婚約破棄された魔法使いの逆玉の輿、👑戴冠までの前日譚〜家族のためにできることをしようとしただけなんですが?〜

ちさここはる

序章:非モテ魔法使いがパパになる日

第1話 なんて日だ!

 数秒前の話だ。こういう状況は、すでによくあることになっているのだろうな。


「魔法使いペラド。貴方とは婚約破棄をいたしますわ」


 彼女はギャラッビッツ王国、第一王女ピトップ殿。金色の長い髪を持つ十九歳で、私より二歳上の婚約者


 細い指先で髪の毛先をくるくるさせ、吊り上がった藍色の瞳で私を睨みつけている。

 そして、口端が大きく吊り上がった。


「ピトップ、殿……」

 

 彼女の部屋で跪いて見上げる。彼女からにこやかに言い放たれた言葉は衝撃的である。


「ぃ、いま、なんと?」


 口から情けない声が漏れ出てしまう。

 

「言葉のまま。貴方とは婚約破棄でしてよ♡」


 美しくキラキラと明かりで光る赤いドレスが、白い柔そうな肌と豊満な胸をはだけ見せつけている。

 椅子に座り上がる裾から見える足が組み変わり、ブラブラとハイヒールもカパカパ動かす。


「なぜですか、……いったい、どうして」


 彼女の瞳に映し出される私は、紫色のおかっぱ頭。前髪がぱっつんの魔法使い。職業特有の真っ黒いロングコート姿で跪き、真っ青な顔で涙目だ。誰が見ても滑稽でしょうな。


「いいえぇ。貴方は婚約者であるアタクシに、よく尽くしてくれましてよ」

「っで、ではっ!」

「ペラド。魔王を倒してくれたことは感謝しますが、……もう、貴方なんか要らないの♡」


 キレイな顔が軽蔑の眼差しで口端を吊り上げる。

 そして、極めつけとなる痛恨の一撃を放つ。


「二度と王国アタクシに近寄らないで下さる? 誰かっ! この醜男ブサメンをつまみ出してっ!」


「っは!」


 彼女の声に2人の兵が室内に入って来た。

 私の両腕の二の腕を手加減なく掴まれ、ピトップ殿の部屋から引きずられるように連れ出された。


 バイバイと手を左右に振っている姿が瞳に映し出される。もう二度と貴女に会うこともないだろうな。


 以前にも同じ経験があったが、それはペラドの記憶ではない。

 


(どうして訳あり種族に異世界転生をしたのだァ!)

 


 私にはがあった。

 

 日本人の平守タイラマモル28歳、無職の引きこもりの男。

 タイラが死亡した直後、女神(と名乗った女性)から『異世界転生、行っちゃうぅ~~?』と声を掛けられた。

 

 そこでタイラの奴が『なんでも出来るツエー系のチート魔法使いがいい! あとはオール平均で、そこそこ幸せに人生を送らせて欲しいっ!』と言い切り、女神も『おっけぇ~~』と手を叩くと意識が真っ白となった。


 次に目を醒ますと、私たちは寝ていたのだ。


「?」

 

 意識の中、両親の記憶が私に溢れた。

 母親は蛇族で、父親は魔法使いの老いた人間。

 私には同じ卵で孵化した双子がいた。姉のペペラ。彼女は蛇眷属で、上半身が人間の女性、下半身が蛇である。

 

 対しては、蛇の肌で魔力が高いだけの――人間の男。


 すぐさま、異世界転生したのだと理解する。

 身動きが出来るようになってからは、喜々と魔力の業と腕を磨いだ。父上の書斎にある魔術書を読み耽ったことで、自身のものにしていくことに成功した。


 私は話題となり、ギャラッビッツ王国のゼブ王に雇われる。未来はバラ色で幸せだった。それが、木っ端微塵とあえなく散ってしまい現実の辛さを思い出す。


 

(平和になんかっ、するんじゃなかったぁあ~~ぅおぉおンんん!)

 


 私は、城の門からゴミのように投げ捨てられた。


「二度と門をくぐるなよな! 魔法使いっ!」


「悪魔の分際でっ!」


 道端から起き上がる気力もなくなる。

 城の門が閉められた。


 ぐぐぐ、と地面の上にあった手を硬く握る。悔しさに小刻みに揺れたが立ち上がる。根無し草になった私は、唯一のよりどころを口にする。

 

 いよいよどうしょうもなくなったというときに使う最終手段。使うのなら今しかあるまい。


「……姉上の家に居候させてもらおう。はぁ」


 私は肩を落としたまま、箒を出し跨って浮き上がろうとしたときだ。どこからともなく呼び止める声が聞こえた。


「魔法使いペラド様っ! お! お待ちになってくださいましっ!」


 ひゅん、と箒を浮かばせ、声がする方に動かした。

 そこには厨房の制服、頭に白い頭巾を被る中肉中背の年老いた彼女が大きく息継ぎをしている。


 その腕には何かを大事そうに布を抱えていた。


「? む。我輩に何かご用でしょうかな?」


「っこ、これなんです! ここ、この卵!」


 ずい、と前に差し出された【卵】と言われた大きな丸いものに顔を寄せる。垂れた藍色の瞳に映し出される卵の中身に――言葉が出ない。


(ふむ、これは、大変希少な竜の卵ではないか。中身もだが、殻も重要な研究の材料となり得る代物。実に、……なんて日なのだ!)

 

 無言で見てしまったからか、彼女も表情が強張らせ「鳥の卵じゃないでしょ? ……あたしの手にゃあ負えんもんだ」と卵を持つ手が大きく小刻みに揺れていた。


「先月、庭に落ちてて、その、喰おうとしたが殻も割れんし。もらえんだろうかね」


 私は卵を掴んで消して見せた。

 

「このことなど、貴女も忘れた方がいいでしょうな」


 杖を出し彼女の額に向けて、今、この瞬間の記憶を消した。彼女は竜の卵のことを、ずっと忘れられないと思ったからである。


「あ」

「どうかされましたかな?」

「うわぁ!」

 

 彼女は目をぱちくりとさせた。


「え? っきゃあァ!」


 私を見て、ひと際高い声で叫ぶと走って行った。

 背中を見送る我輩も、宙に向かい誓いを立てる。

 

「……はぁあ~~もう一生独身上等なのだっ! 子どもなどいらぁああアンんンん!」


 私は移動魔法陣を宙に開いて中に入り、人間の世界に失恋の痛みを帯びたまま別れを告げた。

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