【マドンナのドレスに身を包んだ】
わたしは横を歩く彼女、マドンナをもう一度ちらりと見る。
何度見てもわたしには無い豊かな胸元にまず目がいってしまうが、ワインレッドの巻き髪も泣きぼくろも何なら佇まいだって、艶やかで華やかで自然と引き付けられる魅力がある。
「あたしは踊り子でもあるのよ」
道中、マドンナがそう零した。わたしは妙に納得した。
「もしかしてマドンナさんは今夜のコンサートで踊るんですか?」
「そうよ。コマチには少しばかり刺激的かもしれないけれど、見て行ってよ。あたしが主役になっているところ」
今夜の楽しみがまた一つ増えた。
子供が行くところではないとスミは言っていたが、わたしはもう女子高校生である。大人へ片足は突っ込んでいると思う。バイトができる年齢ではあるのだし。
マドンナはどんなふうに踊るのだろう。オボロはどんな曲を奏でるのだろう。スミも一緒に行ってくれるから、わたしは何の不安もなく好奇心でいっぱいだった。
コロニーまで戻ると、オボロがみんなを労わる簡単な挨拶をしてから解散となった。
スミがおもむろにわたしを担ぐ。
「着替えてからレストランに行こう。お腹が減っただろうし、そこでいろいろ頼めばいい」
「いいの? ごめんね、着いてきてもらうのにそのうえご飯まで」
「別に。俺もたまの気分転換にちょうどいいと思ったから」
担がれたままスミの部屋まで戻ると、スミがいつもの如く床下収納から服を引っ張り出してきた。しかし、今着ている生成りの服とは全く違うそれに驚く。
「これってタキシードだ。へえ、フォーマルな感じの服装で行くんだね」
「おう。コマチのドレスもあるぞ」
スミが入り口を指差すと、そこにはマドンナがいた。ドアにしな垂れかかった彼女の手には巾着袋があった。
「コマチの分、一式持って来たわ。着替えを手伝うから中に入らせてもらうわね」
当たり前のように部屋に入って来たマドンナが、当たり前のようにわたしの服をはぎ取った。るんるんと鼻歌を奏でるマドンナは、それはもう絵になる美しさである。わたしが身ぐるみ剥されなければ見入っていたことだろう。
肌寒さにぶるりと身が震える。
「マドンナさん、服返してください」
「キャンキャン吠えないの。ほら、素敵なドレスでしょ」
巾着袋から出てきたのは、チュールがふんだんに使われた、黒と赤を基調とした重厚感のあるAラインのドレスだった。
はじめて間近で見たドレスに釘付けになる。何これ可愛い。わたしのテンションはあからさまに上がった。
「気に入ってくれて嬉しいわ。大昔に隠された庭で見つけたの。あたしのお気に入りだけど、今夜は特別に貸してあげるわ」
「ありがとうございます、マドンナさん」
マドンナが着せてくれたドレスを着てくるりと回る。ふわりと広がった裾がきれいだ。ゴシック調のようなドレスなんてアニメや漫画でしか見たことが無かった。
「髪も結うわ。こっちに来なさいな」
「はあい」
手慣れた様子でわたしの髪を編みこんでいく。マドンナが渡してくれた手鏡で確認すると、どこぞの令嬢のようなハーフアップの髪型になっていた。
最後に赤いバレッタを付けて完成だ。
「やっぱり可愛いわね。コマチに似合うと思ったのよ」
「準備が出来たなら行くぞ」
入り口からスミの声がかかる。
目を向けると、光沢のある黒いタキシードに身を包み、ワックスで髪を整えた男性がいた。目を擦ってもう一度確認してもスミである。
「スミが格好良くて別人に見えるってコマチが言っているわ」
「マドンナさん、勝手に訳さないでください」
反論したものの、その通りだった。いつもの生成りの服を着て身軽に動くスミだって格好良いと思っているが、今のスミはまるで童話から飛び出てきた王子様のようだった。どこか気品があって近寄り難く思ってしまうほどに。
スミが小馬鹿にしたような顔でわたしを笑う。
「そんなにこれがお気に召したか。喜べ、今日は格好良い俺が見放題だぞ」
「うるさいな。別に出会ったころからずっと格好良いし」
「そうか」
突然訪れた妙な沈黙を蹴破るかのように、マドンナが甲高い笑い声をあげた。目尻に涙まで浮かべている。
「あんたたち、突然青春コントをはじめるのやめてくれるかしら。お腹が痛くて死にそう」
ひーひーとわざとらしくお腹を押さえてしゃがみこむマドンナに、スミがむすっとした顔をする。
「何が青春コントだ。した覚えはない」
「犯人はいつだってそう言うのよ」
マドンナはスミの額を指先で小突く。それからわたしたちに軽く手を振って身を翻した。
「次はステージで会いましょう」
外に出ると蛍石はすっかり輝きを潜めていた。
けれど昨日の違い、今日は賑やかだ。足場が地底人で溢れ返っている。ぎしぎしと軋む音が絶えることなくあちこちから聞こえてくる。
わたしを担いでいるスミが、あまりに混雑している状況に溜息を吐いた。
「レストランに辿り着くまでかなり時間がかかるな」
「ごめんね」
部屋を出た瞬間から分かっていたことだが、スミを巻き込んでしまって申し訳なく思う。
「いや、何か軽食くらい持って来ればよかったと思っただけだ」
「我慢できるよ」
「さっきから腹の音が聞こえてくるが」
わたしは小さく鳴ったお腹を押さえた。人並みの羞恥心はあるので、とりあえず口笛を吹いて誤魔化してみた。
ところでマドンナもこの混雑に巻き込まれているのなら心配だと伝えると、スミは鼻で笑って「あの女にとっては障害でも何でもない」と言ってのけた。
わたしを連れて、するりと行列を抜けて行くマドンナを思い出して納得した。
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