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最寄駅に着いた列車のドアが開く。

 夏葵は立ち上がり、ゆっくりとホームに降り立った。日差しは東京のそれに戻っていて、あの夏の街の匂いはもうしない。けれど、頭の片隅にはずっと、潮風とレコードの埃の香りが残っている。


 駅前の坂を上りながら、スマホのメモアプリを開いた。

 そこには、「8月のステレオ」と題された曲のファイル。

 完成したばかりのその音源は、遥陽と過ごした夏そのものだった。


 ひとつひとつの音に、言葉に、風景が刻まれていた。

 あの快活な笑い声。

 一緒に過ごした夏祭り。打ち上げ花火の数々。

 遥陽が選んだ『ステレオ・ブルー』のレコード

 そして――言葉にしなかった想い。


「ちゃんと、できてたんだな。」


 誰にともなく呟いて、夏葵は深く息を吸った。

 遥陽がいなくなった朝、目覚めた瞬間の喪失感は、今も胸の奥に残っている。

 けれど、その正体がわかった今、ほんの少しだけ、受け入れられそうな気がした。


 彼女は、自分の音楽から生まれた。

 だからこそ、確かに存在していた。

 音になって、記憶になって、自分の中にちゃんといる。

それでも、遥陽とはもう会えないし、会わないのだ。


「これで、本当にさよならだね。」


 そう言って、夏葵はイヤホンを耳に差し込む。

 『八月のステレオ』が再生される。

 イントロが流れ始めると、胸の奥がじわりと熱くなった。


 一瞬遥陽の声がしたような気がして振り返る。

 だけどそこに遥陽はいない。

 それでも、もう迷わない。

 この曲とともに、彼は前に進んでいく。

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