第2話
愛と過ごす日々は、どこか夢のようだった。
魈は彼女を記録する。日常、何気ない笑い、涙――すべてをカメラに残す。だが、彼女の記憶は毎日少しずつ「消されて」いた。
「ねぇ、今日って……何曜日だっけ?」
そう聞く彼女の笑顔が、怖かった。
“存在してはいけない”とされた人間は、発覚後ただ処分されるのではない。政府は彼女の記憶と社会的なつながりを、ゆっくりと削除していく。それは、彼女自身の自我をも蝕むプロセスだった。
「記録、もっと早く始めればよかった……」
魈は、誰に向けるわけでもない言葉を吐き出す。
そんな中、彼女はふと、こんなことを言った。
「天野さん、誰かを本気で好きになったことある?」
「……あるかもしれない」
「私、その人と、もっとたくさん話したかったな」
彼女はもう、誰に恋をしていたかさえ、忘れかけていた。
魈の心の奥で何かが壊れる音がした。
⸻
愛の記録を残すことは、彼女の“死”を見届けることと同義だった。
そしてそれは、自分の心を少しずつ切り取る作業でもあった。
それでも彼女は笑う。
「ねぇ、最後に行きたい場所があるんだ」
それは、“空の丘”と呼ばれる場所。
人工空の制御が一番自然に近いと言われる展望台。
本物の空ではないが、愛は「そこが一番、本物みたい」と言った。
⸻
丘に着いた彼女は、微笑んで言う。
「私、この景色、覚えていたいな……。
でも、たぶん明日には忘れちゃうね。
だから――代わりに、覚えててくれる?」
魈はただ、無言で頷いた。
彼女の髪が風に揺れた。
そしてそれは、記録カメラの最後のフレームとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます