第30話 近い  天sideあり




  


 私は松田の運転する車に乗りながら苛立ちを隠せずに、太ももを指先で叩いていた。

 松田から連絡があって今日は急用ができてしまった。いつもの相楽くんとご飯を食べる予定があるというのに一体なんなの。


 

「さっきからぐるぐる回ってるようだけど、どこに向かってるの?」


「ええっと、それはそのあれっすよあれ! 流行りのマリトッツォをお嬢と食べたくてですねえ……」


「マリトッツォっていつの流行りよ。あんた変なこと企んでないでしょうね?」


「そ、そんなことないっすよ!」

 

 ぴゅーぴゅーと下手くそな口笛を吹く。

 やっぱり松田は嘘が下手だ。


「帰る」


「ちょっとお嬢?! 俺がオヤジにどやされますって!」


「あ?」

 

「わかりました!」

 

 オヤジという名前を出されて胸騒ぎがした私は、松田を問い詰めると、正直に話してくれた。

 なんでもお爺ちゃんが相楽さがらくんと二人きりで話したいことがあるらしく、その間私を遠ざけるためだったようだ。

 家について大広間に向かう途中で岩橋に止められる。


 

「松田てめえしくじりやがったな。お嬢、待ってくだせえ」


「相楽くんが来ているんでしょ! どいて!」


「悪いようにはしていやせん。今いいところなんです」


 

 いいところ?

 襖の隙間から覗くとお爺ちゃんと相楽くんが向かい合って話していた。

 相楽くんが怯えてるんじゃ……!

  


「なるほどな。てめえの言いてえことは分かった。しかしだな、俺ぁこの麗鷲の代紋だいもんに誓って、両親のいない天を幸せにしなくちゃならねえ。中途半端な覚悟で近付いてもらっちゃあ困るんだ」



 

 お爺ちゃんが睨みを効かせる。

 相楽くんは視線を逸らすことなく、正面から相対していた。


 

「てんちゃんはその綺麗でかっこいい見た目からちょっと誤解されそうになるところもあるけれど、本当は可愛いものが好きで、普段はクールなのに推しについては楽しく語る、それでいて人一倍優しい女の子なんです。俺はそんな彼女から、離れるつもりありません」


 

 私のことを語る相楽くんのその瞳は、まるでぬいについて楽しそうに語る時の、私が好きな彼の瞳に似ていた。

 他の組長クラスの人すら恐れるお爺ちゃんの前で、啖呵を切る相楽くんとてもかっこいい!!


「ふえぇ……」


 そして私は全身が弛緩して、へたり込んで動けなくなる。

 綺麗……。優しい……。離れるつもりはない……。

 頭の中で相楽くんの言葉が繰り返し駆け巡る。

 

「えへ、へへへ」


「ね、言ったでしょう」


 岩橋がなにか言ってるようだけど耳に入ってこなかった。

 私の意識が戻ったのは、相楽くんが私とお爺ちゃんが似てるなんて聞き捨てならないことを言った時だった。

 


 それから私は相楽くんの腕を引いて大広間を出て、相楽くんの家、いいえ、私たちの家へと帰っていく。


 

 恐い想いをしただろう相楽くんを一刻も早く落ち着かせたかった。

 お爺ちゃんに代わりにひとしきり謝ったあと、今日は腕によりをかけて晩御飯を作った。


 

 それにしても相楽くん、うちのお爺ちゃんまで認めさせるなんて、咲茉ちゃんも天ねえって慕ってくれるし、これは両家公認ってことでいいのかしら?



 



 

 次の日の朝、俺はアラームで目が覚めて学校へ行く支度を始める。

 朝シャワーを浴び、制服を着て、トーストを焼いてジャムを塗って口に運ぶ。


 

 これまで朝ごはんを摂らないことの方が多かったので、簡易ではあるものの自分で調理をして食べているのはかなりの進歩だ。

 これも麗鷲うるわしさんに心配をかけまいとするおかげか、と俺の隣にある麗鷲さんが使うクッションを見ながら思う。

 


 昨日、一哲さんが麗鷲さんが咲茉にお世話になったと言っていたことを麗鷲さん本人に聞くと、実はコラボカフェに着ていた服装は咲茉と一緒に選んだものだったらしい。

 ひとりで選ぶのはまだまだ勇気がいるけど同性の友達がいない麗鷲さん、その身近な同性の子かつ流行に敏感な咲茉に白羽の矢がたった訳だ。


 

 咲茉め。あの日俺と出かけているときに含みのある笑いをときどき見せていると思ってたんだよな。

 午前は俺で、午後は麗鷲さんと会ってそれぞれのコーディネートに付き合う予定があったからか。そりゃ楽しいはずだ。


 

 

 食べ終えた皿を流しへと運び、鞄を持って家を出ようと玄関に行くとドアがノックされる。

 開けると制服姿の麗鷲さんがいた。朝日に照らされた銀髪が今日も美しい。切れ長の瞳が俺を優しく見つめている。


 

「おはよう相楽くん、一緒に行こ?」


「おはようてんちゃん。迎えに来てくれるなんて珍しいね」


 

 出かける予定の時は迎えに来てくれるけれど、学校がある日は別々だった。

 こんな美人が朝迎えに来てくれるなんて、嬉しすぎるだろ。

 

「今日からは一緒に行きたくて」 


 今日からってことは今日だけじゃなくて、つまりこれから毎日?


 女の子と登校なんて、これまで俺の人生には考えられなかった。

 それに超美味しいお弁当まで作ってくれているんだぞ。どう転べばこんな幸福なことになるんだ。


 

 通学路で、隣を歩く麗鷲さんのいつもと違う点に気づく。


 

「てんちゃん今日はばにらちゃんを連れて来てるの?」


 

 麗鷲さんの通学バッグには、おでかけポーチに入れられたばにらちゃんが下げられていた。


 

「うん、好きなものとはずっと一緒にいたいから。これからは自分の好きを出していこうって思ったの。そのおかげで相楽くんと出会えたわけだから」


 

 こっちを見てふっと柔らかく微笑む麗鷲さんに、顔が熱くなる。


 

 あの日、麗鷲さんのぬいのばにらちゃんを拾って、腕を縫ったことで今の関係がある。

 それは俺が好きなものをやめないで続けてきたおかげなんだ。


 

 俺もこれからは自分の好きをもっと出していこう。

 趣味で続けていたぬい製作も、販売を開始して、いつか仕事にできたらなんて今では思っている。



 

 麗鷲さんがぴとっと俺の体に肩を寄せる。

 絹のような銀髪からは甘い匂いがして、体温まで感じられそうなゼロ距離。


 

 どうしたものだろうと、少し離れるけど、その広がった距離を麗鷲さんは無言で詰めてくる。

 そのやりとりを繰り返すうちに、もう片方の肩が壁に擦れそうになるほどに追いやられる。


 

「ちょっと、てんちゃん? 近くないかな?」


 

 俺がそういうと麗鷲さんは腕をぎゅっと組む。

 ん?! 色々と柔らかいところが当たってるんだけど?!



 くぅ、朝からドキドキする。心臓に悪い。


 

「相楽くん、離れるつもりないんじゃなかったの?」


「あ、その台詞……! てんちゃん聞いてたんだ?」


 

 一哲さんとのやりとり、どこからどこまで聞かれてたんだろう。

 めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。


 

 蠱惑的な笑みを浮かべる麗鷲さんに、俺の鼓動は一層早鐘を打つ。

 俺の人生がこうなったきっかけは、そう……。


 

「相楽くんは私から離れないって言ってたけど、私は相楽くんを離さないから覚悟しててね」


 

 迷子のぬいを助けたら極道一家のお嬢とお近づきになりました。



 

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迷子のぬいを助けたら極道一家のお嬢とお近づきになりました 浜辺ばとる @playa_batalla

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