異世界転移先で伝説の勇者になったので、せっかくだからこの世界をエンジョイするぜ 〜魔王の正体は同じクラスの性悪マドンナだった模様〜

飯田沢うま男

第1章 天国と地獄

第1話 俺、ムキムキマッチョのイケメン勇者になりました。やったぜ。

 放課後の教室。もう夕日は差し込んでいない。最後のチャイムが鳴ってから既に1時間、生徒の大半はすでに帰宅し、教室には静寂が満ちている。だが、その空間の片隅で、誰にも気づかれずに机に突っ伏していたのは、下三流二したみ りゅうじ──通称“三下”だった。


「……やっべぇ、寝てた……」


 がばっと顔を上げると、うっすらと赤く染まった黒板が目に飛び込んできた。教室にはもう誰もいない……かと思ったが、一人だけ、窓際に座っている女子生徒がいた。


 白金紅雀しらかね くじゃく──学校一の美貌とスタイル、そして誰もが認める「性格最悪」のマドンナ。下手に話しかければメンタルイレイザーを放たれ、目線を合わせるだけでもプライドクラッシュさせられる危険人物だ。


(うわ……なんであいつが残ってんだよ……!)


 なるべく視線を合わせないように、流二はそっとカバンを取り上げて教室を出ようとした──その時だった。


「ちょっと、三下。あんた、私のバッグに触ったでしょ?」


「は?触ってねぇよ! なんで俺が!」


「ふ〜ん……まぁ、別にいいけど。どうせあんたなんて、誰にも相手にされないくせに、私のことチラチラ見てんの知ってるし」


 ズバズバと鋭利な言葉が突き刺さる。正直、慣れてる。それでも彼女の暴言は、一つ一つが地味に効く。


「……お前なあ。人を虫みたいに言うなよ……」


「虫ってより雑草?いや、空気か。いるのかいないのか分かんない感じ?」


 その瞬間だった。突然、教室全体が黄金色に光を放ち、天井に謎の魔法陣のような模様が現れた。


「えっ、何これ!?」


「光ってる!?いやいや、マジで待てって!」


 光は一瞬で流二と紅雀を包み込んだ。視界が白く塗りつぶされ、耳鳴りのような音が頭に響いた──そして次の瞬間、世界は、変わった。




「……おぉ……なんだこれ……」


 下三流二は、草原に立っていた。広がる空、風になびく草、そして遠くに見える中世ファンタジーのような城塞都市。


 彼は自分の手を見下ろす。しかし、そこにあるのは見慣れた手ではなかった。筋肉が増しており、何より服装が明らかに異常だった。真紅のマントに白銀の鎧、腰には巨大な剣。


「……え? なんか、すげぇ強そうじゃね?」


 彼の頭の中に、どこか機械的な声が響く。


《ようこそ、異世界へ。あなたは選ばれし勇者・ニトロ・ダイナマイトです》


「ニトロ・ダイナマイト!?」


 思わず叫ぶ。センスゼロのネーミングにツッコミたくなったが、それ以上に目の前の現実の方がヤバい。


「ちょ、マジで……勇者?いやいやいや、俺、陰キャだぞ!?どうなってんだよこれ!」




 その一方で、漆黒の城の玉座に座っていたのは、もう一人の転移者──白金紅雀だった。


 だが、鏡に映る彼女の姿は、明らかに"彼女"ではなかった。長身の男性、魔族のような角、深緑の瞳。そして、異様な威圧感を放つ黒金のローブ。


「……え、ちょ、何コレ……私、男になってんじゃん!?」


《歓迎します、魔王ゴルド・ペリドット様。あなたの帰還を、我らは百年待ち望んでおりました》


「魔王!?はぁ!?なんで私が魔王になってんのよ!ふざけんじゃないわよ、このバカ共!」


 だが、ゴルドの存在感は本物だった。城の者たちは跪き、忠誠を誓い、彼の命令を待っていた。


(マジで意味不明なんだけど……でも、面白くなってきたかも)


 紅雀──否、ゴルド・ペリドットは不敵に笑う。


 こうして、世界を揺るがす「勇者ニトロ・ダイナマイト」と「魔王ゴルド・ペリドット」の物語が、静かに幕を開けたのだった──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る