【小さなジュエリーケースを拾った】

 中学生のころに持っていたアルトリコーダーの、太くて柔らかい音色が耳に入ってくる。

 奏でているのはオボロだ。異国の民謡を彷彿させる軽快な曲調を、軽々とした運指で吹き鳴らしている。

 名も知らない曲に聞き入っていると、静かに音が止んだ。


「今日の収穫はソプラノリコーダー五本だ。僕のリコーダーと合わせて演奏できる。昨日手に入れた琴もあるし、これで楽団が一気ににぎやかになると思わないかい」


 まさかわたしの存在に気付いているとは思わなかった。演奏の邪魔をしたら悪いと思い、少し離れたところにいたのだが。

 小さな罪悪感を上回ったのは好奇心だった。


「他にはどんな楽器があるんですか」

「和太鼓に木琴もある。もちろん王道のピアノやバイオリンも。音楽好きな者達の集まりでね、頻繁に集まっては小さなコンサートを開いているんだ。その為に今夜はレストランを借りているよ」

「それってさっき吹いていた曲も演奏するんですか?」

「そうだよ。気に入ったならぜひ来てよ。お客さんが多いとみんな喜ぶ。もちろん僕もね」

「行きます」


 わたしは今夜が楽しみで堪らなくなった。それから、本題を忘れてしまわない内に伝える。


「ライメイさんが持っている水晶に弟が映ったんです。誰かと一緒にいる素振りを見せていたので、隠された庭に取り残されてはいないみたいです」


 オボロは目を点にしてぱちくりと瞬きした。動物動画をこよなく愛するわたしは、それがシマリスのように見えて微笑ましかった。

 しばらくして我に返ったかのように、はっとした表情を見せた。


「それはとてつもなくすごいことだよ」


 いつになく神妙な面持ちだった。わたしは同じような顔を作って頷いた。

 水晶がいかに気まぐれかを、ライメイが延々と語っていたから分かる。その手は必死に地面を掻き分けて探し物をしていたが、口は止まらなかったので時折スミに叱られていた。

 ライメイの探し物を見つけてからみんなに知らせようと思っていたのだが、これだと時間がかかりそうだと思い、わたし一人でオボロを探しに来たというわけだ。


「知らせてくれてありがとう。コマチの弟が地底界ですでに誰かといるなら安心だ。他のコロニーとの交流が得意な奴らもいるし、探しやすくなるよ」


 オボロは懐から黒いホイッスルを取り出して口に咥えた。

 空気を切り裂くような鋭い音が響き渡る。


「仕事が終わった合図だよ」


 オボロの言葉通り、周囲に地底人がぞろぞろと集まってきた。その中にはもちろんスミとライメイがいた。

 二人のもとに向かったわたしは、ライメイが胸に抱えている小さな箱に目がいった。

 ライメイが得意げにその箱を掲げる。

 縁が金色に装飾された陶器の白い箱は、底に小さな猫足がついているアンティークのジュエリーケースだった。


「今日の探し物。可愛い置物だよね」

「それは入れ物だと思います。開くんじゃないかな」


 ライメイが勢いよくわたしの手にジュエリーケースを押し付けてきた。早く開けてと目が物語っている。わたしはつるりとしたそれを間違えて落としてしまわないように、慎重に手を動かす。目立たない下の方に豆粒ほどのひっかけ金具があった。


「ほら、開きました」


 ライメイに渡すと、恐る恐るといった様子でゆっくりと中を覗いた。

 中には箱いっぱいに指輪が収められていた。色取り取りの飴玉のような大きな宝石がたくさんある。

 横から見ていたスミがごくりと喉を鳴らした。


「こんなに小さな宝箱は初めてだ」 

「私はこれが気に入ったよ。きれいな色」


 そう言ってライメイが人差し指に嵌めたのは、エメラルドカットされた淡いピンク色の宝石だった。


「君のおかげだね。君が教えてくれなければ、私はただの小さくて可愛い箱を棚に飾っておくだけだった。ありがとう、この中から好きなものを選んでよ」

「遠慮します。これはライメイさんが拾ってきたものだし、わたしはそもそも宝石を身に着けることなんて無いから、すぐに失くしちゃいそう」

「私だって君と同じだよ。こんなにキラキラした小さなお宝は初めて。そんなに恐れる事なんてないんじゃないかな。私が気まぐれに君に押し付けたとでも思えばいいよ」


 それでも渋っているわたしを察したのはスミだった。わたしの代わりだと言わんばかりにジュエリーケースの中を覗き込み、顎に指を添えて吟味している。

 さんざん悩んで、小さな指輪を一つ摘まみ上げた。


「これにする」

「うん、とっても似合うと思うよ」


 スミはわたしの左手を取り、人差し指に指輪をはめた。ラウンドブリリアントカットされた大粒のダイヤモンドが指の上に鎮座した。


「感謝はもらっておけばいい。じゃないと感謝する側の気持ちの行き場が無くなってしまうだろ」


 スミの背中からひょっこり顔を出したライメイも激しく頷いている。わたしは蛍石の光を受けて輝く指輪を指先で撫でた。

 隠された庭を蹂躙するかのように、一陣の風がガラクタの上を滑って行く。

 オボロを先頭にした地底人の行列が、帰路を進むために動き出した。

 満足そうなライメイと、いつもの如く不愛想なスミの間に収まったわたしの顔は、嬉しさで口角がつり上がっていることだろう。

 脈絡なく、背中をつんと突かれた気がした。

 気になったわたしが振り返るよりも早く、いっしょに都司を探してくれた色気満載の女性が、わたしの耳元で囁いた。


「オボロ様が待っているから、前列に案内するわね」

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