おい、俺の体女の子になってるって!!

パ・ラー・アブラハティ

ホワッツタイム!?

 朝起きたら世界が変わっていた。そんな小説の始まりはよく聞きますよね?


 ええ、よく聞きますとも。しかし、朝起きたら女になっていたなんて小説聞きますか?


 ええ、私は聞いたことありません。いや、俺は聞いたことありません。


 姿見に映るこの華麗で可憐な麗しきロングヘアーの美女。まあ、なんと艶やかで美しい黒色なのでしょうか。


 街中で見たら絶対に振り返ってしまいますね。そう、これが俺じゃなかったの話だけど。


「うぉおおお!! なんで! なんで! 女になってるんだー!」


 閑静な住宅街に響く甲高い雄叫び。いつもは聞こえないその叫び声に、電線に止まっていた雀は一同に空へ逃げる。


 階下からドタドタと駆け上がってくる足音。


「ちょっと! たけし、うるさい……んだけど」


 怒号をあげようとした母の声は、蛇口を締められた水のようにか細くなって消えていった。


 母の視線が俺の体を舐めまわすように下から上へと流れている。そして、一呼吸置いて母は言う。


「たけし……私はあんたがどんな趣味を持っていようと味方だからね。安心してね」


 目を涙ぐませて肩を力強く掴みながら、母は悟ったように言う。


「いやいやいや、違うって! そんな趣味は無いし、あったとしても普通に言うよ! これは純正! 朝起きたらこうなってたの!」


「いいんだよ……たけし。わかる、わかるよ、言いづらかったんだろう、気付いてやれんでごめんなさい」


「おいおい、謝るなよ母ちゃん。俺は嘘ついてないって、ほらっ!」


 埒が明かないと思った俺は自分の胸に母の手を当てる。俺より長く女性をしてきてるんだ、すぐにわかるだろう。これが偽物かどうかなんて。


「あんたこんな精巧なものまで……」


「ここまでしてまだ信じないのかよ! いい加減信じろよ!」


「まあ、こんな必死の息子見たら嘘かどうかなんてすぐにわかるさね」


 母は人が変わったようにケロッとしだす。忘れていた、こういう人だということを。


 何事も無かったかのように部屋を去る母の後を疲れた顔で着いていく。


 リビングに行くと新聞を見ていた父がこちらをちらりと見て、ガタッと椅子を引く。


「おい、たけし! お前……!」


「あぁ、父ちゃん。それさっきやった」


「なんだ、そうか」


 母がサラッと言うと、父もサラッと受けいれて何事も無かったかのようにまた新聞を読み始める。


「いや、そこはもうちょい突っ込めよ」


「母さんが何も言ってないってことはそういうことだろう」


「謎の信頼関係なんなんだよ」


「これが熟年夫婦の絆ってやつ」


「うるさ、流石にうるさいわ」


 俺は朝ごはんを食べながら、この体との付き合いを考える。


 仮にこのままだとしたらどうしたのいいんだろう。まずは、病院に行くべきだろうか。いや、行くとしてもなんと説明するべきなんだ。


 朝起きたら女の子になってました!てへ!ってか。これじゃ普通に精神科にお世話になる。


 あぁ、これってもしかして詰みってやつですかい?


「たけし、学校はどうするの」


 これは盲点だった。これからの付き合いを考えていたが、一番近くにある問題に向き合っていなかったな。


「んあ? あぁ……たしかに。どうしようかな」


「休んだ方がいいんじゃないの?」


「いやあ、でもせっかくの無遅刻無欠席がなあ」


「じゃあ、行く?」


「行くわ。学校に連絡しておいて。息子が女の子になって困ってるので、手助けしてやってくださいって」


「任してちょうだい」


 俺は無遅刻無欠席の輝かしい功績を捨てるのは惜しい人間だ。それならば、この女の子の体で学校へ突撃してやる。


 どんな反応されるのか、全くもって見当がつかない。未知の領域だ。


 いざ、ゆかん。学校へ。


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