第3話 ちょっと、セバスチャン。あなた、わたくしのような慎ましいレディを野蛮な男に変える気なのかしら?

「魔王様、口調がまだ柔らかすぎます。“〜よ”ではなく、“〜である!”とおっしゃってください」


「……で、ある?」


「うむ、実に良い響きです! もっと腹から声を出して!」


「で、あるッッ!」


 玉座の間に轟く気合いの入った雄叫び。それを聞いた配下の魔族たちは感涙しながら拍手を送る。


「さすが魔王様! 威厳が違います!」


(いやいやいや……何が“威厳”よ、バカじゃないの!?私、元はただの女子高生なんだけど!?)


 紅雀は、"ゴルド・ペリドット"として漆黒の城の魔王の座に就いていた。だが、心の中では悲鳴を上げ続けている。


 慣れない低音ボイス、重たいマント、ゴツゴツした鎧。周囲は当然のように「魔王の威光は絶対」と崇めてくるが、本人は心底うんざりだった。


「魔王様、歩く時はもっと堂々と、胸を張って前を睨み据えるように」


「……こう?」


「その歩幅では狭すぎます! 男ならガツガツと!」


「もういい加減にしてよ……!」


 思わず漏れたその言葉に、周囲がピタリと静まり返った。しまった、とゴルド──いや、紅雀は口を押さえた。


「魔王様……今、口調が……」


「す、すまぬである。違う、えっと……もういい加減にするのであるッ!」


 なんとか誤魔化したものの、心の中のストレスは限界に近づいていた。


(誰よ“ゴルド・ペリドット”って!私の名前は白金紅雀よ!?女の子よ!?なーにが“魔王様”よ、こちとら可愛い制服着てJKやってたんだから!)


 感情が膨れ上がっていく。抑えようとしても、理不尽な状況にイライラが止まらない。


「では次に、魔王様の威圧の訓練を。兵士三百を前に、睨むだけで気絶させるのです。」


「するわけないでしょ!……あっ……!」


 どんがらがっしゃーん(昭和式崩壊音) BGM: 盆回り(ドリフの例の曲)


 爆風が城の広間を駆け抜け、赤絨毯がめくれ上がり、部下たちが吹き飛ばされていく。壁に突き刺さる者、天井から落ちてくる者、誰も彼もがススまみれで転がった。


「あ……あああ……やっちゃった……!」


 完全に魔力が暴発した。反省しなきゃ、怒られる、そう思っていると。


「す、すごい……!」


「なんという魔力の奔流……! これが我らが魔王様……!」


「この程度の暴走ならば、本望でございますッ!」


「魔王様バンザーイッ!」


 全員が拳を突き上げて歓声を上げた。頭の中に、何かが崩れ落ちる音がした。


(どんだけポジティブなのよあんたたち……もう嫌……)


 その日の夜、ゴルドは誰もいない玉座に一人座って、ふぅっとため息をついた。窓の外には、二つの月が浮かんでいる。


(プリン食べたい……フリフリパジャマ着て寝たい……スマホいじりたい……ニンダイ……)


 どれも叶わない。魔王ゴルド・ペリドットとして生きる以上、もはや紅雀だった頃の当たり前は手の届かない夢になっていた。


「せめて、コンビニ行ってアイス買えるくらいの異世界なら良かったのに……」


 そう呟いた彼──いや、彼女の背中は、どこまでも寂しげだった。

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