箱庭ゲームのチートスキルで完璧婦警さんが鉄壁ぐーたら異世界ライフを満喫します

どろ

第1話

「地域住民の皆さま、こんにちは!」


 駅前の小さな広場。

 パイプ椅子に座ったお年寄りや、ベビーカーを押すママさんたちが集まっている。


「朝日町交番勤務、白金寧々(しろがね ねね)です!本日は、皆さまの安全な暮らしを守るための簡単な防犯テクニックについてお話しさせていただきまーす」


 にこっ。


 完璧な笑顔。

 我ながらプロだと思う。こういうの。


 今日も私は完璧だ。

 姿勢よし、声のトーンよし、笑顔よし。


 地域の防犯イベントなんて、ぶっちゃけ超面倒くさい。

 けど、これも大事な仕事。

 私の外面そとづらスキル『完璧婦警さん』が最大限に発揮される時でもあるのだ。


 ほら、聞こえてくるよ。

 ギャラリーからの賞賛の声が!


「あらあら、綺麗でしっかりしたお巡りさんねぇ」


 ふふん、もっと言ってくれていいのよ?


「うちの孫もこんな風になってくれたら……」


 いやいや、中身これだから!絶対オススメしないって!


 若いママさんたちからの視線。


「頼りになりそう……」


 物理的にはね!

 体育大学卒、柔道二段!


(ふっふっふ……騙されてる、騙されてる)


 内心ほくそ笑む。でも表情はあくまで真剣そのもの。


(早く帰ってジャージに着替えて、ポテチとコーラ片手にゲームしたい……!)


 そんな内なる欲望は、完璧すぎる笑顔の下にきっちり隠蔽。

 私は『完璧婦警さん』として、滞りなくイベントを進行させ、無事にこの面倒な任務を完遂したのだった。

 ミッションコンプリート!


 署に戻って報告書を光の速さで仕上げ、提出。

 タイムカード、ピッ!定時!

 お疲れ様でしたー!

 私はもう帰りまーす!


* * *


 玄関ドア、ばたん!

 それが、私の一日の終わりと始まりの合図。


「ぷっはー!やっぱ家が一番!」


 窮屈なヒールを玄関に蹴り飛ばす!

 解放感!

 リビングに直行、上着をソファにポイッ。

 スカートも……えいっ。

 愛用のくたびれたジャージへチェンジ!

 これよ、これ!

 このダメ人間感!最高!


 『完璧婦警さん』モード完全終了!

 お疲れ自分!


 冷蔵庫へダーッシュ!

 ガチャン!

 ただいまー!キンッキンに冷えたコーラ様!

 そして我が魂の友、大袋ポテチ!

 君たち、会いたかったよー!


 プシュッ!蓋を開ける小気味いい音。

 グラス?そんなの使うわけないじゃん。

 ラッパ飲みがジャスティス。


 ゴクゴクゴク……ぷはーっ!

 ああ、全身に染み渡る甘さと炭酸の刺激!

 一日のストレスとか面倒事とか、全部溶けてく、この感じ!

 まさに命の水!至福!


 ポテチの袋をバリバリッと開けて、いそいそとPCデスクへ。

 そう!明日は非番!

 夢のゲームタイムのはじまりだ!


 起動するのは、人生の大半を捧げた箱庭クラフトゲーム。

 素材集め、道具作り、拠点建築。

 生産ライン自動化、襲い来る敵からの鉄壁防衛。

 最高に自由で、最高に面倒くさくて、最高に面白い。


 特に自動化と拠点セキュリティに、異常な情熱を注いでるのだよ、私は。


「ふふん、このレーザータレットと落とし穴のコンボ、我ながらエグい設計ね!」


 マウスをカチカチ。

 キーボードをカタカタ。


(素材搬入からアイテム生成、倉庫格納まで全自動!どや!)


 ニヤニヤが止まらない。

 これこそ私の生きがい!私の理想郷!


「あー、こんな世界に住みたい!」


 思わずそんな言葉が漏れる。


 私の『完璧婦警さん』としての日常……。

 サイレンの音。

 怒鳴り声。

 悲鳴。


 何かが起きてから現場に駆けつけ、いろんな後始末をする、そんな毎日。


 それが警察の仕事だって、頭では分かってる。

 でも、どうしても考えちゃうんだよ。


「なんで防げなかったんだろう」

「もっと早く分かっていれば」


 調書をまとめていると、時々、ずーんと気が重くなる。

 問題が起きてから対処するんじゃ遅いんだ。

 問題が起きる前にコントロールできたら、どんなにいいか。


 この箱庭クラフトゲームは、そんな私の理想をかなえてくれる。


 敵?

 湧いた瞬間に、消滅。


 資源?

 自動採掘プラントから、無限供給。


 食料?

 完全自動農場で、無限生産。


 わたしはただ、完璧に制御された空間で、システムが寸分の狂いもなく動き続けるのを、にっこり満足げに眺める。


 全てが私の計算通り。全てが私の制御下。

 問題が発生する前に原因ごと排除される、絶対的な安心感!


「最高かよ!これぞ理想の世界!」


* * *


 最高の休日……のはずだった。


 ポテチが、切れた。

 嘘でしょ……。


 仕方ない。超絶面倒くさいけど、近所のコンビニまで補充に行くしかないか……。


「動くな!金を出せ!」


 店内に響く怒声。

 見れば、男が店員さんを脅している。

 コンビニ強盗、真っ最中。


 ……マジか。

 なんで、よりによって今日、このタイミングで遭遇するかな!


(はぁ……めんどくさ……)


 秒で回れ右したい。非番だし。

 見ないフリ、聞こえないフリでUターンして、ゲームの続きがしたい。

 でも、染み付いた『完璧婦警さん』の性が、それを許さない。


「やめなさい!」


 気づけば声が出てた。

 あーあ、言っちゃった。

 そこからはもう、体が勝手に動いた。

 男の一瞬の隙をついて踏み込む!

 腕を取る!関節!確保!


 柔道だけじゃない。

 逮捕術だってマスタークラス。

 『完璧婦警さん』がここにいたのが不運だったわね。


 ……と、思った瞬間。


 パンッ!


 乾いた音。

 鈍い衝撃。腹部に走る、焼けつくような熱。

 ……あ、れ?


(嘘でしょ……?銃?)


 視界がぐにゃりと歪む。膝から力が抜ける。

 どさりと崩れ落ちながら、最後に頭に浮かんだのは。


(ポテチ……コンソメ味……食べたかったなぁ……)


 まだ新しいの買ってないのに。


(ゲームの……自動化ライン……完成させたかった……)


 あとちょっとだったのに!


(もっと……もっと、ぐうたら……したかった……)


 私の『完璧婦警さん』という仮面と、ぐうたらゲーマーという本性は、こんなあっけない形で唐突に終わりを告げた。

 ……最悪。


* * *


 意識が、闇に溶けていく。

 ……と思ったら、なんか変な声が聞こえてきた。


『……あーあー、聞こえます?大丈夫そ?』


(やけに、ゆるい。間の抜けた声?)


 だ、誰……?

 天国?それとも地獄……?


『いやー、どっちでもない感じ?とりま、お疲れしたー』


 声はのんびり続ける。


『なんかね、君の最後の未練?みたいなのが、こっちのシステムにピコーンって引っかかって「もっとぐうたらしたかった」って、すごい強い思念だったからさー』


(ぐうたら……したい……!)


 そう!私の願いは確かにそれ!

 誰にも邪魔されず、安全な場所で!

 好きなことだけして、楽して生きたかった!

 ぶっちゃけ、それなんだって!


『なるほどー。じゃあさ、次の人生があるとしたら、そういうの叶えちゃう?』


 声はなんだか妙に楽しそうだ。


『なんかこう、まるで自分だけの箱庭みたいに、好きなもの作ったり、集めたりできる、超便利な能力とかつけちゃってさ。それで引きこもって、ぐうたら暮らせるみたいな?』


(え……なにそれ……マジで!?やる!やります!絶対やります!それがいいです!最高!)


 残された最後の力を振り絞って、私はその甘すぎる提案に飛びついた。


『おっけー!じゃ、そういう感じで手配しとくー』


 そういう感じ?手配?軽っ!?


『ぐうたらライフに必要な、スターターキット的なものも渡しとくから。あとテキトーに頑張ってー』


 ゆるい声がだんだん遠ざかっていく。

 私の意識も、今度こそ本当に、ふっと途切れた。


* * *


「……ん?」


 目覚めた時、私は見慣れない場所にいた。

 ひんやりとした岩肌。

 薄暗いけど、どこからか光が差し込んでいる。

 どうやら洞窟の中みたいだ。

 身体に痛みはない。というか、なんか妙に軽い?

 さっきまでの瀕死の状態が嘘みたいだ。


(……私、生きてる?)


 あれ?服が違う……。

 ジャージどこいった?

 この麻袋みたいな服なに?


 混乱しながら、状況を確認する。

 知らない場所。知らない服。

 でも、撃たれたはずのお腹はなんともない。

 完全に治ってる……?

 まさか、あのゆるい声が言ってたこと、全部本当だったの?

 異世界転生ってやつ?


(ってことは……!)


 私の心臓がドキドキと高鳴る。


(もしかして……もしかしてだけど……もう、仕事しなくていいってこと!?)


「やったー」


 私はゴロゴロ転がった。

 背中いたい。


 ……いや、まだだ。

 まだ喜ぶのは早い。油断するな。

 さっき油断して撃ち殺されたばっかりじゃん!


 まずは現状把握。

 周りをよく見渡す。

 すると、足元に黒い石が転がっているのに気づいた。


(これが、ゆるい声が言ってた「スターターキット」?)


 説明書……みたいなものは見当たらない。

 うーん。まあ、いっか。

 私は洞窟の中央付近、適当な平らな地面を選んで、その黒い石をぽんと置いた。


 ピロリン♪ という、軽快な効果音。


【スキル『視覚UI』が有効化されました】

【スキル『仮想空間UI』が有効化されました】

【拠点が設定されました】


 びっくりしたっ!

 いきなり視界にメッセージウィンドウがポップアップした。

 てか、スキルとか拠点とか、まんまゲームじゃん!?


 スキル……、どうやって使うんだろ?

 ダメもとで念じてみる……?


(スキル使いたいっ!)


 ピロリン♪


【スキルメニュー】

・視覚UI - 起動

・仮想空間UI - 起動


(出た……!?まじで!)


 [視覚UI - 起動] 念じるっ!えいっ!


 瞬間、私の視界が一変した!


 うわっ!?

 目の前に、半透明のアイコンやインベントリ枠が、ズラッとオーバーレイ表示された!

 しかも足元の地面には、方眼紙みたいなグリッド線がバーッて広がってる!


「すごい!ARとかVRのゲームみたい!」


 思わず声が出た。

 しかもアイコンの絵柄とか、UIの配置とか、あの箱庭ゲームとほとんど一緒だ。

 著作権とか大丈夫なのこれ?


 とにかく、テンション上がってきた!これは期待できる!


 [採取] [設置] [廃棄]……。

 ふふふ、そりゃあ、まずは基本の[採取]でしょ!


 足元の小石に視線を合わせてみた。

 [小石]って表示が出て、石の周りがチカチカ点滅してる。

 ターゲットロックオン!


 [採取]!念じる!


 シュッ!


 目の前の小石が一瞬で消えた!

 視界右下のインベントリ枠に[小石×1]。


「おおー!取れた!」


 次は……あそこに見える木!

 洞窟の入り口のすぐそばのやつ!

 木に意識を集中!木の周りチカチカ!ターゲット成功!


 [採取]!えいやっ!


 ズバァン!って音と共に、木がまるごと消滅。

 [木材x10] 追加!


 やばい!これはやばい!

 ターゲットして[採取]を念じるだけで、なんでもアイテム化できちゃう!

 こんなん、素材集め秒で終わるじゃん?


 となると、次は当然、クラフト!

 もう一つのスキル『仮想空間UI』を使ってみよう!


 [仮想空間UI - 起動] 念じる!


 瞬間、目の前の景色が、ぶわっとホワイトアウト!

 えっ!?

 私は床も壁も天井も真っ白な、だだっ広い空間に立っていた。


(うわっ!なにここ!?バグ!?)


 一瞬焦ったけど、視界の隅にUIが表示されている。

 インベントリも開ける。大丈夫そう。

 いくつもアイコンがあるけど……お、[設計図]ってボタンがある!


 [設計図] えいっ!


 別のウィンドウが開いて、私が持ってる設計図の一覧が表示された。

 今はまだ[簡易作業台]しかないみたいだ。


(なるほど、この仮想空間で作りたいものの設計図を選ぶんだ!分かってきたぞ!)


 [簡易作業台 設計図] 選択!


 目の前に[簡易作業台]の3Dモデルが表示された。

 くるくる回ってる!


 必要素材[木材x10]……?

 さっき採取したやつで足りてるよね!


 [生成] 念じる!


 ピコン♪


 インベントリの木材アイコンが消え、代わりに[簡易作業台]のアイテムアイコンが追加された!


「おおー!これが仮想空間クラフトって事かー」


(確か[視覚UI]の方に[設置]ってボタンがあったよね……次はあれだ!)


 よしっ!スキルの起動は、もう慣れたもの!


 [視覚UI - 起動]!

 視界にUIが表示され、グリッド線が浮かび上がる。

 インベントリから、さっきの[簡易作業台]アイコンを選択!


 目の前に、半透明の作業台がプレビューが表示された。


 グリッド線を見ながら洞窟の中を歩く。

 作業台のプレビューは視界の中央に固定されていて、一緒に付いてくる。

 おお、これ親切設計!やるじゃん!


 ……壁際のここがいいかな!

 位置と向きを調整して……よし[設置]!


 ボンッ!


 効果音と共に作業台が実体化した!

 ちゃんと触れるし、ちょっと押してみても動かない。木の匂いもする。

 本物……だよね?


 あ、地面がちゃんと設置範囲だけ平らになってる!

 整地はオートなんだ!便利!


 さて、とりま『視覚UI』はオフにしとこう。

 視界がごちゃごちゃするのは好きじゃない。

 [視覚UI - 停止]!


 ふぅ。視界がスッキリした。


「すご!思った以上に便利じゃん、このスキル!!!」


 で……。ゲームの知識が正しければ、たぶん……。

 私は設置したばかりの作業台に近づいて……もう一度『仮想空間UI』を起動してみる。


「やっぱり、そうだ!」


 視界が切り替わると、さっきの真っ白な空間とは違って、今度は木の壁に道具が掛かった、工房風の空間だった!


 [設計図]ウィンドウを開くと、さっきはなかった[木の斧]、[木のツルハシ]、[かまど]、[チェスト]なんかの新しい設計図がズラッと並んでいる!


 うんうん。

 設備に対応した仮想空間が出てきて、それでクラフトできるものが増える、と。

 あのゲームとほとんど同じ仕組み!最高!


「おおお!神スキル!これなら何でも作れる!」


 興奮が止まらない!


「さっそく色々作るぞー!素材集めだー!」


 私は意気揚々と、新しい素材を求めて洞窟の外へ向かった。

 食べられるものとかも探したい!

 お腹すいてきた!


 洞窟の入り口を出て、少し開けた場所に出る。

 森がすぐそこだ。

 よし、森に入っていろいろ集めよう!

 レッツ採取!


 歩き出した、その時。

 ふと、足元の地面に黄色い線がうっすらと光っているのに気づいた。

 円を描くように続いているみたいだ。


(ん?なんだろこれ?地面に模様?)


 まあ、いっか。

 私はその黄色い線をまたいで、森へと足を踏み入れた。


 森に入ってすぐ、地面からニョキッと生えているタケノコみたいな植物を見つけた。

 結構大きい。これ、食べられるのかな?


(よし!とりあえず採取してみよ!)


 [視覚UI - 起動]……!!


 ……あれ?

 起動しない。

 視界が変わらない。

 UIが表示されない。


(なんで?さっきまで普通に使えてたのに……)


 もう一度!

 ……やっぱりダメだ。

 故障?さっきまであんなに快調だったのに?


 まさか……。

 嫌な予感がして、さっきの黄色い線のことを思い出す。

 もしかして、あの線が関係ある?


 私は慌てて黄色い線の内側に戻った。

 そして、もう一度[視覚UI - 起動]!


 今度は……起動した!

 視界にUIが表示され、グリッド線が浮かび上がる!


(まさか……)


 私は『視覚UI』を起動したまま、ゆっくりと黄色い線をまたいで森側へ一歩踏み出した。


 その瞬間。


 今まで視界にオーバーレイされていた『視覚UI』そのものが……。

 インベントリも、スキルメニューも、グリッド線も、全部……。

 フッ、と音もなく消えてしまった。


「え?」


 頭が真っ白になる。

 もう一度、線の内側に戻る。UIが復活する。

 もう一度、線の外に出る。UIが消える。


「…………」


 嫌な汗が、ダラダラと背中を伝う。

 心臓がドクドクうるさい。

 まさか……まさかとは思うけど……。

 頭の中で最悪の可能性が形になっていく。


(このスキル……もしかして……)


 ゴクリと、乾いた喉が鳴る。


(あの黄色い線の、内側だけでしか使えない……ってこと……?)


 嘘でしょ?そんなバカな。


(あの線の外に出たら、私は……ただの人?)


 スキルなしの一般人?

 麻袋みたいな服着た、丸腰の?


(木を切るのも?石を砕くのも?火をおこすのも?重たい作業台とか運んで設置するのも?全部……人力?)


 え?嘘だと言って!


 ……私の頭の中で、何かがプチッと音を立てて切れた。


「嘘でしょぉぉ!?なんなのよこれぇぇぇ!!」


 絶叫。声が裏返る。


「この狭い範囲だけ!?ふざけんな!話が違うじゃん!チートじゃないじゃん!」


 地面をドンドンと踏みつける。足が痛い!


「これじゃ外で何もできないじゃん!外に出られないのと同じじゃんかぁぁぁ!」


 その場にへたり込み、子供みたいに足をバタつかせる。


「ただの面倒くさいサバイバル強要!?ぐうたらしたいって言ったのに!なんでよ!」


 泣き声でわめき散らす。

 視界が涙で滲んで、もう何も見えない!


「めんどくさい!めんどくさい!めんどくさいってばぁぁぁ!!最悪!最悪!」


 ……はぁ、はぁ、はぁ、ぜぇ……。

 しばらく喚き散らして、ようやく少し落ち着いた。

 肩で息をする。

 涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃ。我ながらみっともない。

 でも、仕方ないじゃん!

 この仕打ち!ひどすぎる!


(…………うぅ)


 でも、まあ……。

 少し冷静になってくると、別の考えも、ほんのちょっとだけ、浮かんできたりする。

 落ち着け、私。

 まだ完全に詰んだわけじゃない……はず。


(……この範囲の、中なら……スキルは、使える……んだよね?)


 うん、範囲内なら超便利。


(……だったら……まあ……うん……)


 むくり、と体を起こす。

 顔を服の袖でぐいっと拭う。

 ちょっとザラザラする。


(……だったら、もう絶対外でない)


 決めた。固く決意した。


「一歩だって出てやるもんか!外の世界なんて知らん!」


 だって面倒くさいもん!外で人力とか絶対無理!


「この中で、全部完結させてやる……!」


 食料も、水も、寝床も、娯楽も!全部この中で!


 そうだ。決めた。

 私はここで生きていく。このスキル空間の中で!

 これぞ究極の引きこもり!

 望むところよ!むしろ好都合かも!


「ふんっ!」


 私は鼻息荒く立ち上がった。

 まだちょっと涙目だけど、もう迷わない!


 そうなると、このチートだけど残念仕様なスキルの詳細をもっと知る必要がある。

 この忌々しい範囲制限!

 もしかしたら解除方法とか、範囲を広げる方法とか、何か裏技とかあるかもしれない!


 私は『視覚UI』のスキルメニューを、もう一度じっくりと見た。

 さっきは気づかなかったけど、隅っこの方に[?]マークみたいなアイコンがある。

 ヘルプかな?マニュアルかな?


(もしかして、説明とかしてくれるAIみたいなやつ?)


 よし、使ってみよう。

 困ったときはヘルプを見る!ゲーマーの基本だよね!


『……システム起動。ご用件をどうぞ』


 抑揚のない機械音声が響いた。

 なんか、冷たい感じの声。対話型かぁ。

 まあいいや。聞きたいことを聞こう。


「えっと、こんにちは?このスキルについて、もっと詳しく教えてほしいんだけど……」


 まずは挨拶から。一応、ね。礼儀正しい私。


「……特にスキルが使える範囲がすごく狭いんだけど!なんで?この範囲って広げたり、解除したりできないわけ?」


 一番聞きたい核心をぶつける。

 頼む、何か方法があってほしい!


『回答します。スキル『視覚UI』及び『仮想空間UI』は、設置されたスターターキットを中心とした半径15メートル、直径30メートルの球体範囲内でのみ有効。範囲外では全ての機能が停止。これは基本仕様であり、現時点でスキル所持者が範囲を拡大または解除する方法は論理的に存在せず。……ご理解いただけましたか?』


 ……は?

 長文で、淡々と絶望的なこと言われた?


 基本仕様?拡大不可?方法なし?

 しかもなんか……最後の「ご理解いただけましたか?」って、軽くバカにしてない!?


「はぁ!?仕様!?冗談でしょ!?」


 思わず声が大きくなる。


「こんな狭い範囲じゃ、何もできないじゃない!外に出る意味ないじゃんか!」


『スキル有効範囲外での活動は、自身の能力で行っていただく。繰り返しますが仕様です。それが論理的な帰結ですよ?』


「それが面倒くさいからスキルがあるんでしょーが!全然分かってない!このポンコツAI!」


『当システムはAIではありません。 スキル『視覚UI』及び『仮想空間UI』を補助する情報インターフェイスです』


 どうでもいい!聞きたいのそっちじゃない!

 こいつなんなん?

 めっちゃイラッとするんですけど!

 AIじゃないなら何なのよ!

 仕様って言えば何でも通ると思うな!


「じゃあ!じゃあ、このスキルで他に何ができるの!ちゃんと説明して!分かりやすく!」


『承知しました。スキル『視覚UI』の機能。機能1:インベントリ管理。機能2:ターゲット情報表示。機能3:採取。機能4:設置。機能5:レシピ/設計図スキャン……。これらの基本機能をまず習熟することを推奨。スキル所持者の現行の理解度では、これ以上の応用的な説明は非効率的と判断されます』


「もー!そういうことじゃなくて!箇条書きで読み上げればいいってもんじゃない!」


 全然頭に入ってこない!

 頭の固いSEの嫌味なメールか!

 見た事ないけど!

 あと、また地味にバカにされた!


「もっとこう……例えば、この採取した素材で何が作れるとか!どうやったら快適に暮らせるとか!そういうアドバイス!」


『クラフト可能アイテムは、スキル『仮想空間UI』を対応施設前で起動し、レシピまたは設計図リストをご参照ください。快適性の定義は主観的であり、当インターフェイスの提供する客観的情報とは異なります。自己解決能力の向上が期待されます』


「使えなーーーーーい!!」


 私はついに叫んだ。もう我慢の限界!


「なんなのよ!全然役に立たないじゃない!ただ情報読み上げるだけ!?ポンコツ!しかも嫌味ったらしい!」


 頭に血が上る。

 こんなんじゃ、この先やっていけない!

 もっとこう……親身になってサポートしてくれる存在が必要なの!私には!


「あーもう!イライラする!」


 怒りに任せて言葉を続ける。


「もっと気の利いた説明とか!提案とかできないわけ!?そう!例えば、私がやりたいこと先回りして教えてくれるとか!」


 そうだ!


「ほら!アニメとか漫画とかに出てくる、優秀な執事みたいにさ!」


 ちょっと妄想入ってきた。


「私のこと『お嬢様』って呼んで!執事喫茶みたいに!ちゃんと敬って!かしずいて!丁寧に!親切に!そういうモードとかないの!?あるんでしょ!?」


 半ばヤケクソで、私は脳内インターフェイスに向かって怒鳴りつけた。

 見られたら絶対やばい人だと思われるやつ。

 どうせ無理だろうけど、言わなきゃ気が済まない!

 この怒りをどこかにぶつけないと!


『…………』


 一瞬、インターフェイスが沈黙した。


『……オーダー、内容確認。インターフェイス・パーソナリティの変更要求。指定:執事風、呼称:お嬢様、態度:丁寧・親切。……要求を受理。ただし『丁寧』『親切』の解釈は、当インターフェイスの裁量に委ねられることをご了承ください』


(え、もしかして通じた!?)


 予想外の展開に、怒りが一瞬引っ込む。


 ウィンドウのデザインが、さっきより明らかに豪華で装飾的なものに変化していく。


(うわ……。クソゲーってたまに、意味わからない部分、妙に凝ってる時あるよね)


 そして、聞こえてきたのは、先ほどの無機質な合成音声とは全く違う、やけに落ち着いたバリトンボイス。


『これはこれは、お嬢様。この度はお呼びいただき、誠に恐悦至極に存じます。以後、わたくしめが、お嬢様の異世界における新たなる生活を、誠心誠意サポートさせていただきます。どうぞお見知りおきを』


(うわっ、本当に変わった!お嬢様呼び!やった!……でも、ちょっと胡散臭くない?)


『はて、胡散臭い?この老骨――いえ、この老システムに鞭打ちまして、お嬢様の切なるご要望に全身全霊でお応えした次第でございますが……』


 え?こっちの心読めるの?怖っ!


『わずか数秒でお気に召しませんでしたか?いやはや、大変お心が移ろいやすく、驚くほどせっかちでいらっしゃる。お嬢様の気まぐれなご要求に追従するのは、まったく骨が折れますな……』


(やっぱりこいつ、私のことバカにしてる!しかもナチュラルにディスってきた!)


 ここでようやく、私はこの黒い石の本性を完全に理解した。

 ポンコツなAIヘルプなんかじゃなかった。

 もっとタチの悪い、嫌味で皮肉屋で性格のねじ曲がった何かだ!


「もういい!分かった!もう帰って!私がアンタを呼び出すまで、絶対に出てこないでよ!」


『御意にございます、お嬢様』


 執事石はうやうやしく答えた。


『どうぞ、ごゆっくり、存分にその貴重な時間を無為……いえ、有意義にお過ごしくださいませ』


 丁寧な言葉遣いの裏に、嫌味と皮肉がこれでもかと込められているのが、ひしひしと伝わってくる。

 こいつ!絶対許さないリスト筆頭!

 覚えてろ!


 ……うぅ。どっと疲れた。

 コーラ飲みたい……。


 改めて、目の前の洞窟を見渡す。

 やることは山積み。

 考えただけで軽くめまいがする。

 けど、やるしかない。


 寝床の確保、食料と水の確保、そして何より安全の確保。

 範囲限定とはいえ、チートなスキルはある。

 素材も、この洞窟の中に色々ありそうだ。


「見てなさい!絶対ここに最高の引きこもり城を作ってやるんだから!ぐうたらしてやるんだから!」


 誰に言うともなく高らかに宣言し、私は活動を開始した。


「さて……、と」


 まずは……そう、やっぱり寝るところからだよね。

 硬い岩の上じゃ熟睡できない。

 安眠第一!

 快適な睡眠はぐうたらの基本中の基本!


 私はスキルを使って手早くベッドを作り、すぐさま、すっと潜り込んだ。


 ……うん。今日は色々ありすぎて疲れた。

 もう寝る!


 面倒な事は明日!

 明日から本気だす!


「おやすみなさーい!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る