第3話 思いもよらない話

 鍋は思ったより大きく重かった。当然、私には運ぶことが出来ずお父さんとお兄ちゃんが仕事終わりに運んでくれることになった。


「こんなデカい鍋でなんの料理を作るんだい?」


 鍛冶屋の親父さんが当然の疑問を投げかけてくる。


「いえ……これは……料理用じゃないんです」


「そうだよな。鍋の下の方に穴まで開けるように依頼されたからさ。じゃあ一体……?」


 お風呂という概念がないこの世界でなんと説明したらいいものか分からないでいた。困っているとお母さんが助けてくれた。


「何か家族にプレゼントを考えてくれているみたいなんです。何が出来るのか私たちも分からないんですけどね。楽しみにしてるんです」


「そうだったんですかい。そりゃ言えるわけないか。あはは。それじゃ、またよろしくお願いします」


「はい、ありがとうございます」


 ありがとう、お母さん。助かったよ。


「本当に楽しみだわ!どうやって疲れをとるのかしら」


「今日の夜に試してみよう!」


 お父さんたちが帰ってきて、大鍋を炉の上に設置してくれた。


「うーん。これでどうやって疲れが無くなるのか、全く分からん!」


「これで水をいっぱいため……るの」


 今日までに少しづつ貯めてきた水を鍋の中に入れていく。


 炉の中で薪を燃やしている間に夕食を食べた。


「そろそろかな」


 浴室を開けると中から湯気が出てきた。気になっていたのは私だけではなかった。家族総出で浴室の中を覗き込む。


「おーあったかい」


「木のいい匂いがしますね」


「ホントだな」


 私は、薪の燃え方が落ち着いているのと、湯加減を確認した。


「大丈夫そう」


「それでどうしたらいいんだ?」


「服を全部脱いで、裸でこの中に入るんだよ」


 え?と、みんな本当にそんなことするの?という顔で私を見てくる。


「ううーん、ユノがそういうなら。まず父さんが入ろう!」


「鉄の部分はヤケドしちゃうから触らないでね。木の板に乗って、背中は木の板があるところに付けてね」


 私の言う通りにお父さんは大鍋の湯船に入ってくれた。


「お、おお、おーーーーーー」


「ど、どうかな……?」


 私は、ドキドキしながらお父さんの返事を待った。


「なんだこれは……すごい気持ちいい〜」


「ホントに!?良かったー!」


 両手を上げて喜んだ。気持ち良くなっているってことは、疲れが溶け出しているってことだもんね!


「うーん!あっつぅ!」


 手足を伸ばした時に鉄部分に触れてしまったようだった。


「あ、気を付けてって言ったのに」


「いやぁ、気持ち良くて、つい体を伸ばしちゃったよ」


 お父さんは目を瞑ったまま本当に気持ち良さそうに湯に浸かっていた。


「ずっと入っていたい」


「長湯はだめなんだ。入りすぎちゃうと逆に体に悪いから……」


 なぜだろう。それを言わずにはいられなかった。どうして?長く入っていてはいけないんだっけ?分からないけど、ダメだと直感した。


 お父さんで入り方が分かったみんなは、それぞれ個別に入ることになった。私はお母さんと一緒だったけど。


 全員入り終わって、家族の団欒が始まった。


「なんかいつもよりぐっすり寝れそうな感じだよ」


「気持ちよかったですねぇ」


「ユノは天才だな。明日からも元気で働けそうだよ!」


 喜んでもらえたからだろうか、それとも、家族の役に少しでも立てたからだろうか。

 ポロポロと、私は泣き出していた。


「おいユノどうした!なんで泣いてるんだ」


 お兄ちゃんが不安そうにオロオロして、お父さんとお母さんは静かに微笑んでいた。


「良かった……」


 そう言うと、みんなは「ありがとうユノ」と一言言ってくれた。水の入れ替えが大変なことと、薪が必要になるため、週1回ペースで入ることになった。


「日本で入ってた時みたいな、快適なお風呂じゃないけど、やっぱりお風呂は気持ちいいなぁ」


 我が家では「お風呂」という言葉が浸透していた。


 ある日、鍛冶屋の親父さんが様子を見にきた。


「こんにちわ」


「あら、どうされたんです?」


「いやぁ、この前の大鍋の使い道がどうしても気になっちゃって、教えてもらえませんかね……?」


「それならユノから聞くといいですよ。何せ発案者はユノですから」


 お母さんに呼ばれ、鍛冶屋の親父さんにお風呂の説明をしてほしいと頼まれた。


「——で、熱いお湯に体を浸すと疲れがとれるというわけです」


「これで疲れが?沸かしたお湯に入るだけで?」


「はい」


 そりゃ信じられないよね……うちの家族ですらこれで?って感じだったしね。


「ただいま。あれ?鍛冶屋の。どうした?何かあったのか?」


「あ、いやいや、大鍋がどうなっているのか気になってさ」


「あー、手伝ってくれるなら今晩入ってみるか?いいかなユノ?」


「私は全然大丈夫だよ」


「手伝う?何を」


「水を汲んでこないと」


 私たち家族と親父さんで水を汲んでは鍋に注ぐを繰り返した。


「さ、沸いたな」


「どうしたらいいんだ?」


 私は入り方を親父さんに教え、親父さんを残し浴室から出た。


「おおおおおおおおお」


 浴室から親父さんの声が漏れ出してきた。気に入ってもらえただろうか。お風呂から上がってきた親父さんを交えて話をした。


「いやぁ、半信半疑だったけど、風呂に入ってすぐ実感したよ。あれは気持ちいいもんだ」


「喜んでもらえて良かったです」


「うちの子は天才だろ?可愛いし」


「本当に天才だな。びっくりしたよ」


「可愛いしな?」


「これは商売になるんじゃないか?」


「可愛いしな?」


「わかったよ。天才で可愛いよ。あんたの娘さんは」


 うんうん。と納得したように頷くしつこい父であった。ん?商売……?


「俺と協力して、このお風呂で商売しないか?」


 前世とは違う形で、お風呂で仕事が見つかるなんて思いもしなかった。

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