第二章 魂を喰う者たち

 電車の窓から流れていく景色を、澪はぼんやりと見つめていた。


 初めて訪れる郊外の町。小高い山に囲まれ、人工物と自然がまだ拮抗しているような場所だった。進学や観光でも縁のなかったこの地に、今、自分は“魂の記録”を探すために向かっている。


 「本当に、ここにあるの……?」

 澪は小声で呟く。


 「うん。この町には、“記憶の残響”がある。君の魂が過去に転生していた土地だよ」

 そう答えたカインは、ノート端末の画面に視線を落としたまま言葉を続けた。

 「過去の記録を追うには、その土地の“魂の共鳴波”を感じ取るのが早い。場所によっては、記録の欠片――“レコードの結晶”が残っていることもある」


 澪は思い出す。あの金属片のような光――あれが、魂の断片。


 「あれを……集めるの?」


 「そう。君の魂に直接触れた出来事が、結晶として残ってることがある。それを辿ることで、“千の魂”全体の記憶がつながっていく」


 澪は小さくうなずいた。自分の人生が、今や過去と未来、現実と異世界をつなぐ糸のようになっている気がしていた。


     ***


 二人が訪れたのは、郊外の廃れた神社だった。


 山の斜面にぽつんと佇むその社は、苔むした鳥居と石段が時の流れを物語っていた。観光客も地元の参拝者もなく、ただ風の音だけが響いている。


 「この場所……来たことある気がする」

 澪は石段を登りながら、ぽつりとつぶやいた。


 「たぶん、“君の中の誰か”が来たことがあるんだ。千の転生のうちの、ひとつがね」


 拝殿に着くと、カインは背負っていた鞄から不思議な装置を取り出した。

 手のひらサイズの立方体。スイッチを入れると、淡い青い光が地面に投影された。


 「これは……」


 「“波紋レーダー”。魂の共鳴波がある場所を視覚化できる。記録が残っていれば、反応するはず……」


 その瞬間、澪の視界が“揺れた”。


 胸の奥で、何かが引っかかるような感覚。頭の奥にノイズが走り、言葉にならない囁きが聞こえてくる。


 「……聞こえる……なにか、声が……!」


 「下がって!」

 カインが澪の腕を引いた。


 地面の一部が、ぼこりと膨らむように歪んだかと思うと、そこから黒い影が這い出した。


 影は形を持たず、人のようで人でなく、ただの塊のようでいて、眼だけがぎらついている。


 「出たか……“レコードハンター”の使い魔だ」


 「なに……あれ……魂を、狙ってるの……?」


 「澪、君の記憶に触れようとしている。戦うしかない!」


 カインは手のひらをかざし、金属片のような記録の結晶を起動させた。青白い光が収束し、彼の腕に“光の刃”が現れる。


 「……逃げるだけじゃ、ダメなんだよね」

 澪は、胸元に下げていたペンダント――さっき受け取った“魂の鍵”に触れた。


 その瞬間、澪の周囲にも光が集まり、柔らかな金色の波動が彼女の身体を包んだ。


 「君の魂は、まだ記憶を取り戻し始めたばかり。でも……その記憶は、力になる」


 風が鳴る。影がうねる。過去が叫ぶ。

 澪の中に、遠い星で交わした誓いの言葉が浮かんだ。


 「何が来ても、私は忘れない。魂は生きてる。ずっと――ずっと、繋がってる」


 その言葉と共に、澪の内から放たれた光が、影の中心を貫いた。


 影は悲鳴のような音を上げ、やがて霧のように消えていった。


     ***


 静けさが戻る。


 倒れ込んだ澪を、カインが支えた。


 「……すごいよ、澪。あれは“記録の防衛反応”だ。君の魂が、自らを守ったんだ」


 「怖かった。でも、あの光……すごく懐かしかった。私の……中の“誰か”が、ああやって戦ってた気がするの」


 「それが、魂の記憶。これからもっと、強くなる」


 山の神社の空に、ひとつだけ星が瞬いていた。


 澪はそれを見上げながら、ふと思った。


 自分はどこから来て、どこへ行くのだろう。

 いくつの命を生き、いくつの別れを越えて、今ここにいるのだろう。

 けれど、答えは一つだけだった。


 「……私は、私の魂を、取り戻す」


 その決意が、新たな記録の扉を開く鍵になることを、澪はまだ知らなかった。

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