第2話 揺れる視界

「葛城のやつ、全然見当たんねーな」


洸平は自販機の前で足を止め、喉を鳴らしてスポーツドリンクを一口流し込んだ。

文化祭準備でごちゃごちゃになった校内をぐるっと回っても、葛城は見つからなかった。


「一旦、神山と合流するか…」


そんなときだった。

階段を上がった先、ニ階の廊下から騒がしい声が聞こえた。


(なんだ…?あの辺り、神山が探してた階だよな)


洸平は足を早めて音のする方へ向かった。


人だかりの中心に、神山が立っていた。

その表情はいつもの彼とは明らかに違っていた。


様子がおかしい。


「どうした??」

洸平は人垣をかき分けるように前へ進み、周囲に聞こえるような声でそう言った。


「そいつが、その子を突き飛ばしたんだよ」

誰かが答える。


(そんなわけがねぇだろ)

「それ、本当に見たのか?」


洸平の声に、空気が一瞬静まる。


「私見てた。ぶつかっただけだよ。角で見えづらかったし、彼女、荷物持ってたから…」

後ろの方から、別のクラスの女子が恐る恐る言った。


「全然違うじゃん」

「神山も、なんでそれを言わないんだよ」


神山は、黙っていた。

いつもより、ずっと俯いて。


洸平は周囲を見回し、声を強める。


「見てもねぇくせに、憶測だけで人のこと責めんなよ。しかも、大勢で。」


重かった空気が少しずつ緩み、ざわめきが引いていく。

人だかりは、少しずつ散らばっていった。


洸平はゆっくりと神山に近づき、いつもの調子で、でも少し低めの声で言った。


「神山も違うならそう言えよなー」

「.....」

少し遅れて、

「ありがとう...」

と、小さな声でボソッと神山が言った。





洸平が来てくれてから廊下に溜まっていた重たい“色”は、何事もなかったように薄れていった。


洸平はここに来てからもずっと、一色だった。

最初は困惑、次に怒り、そして最後は優しさ。

その“色”と、彼の言葉や行動は、常に一致していた。


(やっぱり、洸平は……本当にいい奴だ)


窓越しに映る自分の姿が、少しずつ“安心”の色に染まっていくのが見えた。

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