第21話 よしよししちゃう 天side



  

 その日の朝、私は台所で絶望した。


 

『てんちゃんごめん、今日は俺の分のお弁当作らなくて大丈夫』

『朝になって言うの遅かったよね。もし作っていたらほんとごめん』


 

 料理を作り終えた時、相楽さがらくんから今日はお弁当が必要ないとの連絡がきたからだ。


 

 美味しくなかった? どこかで分量や調理工程を間違えた?

 いつも通り料理をしていたのに……。


 

 はっ、と私は気づく。


 

 いつも通りというのは、進歩していないということ。

 私の慢心を彼に見破られたというの?

 これはきっと彼からの試練。なにが気に入らなかったのか彼から聞き出さないと。

 


「お嬢、おはようございます〜。今日も美味しそうっすね。こんな美味そうなの食べられる相楽さんが羨ましいっすよ」


 

 台所に入ってきた松田は今日も楽し気だ。

 持ち前の明るさにはいつも助けられる。


 

「松田、今日はそのお弁当食べていい」


「んえ?! マジっすか?! お嬢、あざすっす〜!」


 

 いやあ、お昼まで待てないから一口食べちゃおうかな、なんていってる松田を横目に、私は制服の上に着ているエプロンを脱いで台所を後にした。



 私は登校して、教室の窓辺に立っていた。

 学校についてから日課がある。そろそろだ。

 

 来た。


 相楽くんが校門をくぐって歩いている。

 彼より早く来てそれを眺めることが日課だ。


 

 本当は一緒に登校したいけど、どうしても私が人目を集めてしまうので相楽くんに迷惑をかけてしまうから自重している。



 

 それにこうして遠くから眺めるのって、なんだか気分がいい。

 あ、相楽くんつまづいた。大丈夫かな?


 

 彼は恥ずかしそうにきょろきょろと左右をみる。

 誰にもみられていないようでホッとしているようだった。かわいいなあ。

 まさか、私に上からみられているとは知らずに。



 今日は彼に直接聞きたいことがあった。

 どうしてお弁当がいらないのか、ということだ。

 


 教室に着いて席に座った彼に、私はたまらず訊く。


 

「……この前の私のお弁当、美味しくなかった? 味付けが気に食わなかった? もしそうなら変えるから教えて」

 

「違う違う、麗鷲うるわしさんのお弁当はいつも美味しいよ」


 

 彼の口から出てくるその言葉はいつ聞いても嬉しい。

 しかし、同時に疑問が残る。


 

「ならどうして」

 

「それは、ごほっごほっ」


 

 理由を話そうとして、咳き込んだ姿をみて理解する。

 それは、私にうつしたくないという彼の優しさからだということに。

 


 昨日、洗濯物を干した後に相楽くんは窓を閉め忘れていたんだ。

 空気の入れ替えや、部屋の中が暑いのかな、と思っていたけれどこんなことになるなら連絡すればよかった。



 制服の袖に咳をする彼に、私はマスクを差し出した。

 最近発売した、ばにらちゃんデザインのマスク。


 

 相楽くんがそれをつけると、ファンシーで可愛くなっちゃった。

 相楽くんの瞳は、咲茉えまちゃんに似て猫目でくりっとしててかわいいところがある。

 咲茉ちゃんに似てるというと相楽くんは喜ばないだろうけど。



 

「それにしても随分とかわいいマスクをつけてるんだな、ははは」


「ほんとだ、かわいい……ひぃ、マスクがねマスクが」


 

 前の女の子が相楽くんをかわいいなんて言ってたから、相楽くんの良さを知ってるのは私だけなのに……と思って睨んだら、どうやらマスクだったらしい。

 勘違いで怖がらせてしまったかな。



 今日のお昼休みは相楽くんの要望通り、別々でご飯を食べることになった。

 相楽くんは食欲がないらしくて、ずっと机に突っ伏していた。

 

 体育館裏で一人で食べる昼食は味気なくて、やっぱりお弁当が美味しくなかったのかなって不安になった。

 

 

 ◇



 次の日。登校して窓辺で相楽くんが歩いてくるのを待って眺めていても、いつまで経っても彼は来ない。

 今日もまたお弁当がいらないといっていたけど、体調が悪化してないだろうか心配だ。


 

 ホームルームが始まり先生からの『相楽は本日体調不良で休みだ』の言葉を聞き終えるよりも前に私は荷物を持って立ち上がった。



「麗鷲さん、どこへ行く?!」


「体調が悪くなったので早退します」


 

 そして、スーパーや薬局に寄ってから相楽くんの家へ向かう。

 前に家に行ったときには冷蔵庫にあまり食材の類はなかったし、マスクも持ってないことからきっと薬とかもないんだろう。


 

 買い物を終えて、彼の家の前につく。

 チャイムを押そうと指を伸ばしたとき、丁度、相楽くんが少し赤い顔をしておぼつかない足取りで出てきた。


 

 寝巻きにパーカーでかわいい、じゃなくて、そんな状態でどこに行こうとしてるの。もう。


 

「あれ? てんちゃん、学校は?」


 

 自分の状態を顧みずに、私のこと考えるなんて。

 でも私は一歩も引かずに家に上がらせてもらった。

 強引だったけど彼を出かけさせるよりはよっぽどいい。



 たまご粥を作って、ベッドにいる相楽くんの元へ。

 ベッドに戻るのも大変そうだったから、私が彼に食べさせてあげるんだ。


 

 あーん、と一口食べた彼は目を閉じて、味わうようにお口を動かした。

 その姿が愛おしい。よしよししちゃう。


 

 そして、彼の額に浮かんだ汗をみて思った。

 いけない、汗をかいたままだと相楽くんの体が冷えてしまう。

 決して私が彼の身体を見たいから提案したわけじゃ……ない。



 

 脱衣所に向かって、洗面台で濡れタオルを準備しながら私は思う。

 提案したけどいざとなると恥ずかしい。

 

 だって、これから同年代の身体をみることになるんて。

 タオルを絞る手にも自然と力が入る。


 

 それから、動けない彼に代わって、私が寝巻きを脱がせてあげる。

 おずおずとボタンに手をかける。服は女性ものと男性もので前の合わせが違っていて外し辛い。

 余裕ぶっているのに手間取る私をみて、相楽くんはどう思っているんだろう。


 

「時間かかってごめんね」


 

 ようやくひとつ外せたと思ったら、相楽くんの肌の面積広がった。

 はあ、はあ。心臓に悪い。だけどこれも相楽くんのため。



 組員の刺青が描かれた体は見てきたけど、同じ年齢の男の子の体は初めて見る。

 なめらからで、でも自分と違ってうっすらと筋肉があって。筋張っていて骨がごつごつして……。


 

 すぅうっごい興奮する!


 

 身体を拭くたびに漏れそうになる表情を堪えるのが可愛くて、魅力的で、ちょっとえっちで。


 

「相楽くんどう?」

 

「気持ちいいよ」


 

 相楽くんそれは反則だよお。

 緩みそうになる顔を見られないように背中に回る。

 うなじが綺麗で、汗がつつーと流れる。


 

 反射だった。


 

 気づいたら彼の首筋に流れる汗を舌で舐めとっていた。

 彼が体調不良で弱っているときにそれにつけ込んでしまうなんて。最低だ。


 

「冷やしてくる」


 

 私はその場を離れて、頭を冷やすためにタオルを一度濡らしに行った。


 

 身体を拭いて着替えさせた後、しばらくして、すうすう、と規則的な寝息が聞こえる。

 眠っている相楽くんの頬を手の甲で触る。まだ熱くいけれど、寝ている時の顔は穏やかだ。


 

 眠ったのを見届けた私は、立ち上がって洗濯機へと向かう。

 脱衣カゴにはやさっき脱いだ寝巻きやその他の衣服がある。


 相楽くんが身につけていた服、一枚くらい……。

 邪な気持ちを持って手を伸ばしたその時。


 

「んん……」


 

 部屋から相楽くんの声が聞こえて我に帰る。

 あ、危なかった。こんなことをして嫌われたくない。



 よこしまなことを考えている場合じゃない。洗濯物をして相楽くんの手助けをしよう。


 

 回し終えた洗濯物を、ベランダでぱんぱんと叩いてシワを伸ばし、ハンガーにかける。

 料理だったり洗濯だったりこうして家事をしていると二人で一緒に住んでいるんじゃないかと錯覚する。

 

 

 そして、彼の寝息を聞きながら私は部屋で勉強していた。

 部屋を見渡すと、ぬいや小物があって彼の好きなものが所狭しと並んでいる。

 彼の好きなものでつまっているこの部屋が私は好きだ。


 こうして、たまに勉強の合間に彼の寝顔を眺めるのもとてもいい。

 ぬいを横に置いて寝ているところとか可愛すぎて勉強がはかどる。


 

 家に帰ってから色々とはかどったのはいうまでもなかった。





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