発電王
@kankanT
あなたの熱が、国を動かす。
かつて電気は、ただのインフラだった。
誰もが等しく手にし、スイッチひとつで使えるもの。
だが、エネルギー危機と気候崩壊が進んだ21世紀半ば、人類はある選択をした。
「発電を、すべて“個人の責任”にする」
火力、原子力、大規模水力――環境負荷の高い供給源はすべて廃止された。
かわりに導入されたのが、個人発電スコア制度だった。
風力、太陽光、自転車、筋力、地熱、そして体温。
人々は自分で電気を生み出し、それを通貨のようにして暮らした。
エネルギーを持つ者が“発電王”として尊敬され、逆にスコアが低い者は社会サービスを受けることも制限された。
貧乏は、つまり「発電力がないこと」を意味した。
アキラ・ニシナは、ランキング最下位のひとりだった。
東京から西に300キロ。過疎化した山間の小さな町。
彼は錆びついたプレハブ小屋にひとりで住み、電力供給センターから日々30Whの最低保障電気を受け取っていた。
スマートフォンを30分充電すれば、もう使えない。
照明も冷蔵庫も諦めた。
太陽光パネルを設置する金もなければ、風車を立てる土地もない。
筋力発電用の自転車は、半年前に盗まれた。
町の人間は笑って言った。
「息を止めろ。呼吸でも発電になる時代だ」
冗談ではなかった。今や市販の酸素マスクは、呼吸圧を利用して微細な発電を行う。
吐く息さえ、損失であってはならない。
しかしアキラには、ひとつだけ他人にない特性があった。
彼は「熱かった」。
異常体質だった。生まれつきの高体温、常に39度前後。
医者に診せても病気ではなく、ただの“個性”と言われた。
その熱を、彼自身はただの“不快な特質”としか思っていなかった。
ある日、名乗らず訪ねてきた男がいた。
黒い帽子とコート、古い電子タブレットを持ち歩く、痩せた男。
「君の身体を使わせてほしい」
そう言った。
怪しげな話だったが、彼のタブレットには見覚えのある名前が載っていた。
ラトー・J・カノン――かつて発電王ランキングの上位にいた人物。今は失踪したと報道されていた。
「君の熱は、無限の可能性を持っている」
「寝ているだけで町ひとつを照らすことができる。
アキラは躊躇した。が、生活の限界と好奇心がそれを上回った。
同意書に親指を押し、静かに“装置”に接続された。
背中には冷却チューブが通され、腕と脚に発電パッドが巻かれる。
身体中の熱が、金属と導体を通じて“電気”に変わっていく。
初日は、寝ているだけで87Whを出力した。
町の小学校の電力がそれでまかなえた。
二日目には、公共照明が戻った。
一週間後、アキラの小屋の外には行列ができていた。
子どもたちがスマホを持って並び、老人が湯沸かしポットを手にしていた。
誰もが、彼の“熱”を求めていた。
発電王ランキングは更新された。
「アキラ・ニシナ:512.4kWh」――爆発的な上昇。
そして、その数値は上がり続けた。
だが彼の目は、もうなかなか開かなくなっていた。
身体の中心部は安定して高温を維持していたが、末端は冷え始め、指先には感覚がなくなった。
脳波もやや不安定で、夢と現実の境界が曖昧だった。
夢の中で、彼は見知らぬ街を歩いていた。
そこには電気が不要で、太陽の光と風と水だけで人々が生きていた。
誰も彼に電源を求めてこなかった。
目覚めるたびに、夢の方が本物のような気がした。
技術者の一人が、カノンに報告した。
「出力が落ちています。夢を見すぎているせいでしょう」
「夢の抑制は?」
「やりすぎると脳機能が壊れます。
人格が崩れれば、熱は生きた熱じゃなくなる。
そうなると、ただの死体です」
「なら……」
カノンはつぶやいた。
「次の候補者を探せ」
その頃、政府は全住民に“体温登録”を義務づけていた。
教育機関では「体温が高いことは社会貢献」と教えられ、
高体温の子どもには奨励金が与えられた。
「熱くなれ。未来のために」
そのスローガンが、電柱の液晶広告に揺れていた。
数年後、アキラは完全に沈黙した。
だが、まだ生きていた。発電量は安定していた。
脳波は低下し、夢も見なくなった。
いわゆる“省エネ状態”。
彼の身体は、地下冷却炉に運ばれ、接続された。
“人間の姿をしたバッテリー”として。
表通りには銅像が建てられた。
「第一発電者 アキラ・ニシナ」
その台座にはこう刻まれている。
「あなたの熱が、国を動かす。」
公園の隅で、ひとりの少年がその像を見上げていた。
「ねえママ、この人、本当にいたの?」
母は少し笑ってから、ゆっくりとうなずいた。
「ええ。今もたぶん、どこかで……
眠ったまま、国を明るくしてくれているのよ」
少年は銅像の足元に近づき、台座に手を添えた。
冷たい石の感触。けれど、ほんのわずかに温もりがあった気がした。
そのとき、彼のスマートウォッチが“ピッ”と鳴った。
体温ログ更新:37.9℃
通知:発電素質あり。保護対象候補に登録します。
画面を見た母は、何も言わなかった。
ただ、その腕をそっと握り、静かに微笑んだ。
少年は、なぜだか少し寒気を感じた。
そしてその足元、地下深くに埋まった冷却炉が、
誰にも聞こえない音で、唸り続けていた。
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