第6話 黄泉の日常って

 イザナミ食堂うらめしや、その店で立て続けに怒った爆発の片付けも終わろうとしていた。

 太郎は厨房の片隅で、黒いおやつの残骸を片付けながら大きく息を吐き出した。

「爆発するおやつはもう作らない……」

「動画撮っとけばよかった」女子高生幽霊が、綺麗になったカウンターでスマホを弄っている。

「次はもっとでかい爆発にしようよ!」楽しそうに跳ね回る子供幽霊に、太郎は乾いた笑い声を漏らした。

 イザナミは腕を組んで、いつもの厳しい目で太郎を見下ろしている。だが、その口元がいつもよりもほんの少し緩んでいるような気がした。

(笑ってる? ……俺が困ってるのを見て、愉しんでるのか?)

 太郎は、水浴びをした後の犬のように身体を震わせた。

「武者震いか?」老幽霊の言葉に、太郎は顔だけで返事をした。


 太郎は、料理の後片付けを終わらせて店の外に出た。

 相変わらずうっすら霧が立ちこめる中、イザナミ食堂うらしや、の看板を見上げて、ほぅ、と息を吐き出した。

 黄泉の国に突然やってきて、イザナミに誘われるまま――誘われるというよりは半ば脅迫され――、立て続けに3人の幽霊からのリクエスト料理を作った。

(あれで本当に良かったんだろうか)

 魂の声を聞け、と言われた。言われるがまま幽霊から話を聞いて、太郎は料理を作った。

 死んでからもなお、心の残っているものが、一番強い思いなのだともイザナミは言う。それを聞いて料理を作る。


 最初は老幽霊。家族への謝罪したいという思い。

 次は女子高生幽霊。家族や友達と会っておしゃべりしたいと願っていた。

 子供幽霊は、ただ遊びたかった。


 生きている間の強い思いは、生前の記憶がないので上手く表現できないが、もっと別のことだったような気がする。

 太郎はどんよりとした、朝とも昼とも夜とも言えない空を眺めながら考える。

 お金持ちになりたい、もてたい、仕事ができる尊敬されるような人になりたい。あるいは、何か特定の職業のプロフェッショナルを目指していたのかもしれない。

 けれど、幽霊が怖いという思いだけが残った自分。

(情けないにもほどがある)


 その時、店の引き戸が開いた。

「太郎殿、さきほどはご馳走様でした」

 老幽霊が、軽く頭を下げてお辞儀する。

「いやいやいやいや、ほぼ失敗でしたよね」

「……妥協点、ですかな」

 否定はしてくれないんだ、と太郎が思っていたら、それを汲み取ったように老幽霊も口角の片方だけを上げた。

「次があります」

「そ、そうですね、頑張れると……いいな」

 魂が腐ってなければ、次もあるはず。確認するように、胸に手を置いてみた。

 太郎のはっきりしない返事を聞き終えると、老幽霊が腰にぶらさげていた刀の柄に手を置いた。

「えっ!?」

 煮え切らない返事をしたおかげで、斬られるのかと思った太郎は後ずさりした。


「心配召されるな」

 老幽霊は、くつくつと喉の奥で笑った。笑いながら、抜き取った刀をゆっくり前に押し出した。よく見ると、刃物ではなく木でできた木刀だった。

「……なんだぁ。びっくりした」

「幽霊になっても身体を鍛練しておる」

 老幽霊は木刀を構えると、持ち上げてから、振り下げた。びゅんと風を切る音がする。


 次に引き戸から顔を覗かせたのは、女子高生幽霊だった。

「なんか音がするなぁって思ったら、またそれやってるんだ」

 パシャ、と写真を撮る音がした。

「おじいちゃん、格好いいよ!」

「むむっ」

 老幽霊は、緩みそうになる顔を必死に我慢して木刀の素振りを続けている。

「……意外と可愛い」

 太郎の小さな呟きに、女子高生幽霊も、でしょ? と微笑んだ。


「みなさん、ここで出会ったんですか?」

「うん。なんか知らないうちにこの店に居たの。そんで、居心地がよくてずっとそのまま」

 風はないが、彼女はピンク色の髪を整えるように撫でた。

「そういえば、なんだか時間の感覚がないような……」

「朝とか夜とかないよ」

「え?」

 言われてみれば、空にあるはずのアレがない。

「太陽がないから、時間がわからないのか」

「それにね、うちら、寝なくても平気なの」


 女子高生幽霊の話では、自由気ままに食堂で料理を食べ、寝たい時は眠り、意識が覚醒すればまたスマホを見たり、散歩したりしているのだそうだ。

「たまにお風呂が恋しくなるけど、なくても全然身体が汚くならないんだよね」

 黄泉の日常がなんとなく分かってきた。

 試験も学校もない、なんて歌にあったけれど、朝も夜もないのか。と太郎は納得する。


「お兄ちゃん! 遊ぼ!」

 ガラっと開いたドアから飛び出してきた子供幽霊に、タックルを食らわせられて、太郎は思わず尻餅をついた。

「ちょっと、もう、なに?」

「遊ぼ、遊ぼ! 鬼ごっこしよ」

「それはさっきやったよぉ。疲れたって言ったでしょ」

「まだ疲れてるの?」


 そういえば、と太郎はゆっくり腕を回した。

 いたずらが入っているおやつを作る前、店内で散々走り回ったわりに、疲労していない。いつの間にか回復している。

「さっきお兄ちゃんが作ってくれたおやつ食べて、元気になったよ」

 太郎の左足を軸に、ぐるぐる回る子供幽霊。子供なんてだいたいみんなこんな感じで、元気なんだろうとは思うが、嬉しいことを言われて太郎も元気になってくる。

「そっか……じゃあ遊ぼっか」

「うん」


 黄泉の国はまだまだ分からないことだらけだけど、生きやすくはなっている。

 太郎はそれを噛みしめながら、子供幽霊を追いかけた。

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