第二話 汝世界を救う勇者(強制)なり

気がつくと、僕は見知らぬ場所に立ち尽くしていた。

最初に目に入ったのは、寂れた石造りの壁。

見回すと、そこはどこかの部屋の一室のようだった。

周囲から音はなく、耳に入ってくるのは自分の呼吸だけだ。


「さっきまで飛行機の中にいたはずなのに……ここ、どこだ?」


「ここは異世界フェリオトです。お待ちしておりました、勇者様」


「うわぁっ!?」


人の気配などなかったはずの部屋で、突然背後から声がして、思わず大きな声を上げてしまう。

恐る恐る振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。


肩にかかる銀色の髪。陶磁器のように白い肌。

蒼い瞳は吸い込まれそうなほど澄み、儚げで整った顔立ち。

フリルを各所にあしらったドレス風の衣装は、まるで絵本に出てくるお姫様……いや、女神のような出で立ちだった。


「驚かせて申し訳ございません、勇者様。何分、人前に出るのは久々だったもので……本来であれば、きちんと姿を現してよいか確認するべきでした」


「いや、急に声がして驚いただけだから……って、あれ? 勇者様?」


「はい、勇者様です」


「誰が?」


「勇者様がです」


「いや、誰が勇者様なの?」


「勇者様がです」


「えーと、この部屋には今、君と僕の二人だけだよね?」


「はい、そうです」


「君は勇者じゃないよね?」


「はい、そうです」


「つまり勇者様は……僕?」


「はい、そうです、勇者様」


「なるほどなるほど……って、えええっ!?」


勇者? 僕が?

というか一体何が起こっているんだ。


落ち着け。

僕――天村あめむら光継みつぎは、たしか修学旅行の帰りの飛行機に乗っていて……そうだ、空港で変な女の人が声をかけてきた。

異世界ツアーだとか言い出して、そのあと――意識が……


「あの、どうかしました勇者様?」


少女が心配そうに、こちらの顔を覗き込んできた。


「いやその……状況がうまく呑み込めてないんだけど……」


「なるほど、そういうことでしたら、分からないことは何でもお訊ねください。私の方からお答えいたします」


そう言って、少女は一礼する。


「じゃあまず、その……ここはどこ?」


「ここはフェリオトと呼ばれる世界。勇者様が住んでいた世界とは異なる世界です。

そして今、私たちがいるこの場所は、かつて英雄召喚のために使われていた、とある砦の一室になります」


フェリオト……異世界……英雄召喚?

急に漫画やゲームのような単語が飛び出した。


「じゃあ次……なんで僕はそんな異世界にいつの間にか来てるの?」


「それは、勇者様がこの世界を救うため、我が主に選ばれ召喚されたからです」


「我が主?」


「はい。我が主はこの世界を守護する女神の一人。

主はこの世界を救うため、異世界より勇者足りえる人物を探しておられます」


女神?

空港ロビーにいたあの変な女の人が……?


――そんな、夢みたいな話があるわけ……いや、この状況、むしろ夢より非現実的だ。


「あの、他に何かお聞きになりたいことは?」


頭を抱える僕に、少女は小首を傾げて訊く。


「聞きたいことは山ほどあるけど……じゃあ、君の名前は?」


「私の名前はビスカです。主より勇者様のお力となるよう遣わされました。

これから先、勇者様をサポートいたします。よろしくお願いいたします」


ビスカは深々と頭を下げた。


「いや、こちらこそよろしくねビスカ……じゃなくて!」


つられてお辞儀してしまったが、そういう問題じゃない。


だいたい分かってきた。

僕はなぜか勇者として異世界に召喚され、世界を救えと言われている。

だけど……


「あのビスカ、お願いがあるんだけど」


「はい、なんでしょうか勇者様」


「世界を救うとかの話は置いといて、とりあえず元の世界に返してくれないかな?」


「元の世界に?」


「うん。僕はただの高校生で、特別な力もない。

だから多分、勇者に選んだのは間違いだと思うんだ。

帰してほしい」


「ダメです」


「へ?」


「ダメです。無理です。帰しません」


先ほどまで柔らかかったビスカの雰囲気が、急に変わった。


「え、急にどうし――」


「ダメです。無理です。帰しません。勇者様がいるべき世界はここです。

あなたは我が主に選ばれた逸材。主が間違えるなどあり得ません。

ゆえにあなたは間違いなく勇者。この世界を救うため女神より選定された救世主。

だからあなたを元の世界に戻すことはできません。あなたが故郷に戻るとき、それは――」


「……それは?」


「その命の火が……消えるときです」

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