったのか……。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
水も漏らさない精緻な隠密作戦に加えて、配下の心を攻める盤外戦術が見事でした。病を押して前線に出てきたのは熱い使命感がありそうです。
第四十二回 呂蒙、魯粛の後継者となり、敵を関羽と定めるへの応援コメント
魯粛、呂蒙、陸遜と時代が変わるたびに、対曹操の同盟相手から荊州をあらそう敵国へと、蜀との関係も変わっている気がします。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
最初から互いに裏の読み合い(劉備が上手)だった同盟関係ですが、孫権の成長に従って完全に破綻してしまいました。
関羽のこのエピソードはやはり人間離れしていますね……あまり痛みを感じない体質だったりして、と邪推すらしてしまいます。
司馬懿の献策により三国時代が到来した、というのは面白いですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
関羽は豪傑ですね。この時代はまともな医療がないので、手術をひたすら我慢して耐えなくてはならない側面もあったのでしょうけど。
三国時代到来の契機はいくつもありますけど、ここで司馬懿の献策で統治を認めたことが、呉国建国の(数少ない)正当性を保証するものになります。
第三十九回 孫権、曹操に降伏し、関羽を攻め滅ぼすことを願うへの応援コメント
孫権も相当に老獪になってきましたね。
「わしを燃え盛る炉の上にでも座らせるつもりか」という曹操の言葉が意味深に感じます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫権も四十近くなって、だいぶ老獪に近くなってきています。さすがに曹操は孫権に踊らされたりはしませんが、これからどう関係が変わっていくかも見所です。
孫権に勧められてとはいえ、呂蒙のバイタリティと成長性はただ人ではありませんね。
一方、常人ならざる情熱で呉を走らせてきた魯粛が去ってしまい、これでまたひとつの時代が終わったと言うべきでしょうか。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
元々、呂蒙って機転と知恵に溢れていましたからね。教養が加わってつけ入る隙がなくなったのでしょう。
そして、気づいたら、魯粛も逝ってしまいました。しかし、魯粛が主導する時代はもう少し続きます。
第四回 孫堅、涼州の反乱鎮圧に赴き、友軍の将、董卓の罪を数えるへの応援コメント
この話のハイライト、孫堅が歴史に明るいという意外なエピソードですよね。
個人的には猪武者とする評価の向きには異議を唱えたい。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
この時代より後の制度ですが、科挙では、故事より現代の問題に如何に対応するかが問われていたようです。
それを考えると出世には故事の引用が不可欠で、孫堅はそれを正しく扱うインテリジェンスがあったということになります。
まあ、孫堅は現場では猪武者的なところがあるというか、そう振る舞うことで士気の向上を図っていたところはあると思いますけど。
于禁は「敗北した将としてどう振る舞うべきか」を最後まで背負わされた、非常に不器用で真面目な人物だと感じます。
これも歴史の冷たさなのかもしれないですね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
降将に冷たいというのは、この時代の、あるいは于禁の価値観での在り方だったのかもしれませんね。虞翻はそれを狂直に行っていましたが、曹丕は回りくどく陰険に行った。曹丕が虞翻のように接していたら、于禁も救われたのかもしれません。
関羽を一対一で引き下がらせたのは、さすが魯粛の面目躍如ですよね。
やはりこの時代の呉は魯粛がいないと成り立たないように思います。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
魯粛は派手な武功がある人ではないですが、関羽と対峙して封じ込めているのですから、きっちり仕事をしている人です。この時代の孫呉はやはり魯粛が主役ですね。
第三十三回 曹操、劉備と漢中を奪い合い、鶏肋へのこだわりを捨てるへの応援コメント
曹操と配下たちも奮闘しますが、やはりこの時期は苦しいように思えます。
赤壁での敗北が曹操の勢いを削いだ、というのは孫呉の歩みをたどり続けてきた本作ならではの指摘ですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
天下統一までカウントダウンに入っていたはずの曹操を挫けさせたのは間違いなく赤壁の戦いでした。ただ、その後の時代の主役を張る度量は孫権にはまだなくて、この辺りでは劉備が絶好調ですね。
こうして見ると、どうも龐統と劉備は相性が良くないような気もします。個人としてピンと来ないのか、やり方でそりが合わないのか……。
龐統がもっと長く生きていれば、というのはつい考えてしまいます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
劉備は関羽や張飛のような豪傑を好んでいて、インテリとは折り合いが悪かったなんて言われることがありますね。諸葛亮の荊州取りのアイデアも龐統と同じように退けられています。
まあ、諸葛亮にしろ龐統にしろ、ずるっこい献策だったからって感じもありますが。軍人としての経験がないので、盤外戦術のような計略しか出せなかったのかもしれません。
孫権の人を見る目の甘さと冷徹さが曖昧さが関羽処断の流れでよく伝わってきて面白かったです
呂蒙は元々病気だったんですよね!
ゲームとかだと関羽の呪いで病になったみたいな描写があったりしますが、そんなことよりも呂蒙はよく頑張ったと言いたいです!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫権は曖昧な人物ですね。優しい部分とはっちゃけた部分が混在していて、その裏側に怜悧な部分が見えてくるという。
元々身分も低くて、成り行きで君主をやっているという曖昧さをどうにか乗り切ろうと全力で曖昧だったように思います。
南方は疫病にかかりやすい土地柄ですからね。関羽と戦う前にすでに病気になっていました。
関羽が呂蒙を呪い殺したというのは、「三国志演義」でまとめられる以前、講談や京劇ではすでに定番になっていたようです。物語としては劉備が正統で関羽は主役級なので、どうにかして落とし前をつけなきゃいけなかったのでしょう。
孫呉が送りこんだ身中の虫だっだとは……侍女を武装させて引き連れ、太子を拉致までしようとするとは、すさまじい胆力ですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
このお話を書こうとするまで、孫夫人はなぜか武装している変な人って印象でした。そこは孫堅の娘、内部から圧力をかけるという、とんでもない胆力を必要とするミッションを行っていたようです。
太子を奪いかけるんですから、大したものですよね。
第四十九回 孫邵、孫呉の初代丞相となり、歴史から抹消されるへの応援コメント
何か謎の多い人ですね。
これだけ鳴り物入りで丞相になっているのに、伝記を立てられてないとは。
何らかの横槍でというのはありそうですが……しかしわかりません。
ミステリーですね。
面白かったです。
あと、前回のお話、特に不愉快ではありませんでした。
また、単に飲み会の仲間外れではなく、合わない面もあった……そのあたりがあらわている出来事だったんですね。
ではではノシ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
せめて丞相としての事跡を残しておいてくれればと思いますね。諸葛亮と同じ立場のはずなのに……。まあ、可も不可もなく万事無事に務め上げるタイプだったのかもしれませんが。
孫呉の複雑さや人間の多面性を魅力的に描きたいとは思っているのですが、文章力も表現力もなく、ただ忸怩たる状況です。
第四十八回 張昭、孫権の酔態に無言で抗議し、丞相の地位を逃すへの応援コメント
飲み会に付き合わない奴は仲間じゃない。
そんな理屈が通る国だから、ああいう結末を迎えるんだろうなぁ。
面白かったです。
ではではノシ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
不愉快な気分になる内容でしたら申し訳ございません。
ただ、飲み会に付き合わないから仲間外れにした、というお話を書いたつもりはないのです。
史書では、張昭は正論で孫権をやり込めていたので、丞相にはなれなかった、という流れで書かれています。ですが、私としては、そもそも孫権と張昭って戦略目標の時点で違うじゃんって思っています。だから、飲み会の時の些細なすれ違いが原因で丞相にしなかったわけじゃないって書いたつもりでした。
張昭はわりと孫権に付き合ってますし、中原の清流派の流れを汲んでるくせに、江東の気風にばっちし染まっていたりして、面白い人物です。
孫権と張昭は本気でぶつかり合うことが多々ありますが、遊び好きな孫権と真面目な張昭はそりが合いませんでした、なんて単純な話じゃないところが孫呉の愉快なところでもあります。
孫呉の結末も巷間で言われるような、自業自得で救いのない、どうしようもないものではないのでしょう。私が「孫呉主伝」を書いている動機はその辺りにあります。
四谷軒さんが納得するようなものは書き上げられないかもしれませんが、私なりに目標をもって書いているので、その辺りを見届けていただけましたら幸いです。
第四十八回 張昭、孫権の酔態に無言で抗議し、丞相の地位を逃すへの応援コメント
徒然草でも酒の席での醜態とかを書いているから多少はね?
まぁ昔から、酒が入ると色々とあるのは今も昔も変わらないんですねぇ(下戸並感想)
酒池肉林という言葉を知った時、仔猫だった私は「池に酒なんか満たしたら、そこにいる金魚とか鯉とかがお陀仏になるじゃないか」と、浪漫も何もない事を考えていました。殷王朝時代にはまだ金魚はいないと思いますが……
作者からの返信
コメントありがとうございます。
人間が存在する以上は酒も存在し、酔って羽目を外すのはなくならない光景なのでしょう。
池って基本的に人工のものなので、酒池を作ろうと思ったら、既存の池に酒を流すんじゃなくて、新造の池に酒だけを湛えたはずです。すでに水の入っている池に酒を入れても、人間が飲んで酔っ払うものじゃなくなりますね。
魯粛の案も妥当に思えますが、結果としては劉備に狡猾にその上を行かれた印象を受けます。
次代はいよいよ「三国志」になってきたのですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
魯粛はわりと良い策を出していると思うのですが、それ以上に劉備は狡猾ですよね。群雄を渡り歩き、海千山千の劉備と対してしまうと、孫権はまだまだ世間知らずだったようです。
いよいよ、というか、ようやく、というか、「三国志」の三英傑がやっと群雄として揃った状況です。
ここまで言い切るとは、ものすごい度胸と覚悟が要りますよね。
魯粛のこの熱意なくして赤壁以降の孫権はなかった、という気になります。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
とんでもない大言壮語ですが、魯粛はそれだけの絵図を描いていました。赤壁から始まり、呉の国家戦略は魯粛の描いたものだったと言っていいでしょう。
やっぱり孫権は酔っ払うとキツいですね^^;
面白かったです。
ではではノシ
作者からの返信
コメントありがとうございます。
今回は孫権の酒癖も悪いですが、虞翻の酒癖も悪いので、ある意味イーブンです。次回、純粋に酒癖が悪いだけの孫権が登場。ご期待ください。
陸遜は賢いイメージありますよね。
実際に賢いのだと思いますが、これから呉の超重要人物になっていきますしね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
皇帝になったもの以外で、「正史 三国志」では、一つの巻に一人でまとめられているのは、諸葛亮と陸遜だけなのです。それだけ有能ということですね。
ただ、今回のお話でも少し出ていましたが、陸遜は直情径行なところはあります。
なるほど。漢の官位でいえば劉備の方が上で、それゆえに曹操側の記録では「敵の首魁は劉備」という記述になったのですね。
そういう様々な視点が混然となった結果として、後世では「三国志演義」の内容に結実したのかもしれませんね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
三国志の舞台って乱世というイメージがあり、無秩序な印象もありますが、実際には後漢の秩序を引きずっている時代なんです。なので、漢の与えた権威がどれだけあるかが重要で、孫権がみんなに舐められている原因に会稽太守でしかないというのがあったりします。
「三国志演義」を著した羅漢中は史実を把握していて、その上で講談や民間伝承も取り込んだすごい作家です。
第二十一回 孫権、曹操と戦う道を選び、曹操の代わりに机を斬るへの応援コメント
名場面ですが、双方の主張を聞くと、なんとも重い一斬だったのだろうな、と感じます。これが国を背負うということか、と。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
それぞれの主張に正しさがあり、問題点もあるという状況ですね。孫権自身の腹は最初から決まっていたようですが、どう転んでもおかしくない情勢でした。
関羽ってやっぱり狂人ですよね!
当然麻酔無しですしね。
でも、この話だけでも関羽は相当扱いにくいですよね。
やっぱり劉備がすごいということなのかもしれないです!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
古代の英雄ともなれば、麻酔なしで骨を削るくらいのことはやってのけなくてはいけないようです。
この回は関羽の活躍を描こうと思っていましたが、史書の記述のボリュームに差があって、龐悳の活躍ばかりになってしまいました。
第二十回 張昭、朝論をまとめ上げ、孫権に曹操への降伏を突き付けるへの応援コメント
孫呉が曹操あるいは献帝に帰順する理も相当にあったわけですね。
ここで孫権が基準を選んでいればどうなったか……まさに歴史が動いた局面という気がします。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫権が曹操に降伏していたら、戦乱が早めに収まり、魏の支配体制も盤石なものになっていたかもしれません。ただ、実際の魏やその後の晋も支配体制に欠陥があったので、すぐに元の木阿弥になったかもしれませんが。
結果として、孫権の決断が我々が知る歴史へとつながっていくのです。
>>のちに神になる男としては、やけにみみっちいことをしているが、無論、これは史実ではない。
まぁその、史実って結構歪曲される事もありますもんね。この文言を見て少しホッとしました。
翡翠は俗にいうカワセミの事でしょうか。元々カワセミを翡翠と呼び、それが宝石に転じたと聞いた事がありますので。闘鶏ならぬ闘鴨もあったというのは初耳です。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「三国志演義」を引き合いに出しているときは、これは史実じゃないですよ、というニュアンスで書いているつもりです。
「正史 三国志」にはオカルトめいた話(孫策が仙人に呪い殺されたり)が引用されていることもありますが、裴松之が引用元を明らかにしているので、信用できないソースなんだなとわかるようになっています。
翡翠はカワセミなのかもしれませんね。中原にはカワセミがいないようですし、色とりどりの鳥や亀、貝などは珍しかったのでしょう。唐代にも闘鴨に関する詩が残っているので、古代中国では闘鴨は一般的に行われていたようです。
第十六回 孫権、虎狩りを諫められ、甲鉄の戦車を製造するへの応援コメント
「違う、そうじゃない」という張昭の胸中のツッコミが伺えるようです。案外、苦笑しながら言っていたのかも知れませんね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫権と張昭はどうにも噛み合わない二人です。はたから見てる分には面白おかしいのでしょうけど、本人たちは本気でぶつかっていそうです。
第十五回 袁紹、時勢を見誤り、息子たちが後継者争いで没落するへの応援コメント
「袁紹は優柔不断」というより、そう言った曹操があまりにも果断すぎたのかも知れませんね。
朱元璋が江湖を統一して元朝を破ったのははるか未来、いまだ中原の覇権こそ漢の覇権だったでしょうし、曹操の覇業は孫呉には予想外かつ絶望的だったのではないでしょうか。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
曹操は曹操で逡巡しているのを荀彧辺りにケツを叩かれて決断する面があったりしますけどね。何にせよ曹操が袁紹への不利を覆すだけの実力と判断力があったのは確かです。
まだまだ長江以南は未開拓で、中原とは国力が違います。その上で、孫権は黄祖に八年も手こずり、曹操は五年で袁紹とその子を平らげた。この差は絶対的なものになっていきます。
タイトルのアンチコメントで草
とはいえ最古の粘土板に記されていたのはクレームですし、人の性は数千年では変わらないってはっきり判っちゃいましたね(ゲス顔)
作者からの返信
コメントありがとうございます。
いつの時代もアンチコメントを残す人はいるものです。
それだけ、孫権という人物が多面的で、さまざまな性格を飲み込んでいる人だということでもあります。
自身の首まで差し出す甘寧が、蘇飛にいかに恩を感じていたかが伺えるようです。
孫呉の風土にはしっかりと義の裏打ちがあるように思えました。
そしていよいよ、曹操との対決でしょうか……。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
甘寧は一人だけ世界観が違うという感もありますが、義理人情を優先する風はあったのかもしれませんね。
次回からは曹操や劉備らを取り巻く情勢を語りつつ、曹操との対決に話が移っていきます。
第三十九回 孫権、曹操に降伏し、関羽を攻め滅ぼすことを願うへの応援コメント
孫権の「降伏」と「裏の狙い」が同時に描かれ、政治家としての老獪さがよく伝わる回でしたね!
関羽って意外と感情で動くんですよね!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫権の降伏にはまだ本当の狙いが隠されています。当時の情勢と孫権の深謀遠慮が描かれる(予定)ので、また読みに来ていただけると幸いです。
関羽も張飛もあからさまな人間的欠点があって、それが魅力でもあるのですが、そのせいで悲惨な運命が待ち受けています。
第九回 曹操、私財を投じて挙兵し、董卓軍の英傑、徐栄と矛を交えるへの応援コメント
突然の質問失礼します!
三国時代のこの作品 まだ途中なのですが!
もしかして……もしかして ですが……
中華最高のファンタジー
「封神演義」も創作視野に入ってるんですか?
もし そうならワクワクします!
作者からの返信
コメントありがとうございます。
「三国志」も別に全部やる気はあまりなくて、孫呉主の話に絞って書いています。「封神演義」をやる予定は今のところないです。
ただ、私自身、「封神演義」に影響されている部分はありますので、それを元ネタにしている内容が出ている個所もあります。
第六回 魯粛、魏への道行きを周瑜に留められ、孫権に帝王の道を説くへの応援コメント
乱世にあってまだ江東勢力の方針も確固とはしていない時代でしょうか。そりゃ舵取りも難しいですよね。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫権の腹としては魯粛の案に乗ろうとしていますが、孫権が呉主となった経緯からして張昭には頭が上がらない。孫権が君主とはいえ、なかなか自由に事は進められない状態です。
まだこの頃は曹操とも一定の関係を保っていたのですね。机の角を切るのはまだだいぶ先でしょうか。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
孫策が派遣した張紘がしっかりと外交していた頃ですね。彼のおかげで孫権は会稽太守の地位を得ることができましたが、しばらくこれ以上出世せずにやり繰りしていくのでした。
曹操と訣別するのはもう少し先の話になります。
第九十五回 諸葛亮、五丈原にて魏軍と相対し、死後に司馬懿を敗走させるへの応援コメント
やはり諸葛孔明の陣没は、ひとつの時代が終わった――という感を抱かせますね。
しかし孫呉の戦いはまだまだ続く……のですよね。楽しみにしております。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
一般的な三国志の物語だと、諸葛亮の没後を契機に、次代の流れが加速してくイメージですね。なんならそのままダイジェストで終わってしまいますし。
ただ、このお話は「孫呉主伝」なのでもう少しじっくりやっていきます。お付き合いいただけますと幸いです。