幻覚少女と俺の未来

Unknown

【本編】

 28歳の俺は安い1Kのアパートで在宅WEBライターとして働きながら細々と1人暮らしをしている。

 一家は数年前に離散しており既に俺に家族はおらず、内向的な俺には友人も恋人もいなかった。20代にして天涯孤独の身。外出は最低限。週に1度くらいの頻度でスーパーやドラッグストアに行くだけだ。髪やヒゲは無造作に伸びっ放しになっていて、風呂にはあまり入らない。

 1人暮らしを始めて今年で3年目になるのだが、2年目あたりから何故か俺は「少女の幻覚」を常に見るようになった。

 少女は常に学校の制服を着ていて、女子高生くらいの年齢に見える。彼女は自分の名前を「愛莉」と名乗った。

 最初は己の精神疾患を疑った俺だったが、愛莉は特に俺に敵意を向ける様子が無く、むしろ態度は常に友好的であったので、俺は愛莉という少女の存在を普通に受け入れている。

 4月下旬の深夜3時頃、ノートパソコンしか光源の無い部屋の床で俺が胡坐をかいてラッキーストライクというタバコを吸っていると、部屋の隅っこで体育座りをしている愛莉が小さめの声でこう言った。


「ねぇ優雅、部屋が超ゴミだらけだよ」

「ああ」

「私と優雅が座るスペースがあるだけじゃん」

「ああ」

「ねぇ優雅」

「何?」

「片付けなよ」

「めんどくさい」

「そう言うと思った……。部屋はゴミ屋敷で、お風呂にも全然入らないし、最近はブラックコーヒー飲んでタバコ吸ってばかりでご飯もろくに食べてないよね?」

「ああ」

「こういう優雅みたいな状態の事をセルフネグレクトって言うんだよ」

「知ってる」

「私は優雅のことが心配だよ。ちゃんと健康的に生活しなきゃダメ。自分を大事にしなきゃダメ」

「なんで?」

「だって死んじゃうもん」

「別に良いよ死んだって。既に死んでるようなもんだろ」

「優雅が死んだら、私、悲しくて泣く」

「ありがとう。そんなこと言ってくれるのは愛莉だけだ」

「優雅って仕事以外の時間は基本的にタバコ吸ってイヤホンして音楽ずっと聴いてるだけだね」

「そうだね。ロックしか聴かない」

「こんなこと聞いたら失礼かもしれないけど、優雅は毎日生きてて楽しい?」

「楽しくない」

「じゃあ友達とか作れば?」

「やだよ。別に友達なんかいらない」

「ふーん。優雅がそれでいいならいいんじゃない? でも彼女は作っちゃダメだよ。優雅の彼女は私だから。もし私の他に彼女作ったら悲しくて泣く」

「愛莉は絶望的に男選びのセンスが無いな。俺なんかの何が良いんだよ。俺は日本人男性の中でも相当うんこだぞ」

「うんこじゃないよ。優雅は優しいから」

「優しくない。俺は今まで20人以上の女と付き合って、その全員をぶん殴ってDVした最低の男だ」

「女の子殴ったことなんて1回もないでしょ? そもそも最後に彼女がいたの12才の時じゃん。ばればれの作り話は辞めた方が良いよ。私は優雅のことなら何でも知ってるからね」

「じゃあ俺の本当の初恋の年齢を当ててみて」

「16」

「なんで分かるんだよ」

「私は優雅の脳から生まれた存在だからね。優雅は強がって『寂しくない』って言うだろうけど、優雅は1人で生きてるのが寂しすぎて私を作ったんだよ」

「……そりゃ1人は寂しいよ」

「私が女子高生の姿なのは、優雅の初恋の女の子に似せるためだよ」

「そうか」

「うん。なんとなく顔も似てるでしょ?」

「似てる。あの子にそっくりだ」

「加奈ちゃんって名前だよね。優雅の初恋の女の子」

「うん。でも縁はとっくに切れた」

「優雅は悪くないよ。悪いのは全部知らない男のせい。犯罪者のせい」

「……実はあの子と俺の間でお互いに約束してたことがあるんだよ」

「なに?」

「一緒にハタチになったら自殺しようって」

「へぇ」

「でも俺は28歳になっても生きてる。死んでるのか生きてるのかよく分からない状態で生きてる」

「めっちゃ偉いじゃん」

「偉くないよ。いつの間にか28になってただけだ。あの子も、もしまだ生きてたら俺と同じ28歳だ。今も生きてるのかな」

「きっと加奈ちゃんは生きてるよ。きっと幸せに笑いながら生きてるよ」

「そうだといいけどな。あの子は、俺よりも何倍も病んでたんだ。16才の段階で腕はボロボロになってた。腕だけじゃない。脚もボロボロだった」

「優雅は加奈ちゃんのどんなところが好きだったの?」

「とにかく話してて楽しかったんだ。波長が合った。彼女の精神が病んでる事なんてどうでもよかった。いつもくだらない話ばかりしてた。楽しかったな……」

「12年前の過去を懐かしむのもいいけど、ちょっとは未来に期待してみたら?」

「もうそんなパワーは俺には残ってないよ」

「でも未来にどんなことが起こるかは、誰にも分からないよ」

「そうだけど……」

「疲れちゃった?」

「うん。疲れた。体じゃなくて心がね。いつも憂鬱なんだ」

「そっか」

「何もかも憂鬱だ」

「未来に期待できないんだね」

「ああ。考えるのはいつも過去の事ばかりだ。まだあの子が生きてるのか、それとも死んでるのか、それすら俺には分からない」

「死んでるって思うのは加奈ちゃんに失礼だと思うよ。絶対に生きてるよ」

「生きてるかな?」

「そう思うしかないじゃん」

「うん……」

「世の中の人たちはみんな過去じゃなくて今や未来の事を考えながら生きてるよ。だんだん優雅もそうなれるといいね」

「そうだね」

「優雅は毎日寂しくない?」

「寂しくないよ。愛莉がいるから」


 無表情でそう言った俺はラッキーストライクの煙を暗い部屋に吐き出した。


「ねぇタバコって美味しい?」

「美味しいよ。愛莉も吸ってみる?」

「私は真面目なJKだからタバコとか吸わないの」

「ああ、そう」

「そういえばもう3時だけど、まだ寝ないの?」

「俺は不眠症だ。睡眠薬も効かない」

「何歳の頃から不眠症なの?」

「16才。元はと言えば、1人ぼっちの高校に行くのが辛くて、寝ようとしなくなったのが不眠症の始まりだった」

「そっか。辛かったね。寝られないと、色んなこと考えちゃって余計に寝られないよね」

「うん。暗いことや不安なことを考えて余計に寝られない」

「私は優雅が寝るのと同時に寝て、優雅が起きるのと同時に起きてる。毎日ね」

「愛莉は眠くない?」

「眠くないよ。優雅が眠くないから」

「そうか」

「ねぇ優雅」

「なに?」

「明日っていうか今日、ちょっと出かけてみない?」

「俺には……どこにも行きたい場所が無い」

「そう言うと思ったから、既に私が行きたい場所は決めてあるよ」

「どこに行きたいの?」

「花畑に行きたい。ここから車で15分くらいの場所に綺麗な花畑があるでしょ? 私、あそこが大好きなんだ。今は暖かくなったから、前よりもたくさん花が咲いてると思うよ」

「あー、あそこか」

「優雅も花が好きでしょ?」

「好きだよ」

「あ、私には好きって全然言ってくれないのに、花には普通に『好きだよ』って言うんだね」

「愛莉の事も好きだよ」

「あっそ。別に嬉しくないよ。私には優雅の代わりなんていくらでもいるんだから」

「じゃあ隣の部屋に引っ越したら? 俺の隣人、たしかイケメンだっだぞ」

「イケメンだけど、あの人と一緒に暮らしても面白くなさそう……。めっちゃ普通の人っぽいし」

「じゃあ俺と一緒に暮らしてるのは面白いの?」

「別に面白くない。でも、一緒に居ると落ち着くの」

「そうか」

「うん。落ち着く。でも部屋の掃除はしてほしいけどね。これからの暖かい季節、ゴミ屋敷だと虫が湧きまくるよ」

「虫は嫌だなあ。分かった。気が向いたら少しずつ掃除するよ」

「部屋が綺麗だと心も綺麗になるんだよ。過去の事しか考えられない優雅も、きっと未来の事が考えられるようになるよ」

「だといいけどな」

「過去はどうしても変えられないけど、未来はどうなるか分からない。5年後、10年後の自分がどうなってるかなんて誰にも分からない」

「うん」

「だから、とりあえず今を生きててほしいの」

「ありがとう」

「どんなに1人ぼっちでも、未来はどうなるか分からない。いつか優雅には私の存在も必要なくなるかもしれない」

「……」

「それは寂しい?」

「うん。寂しい」

「寂しいんだ。素直だね」


 そう言って愛莉は笑った。つられて俺も少しだけ笑った。


「ねぇ優雅、たまには日が出てる時間に外に出てみようよ。そしたらきっと気分も良くなるよ。少しだけ」

「そうだな。じゃあ今日はあの花畑に行こう」

「じゃあそろそろ寝てみる?」

「うん。眠くないけど寝てみる。おやすみ愛莉」

「あ、待って。どんなにめんどくさくても歯は磨いた方が良いよ。将来、歯抜けのおっさんになりたくないでしょ?」

「なりたくない」


 俺はこの日も風呂には入らなかったが、愛莉の忠告通り歯は磨いた。

 そして行きつけの精神科で処方されている睡眠薬を飲んでベッドに横になり、目を閉じる。

 しかしなかなか眠りにつくことは出来ず、日が昇り始めた朝の5時頃、俺は静かに涙を流し始めた。

 すると、ずっと部屋の隅に座っていた愛莉が俺のベッドの横に来て、優しい声音で訊ねてきた。


「どうして泣いてるの?」

「……俺はこれから先の人生、永久に1人ぼっちだから」

「永久に1人ぼっち? そんなこと誰が決めたの? 優雅が勝手に決めつけてるだけじゃん」

「でも、今までの人生の失敗体験から、なんとなく分かるんだ。俺はこれからずっと1人ぼっちなんだ」

「……なんか、だいぶ重症だね。いつもそんなに寂しいの?」

「うん」

「これはもう、しばらく私がずっとそばにいてあげないとダメだね」

「ああ。そばにいてくれると助かる」

「優雅が寝られるまでずっと起きててあげる。だから安心して眠っていいよ。優雅は絶対1人ぼっちじゃないから。私がずっとそばにいるから」


 その優しい言葉を聞いて少しだけ楽になった俺は、さっきまで眠気が全く来なかったのが噓のようにスッと朝の微睡の中に落ちていった。


 ◆


 起床してすぐにスマホで時間を確かめる。

 俺が起床したのは午前11時の事だった。6時間ほど眠れた。ゴミだらけの部屋の中には太陽光が差し込んでいる。天気予報を確認していなかったが、雨が降っていなくて良かった。

 俺がベッドから体を起こして重い瞼を擦っていると、俺のすぐ隣から声が聞こえた。笑顔の愛莉が俺のベッドのすぐそばに立っている。


「おはよう優雅。よく寝られた?」

「おはよう。よく寝られた」

「晴れてよかったね」

「そうだな」

「良かった。優雅が久しぶりに日中に外に出られる。とりあえず朝ごはん食べて朝の薬飲んで、お風呂入ってヒゲ剃って。そのあと車で花畑まで一緒に行こう。運転よろしくね」

「うん」


 俺は内心面倒だなと思ってしまったが、花畑に行くのは愛莉との約束だから、とりあえずベッドから抜け出して、ゴミの山の中を歩き、冷蔵庫の上に置いてあった常温のバナナを房から1本ちぎって食べた。

 しばらく前にスーパーで買ったバナナは黒く変色しつつある。

 その直後、俺は飲みかけのブラックコーヒーで朝の精神薬を流し込んで、歯を磨き、電動ヒゲ剃りで長く伸びたヒゲを全てゴミ箱の中に剃り落とした。そして、だるい体を何とか風呂場まで動かし、服を脱いでシャワーを久しぶりに浴びた。

 頭と体を洗った俺は、好きなバンドのTシャツと黒いぶかぶかのスウェットのズボンを履いて、何とか出かける体裁は整えた。

 準備が出来るまでの間、愛莉はずっとアパートのベランダに出ていて、欄干に肘を置いて遠くの景色を見ていた。山でも見ているのだろうか。それとも空を見ているのだろうか。

 俺は大きな掃き出し窓をゆっくり開けて、後ろから愛莉に声を掛ける。


「愛莉、準備できたよ」

「遅いよ~。ちょっと待ちくたびれた」

「悪い悪い」

「別に良いよ。てか良かったね。久しぶりにさっぱりできて」

「うん」

「優雅は好きな花とかある?」

「黄色い菜の花が集まってる光景が好き。愛莉は?」

「チューリップ。だけど最近暑くなってきたから、もうすぐ枯れちゃうかも。チューリップは早めに咲く春の花なんだよ」

「へぇ」

「私は薄ピンクのチューリップが1番好き」

「咲いてると良いな。薄ピンクのチューリップ」

「うん」

「じゃあ行くか」

「行こ」


 俺は愛莉を連れて、久し振りに日中にアパートから出て、扉の鍵を締めた。


 ◆


 駐車場に停めてある軽自動車を走らせて、花畑へ向かう。助手席には高校の制服を着た愛莉が乗っている。

 道中、赤信号で停車すると愛莉がポツンと呟いた。


「昨日、優雅が寝る前に泣きながら『これから俺は永久に1人ぼっちだ』って言ってたけど、よく考えたら今まで沢山の人が優雅の事を好きになってくれたでしょ?」

「うん」

「優雅が昔から趣味で描いてるWEB漫画に人生とか命を救われたって言って、好きになってくれた読者さんも結構いたでしょ?」

「うん」

「それは優雅が1人ぼっちだからだよ。1人ぼっちだからこそ、同じように1人ぼっちの人を今まで救うことが出来たんだよ? それって誰にでも出来ることじゃないと思う。優雅にしか出来ない素晴らしい事だと思う。優雅の孤独は財産なんだよ」

「ありがとう。でも俺なんて大したことない」

「大したことある。自分に自信を持つべき」

「自信なんか持てない。俺は病気だ。もう漫画が描けるような精神状態じゃない。今書いてる引きこもりが主人公の漫画だってストーリーが思い浮かばなくて1年くらい連載がストップしてる。きっと、もう誰も俺の事なんて覚えてないよ。才能だって枯れ果てた。もう全人類が俺の存在なんか忘れてる」

「もう。なんで優雅はいつも物事を悪い方にしか考えられないのかな~……」

「俺が知りたいくらいだ」

「じゃあ、仮に優雅が言うように、今この世の全人類が既に優雅の事を忘れてしまっていたとするよ?」

「うん」

「それでも、過去に優雅がWEB漫画で色んな人を救った事実だけは絶対に変わらないじゃん」

「まぁそうだね」

「だから、もう少し自分の事を好きになってあげなよ」

「……分かった。好きになる努力はする」

「あと、昨日も話したけど、未来にどんな事が起こるかなんて誰にも分からない。きっと優雅の事を今もずっと好きでいてくれる人だっている。これから好きになってくれる人だってきっといる」

「いや、いるわけないだろ」

「おい。自分の事を好きになる努力するって言ったばっかじゃん。努力してよ」

「ごめん」

「あ、信号が青になったよ」

「うん」


 俺はブレーキから足を離して、アクセルをゆっくり踏んだ。


「今の優雅は未来に希望が持てないかもしれない。だけど、せめて過去の自分の事は好きになってあげて。あと、少なくとも私は今も優雅の漫画のファンだよ」


 愛莉の声は優しかった。続けて愛莉はこう述べた。


「私は優雅の事が大好き」


 ◆


 15分くらい車を走らせると、小高い丘のような花畑が近づいてきた。愛莉は助手席から首を伸ばして花々を眺めている。俺は土で出来た駐車場に車を停める。土埃が舞う。

 今日は平日なのだが、たくさんの車やバイクが停まっていて、花畑は混んでいた。

 ここはテレビでも紹介されたことのある有名な花畑だ。

 俺と愛莉は車から降りて、道路を渡って花畑に近づく。花畑は傾斜になっていて、俺たちはゆっくり下っていく。


「見て優雅! いっぱい菜の花が咲いてるよ!」

「本当だ。綺麗だな」

「パンジーもいっぱい咲いてるね」

「うん」

「あ、チューリップもいっぱいある!」

「あの紫の花も綺麗だ」

「あれはなんだっけな~。名前ド忘れしちゃった。綺麗だね」

「なんか謎のトウモロコシみたいな花もいっぱいあるぞ」

「ほんとだ。かわいいね」

「今日は外国人観光客もいるな。あっちに金髪の姉ちゃんが3人いる」

「あ、ほんとだ。珍しい」

「特に今日は人だらけだ」


 俺と愛莉がゆっくりと歩いて花を眺めていると、少し離れた場所から幼い子供たちの声がたくさん聞こえてきた。

 声のする方角を見ると、数人の引率の保育士に連れられて多くの保育園児が歩いてきた。遠足だろうか。


「わ~、かわいい~」


 と愛莉が俺の横で言う。

 なので、俺もこう呟いた。


「かわいいな。無邪気で」

「優雅は小さい子供は好き?」

「好きだよ。あ、でもロリコン的な意味じゃねえからな」

「分かってるよ。馬鹿」

「実は俺が子供の頃は、保育士になりたいと思ってた」

「え~、なんで?」

「何故か自分より小さい子供たちにめっちゃ懐かれるから」

「ふーん」

「実は数年前、無職だった頃に適職診断をしたら、保育士って出てきたんだ」

「じゃあ今から専門学校に行って保育士になれば?」

「絶対やだよ。俺みたいな不審者、どこの保育園が雇うんだよ」

「ふふふ」

「ちなみに、保育士の他には、キャビンアテンダントもおすすめされた。男なのに」

「優雅は性格が女性的なのかもね。そういう面もあるのかもしれない」

「いや、ないだろ」

「ねぇねぇ。優雅は保育士の他には何になってみたかった?」

「プロ野球選手、臨床心理士、スクールカウンセラー、看護師、介護士、精神科医、お笑い芸人」

「なりたい職業めっちゃあるじゃん」

「まぁ今やってるWEBライターが1番楽だけどな。給料は安いけど人と会わなくていいから」

「漫画家にはなりたくないの? 漫画描くの大好きでしょ?」

「でも漫画はあくまで趣味だから。職業にしたいと思ったことは無い」

「ふーん。そういうもんなんだ」

「愛莉は何になりたい?」

「え、私? 優雅のお嫁さんになりたい」

「俺と居ても幸せになれないぞ」

「違う。私が優雅を幸せにしたいの」

「ありがとう」

「あと個人的に、優雅はスクールカウンセラーに向いてると思う。私は優雅みたいなカウンセラーに悩み事を相談したい。今からなりなよ」

「なぁ愛莉、実は心理士の資格を取るためには大学院を出なきゃいけないんだ」

「じゃあ今から行けばいいじゃん。大学と大学院」

「簡単に言うなよ。俺は、その日暮らしで精一杯だ。金が無い。WEBライターって言っても所詮バイトだしな」

「そっかー。世知辛い世の中だ。……あ、見て! 薄ピンクのチューリップがいっぱい咲いてる! 優雅、写真撮って!」

「うん」


 俺はポケットからスマホを取り出して、愛莉の好きな薄ピンク色のチューリップの写真を何枚か撮った。

 俺は菜の花が好きなので、適当に菜の花を撮った。1つ1つの花は小さくても、それが1つの集合体になる事でとても壮大で綺麗になる。俺は菜の花のそういうところが好きだった。

 

「遠くに水色の花がいっぱいあるね。あれはネモフィラっていう花。あそこまで行ってみようか」


 と愛莉が言う。

 俺は黙って頷いた。

 平日にもかかわらず、この花畑には老若男女たちが集まっている。更には外国人もいれば保育園児もいる。

 その風景の一部に俺が居る事が少し不思議な感覚がした。

 俺は普段、世の中との関わりを最小限にしているからだ。

 もう俺は自分の未来には何も期待していない。

 だけど愛莉と一緒に色んな花を見ていると落ち着いた。


「ありがとうな」

「なにが?」

「俺をここに連れ出してくれて」

「うん」


 瞬間、風が吹いて、愛莉の制服のスカートがふわりと揺れる。


 ◆


 しばらく愛莉と花畑に滞在し、俺たちは車に乗ってアパートに帰った。

 綺麗な花を見た後だからか、あまりの部屋の汚さに辟易する。

 日光に照らされる1Kの部屋を見渡した俺は、溜息を漏らして言う。

 

「はぁ……。しかし汚い部屋だな」

「やっと自覚できた?」

「うん。ごめんな。こんな汚い部屋に住ませて」

「謝るの遅い!」


 俺は市によって指定されたゴミ袋の中に、部屋中のゴミを入れ始めた。

 その行為は俺自身の心に山積した滅茶苦茶かつ雑多な感情を整理する作業のようでもあった。

 愛莉は、ようやく部屋の片付けを開始した俺を見ながら、


「ふふふ」


 と小さく笑った。


「ん? どうかした?」


 と俺が無表情で聞くと、


「別に」


 と愛莉は笑顔で呟いた。









 ~終わり~

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幻覚少女と俺の未来 Unknown @ots16g

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