6
最寄駅に着いた列車のドアが開く。
夏葵は立ち上がり、ゆっくりとホームに降り立った。日差しは東京のそれに戻っていて、あの夏の街の匂いはもうしない。けれど、頭の片隅にはずっと、潮風とレコードの埃の香りが残っている。
駅前の坂を上りながら、スマホのメモアプリを開いた。
そこには、「8月のステレオ」と題された曲のファイル。
完成したばかりのその音源は、遥陽と過ごした夏そのものだった。
ひとつひとつの音に、言葉に、風景が刻まれていた。
あの快活な笑い声。
一緒に過ごした夏祭り。打ち上げ花火の数々。
遥陽が選んだ『ステレオ・ブルー』のレコード
そして――言葉にしなかった想い。
「ちゃんと、できてたんだな。」
誰にともなく呟いて、夏葵は深く息を吸った。
遥陽がいなくなった朝、目覚めた瞬間の喪失感は、今も胸の奥に残っている。
けれど、その正体がわかった今、ほんの少しだけ、受け入れられそうな気がした。
彼女は、自分の音楽から生まれた。
だからこそ、確かに存在していた。
音になって、記憶になって、自分の中にちゃんといる。
それでも、遥陽とはもう会えないし、会わないのだ。
「これで、本当にさよならだね。」
そう言って、夏葵はイヤホンを耳に差し込む。
『八月のステレオ』が再生される。
イントロが流れ始めると、胸の奥がじわりと熱くなった。
一瞬遥陽の声がしたような気がして振り返る。
だけどそこに遥陽はいない。
それでも、もう迷わない。
この曲とともに、彼は前に進んでいく。
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