迷子のぬいを助けたら極道一家のお嬢とお近づきになりました
浜辺ばとる
第1章
第1話 迷子のぬいぐるみ
「迷子かな」
高校一年の春休みもそろそろ終わりを迎えようとしていた。
明日には学年が上がってしまうことから目を背けるように、俺は手芸屋さんで購入した戦利品を抱えながら、残された僅かな休みで何をしようかと考えている帰り道。路地裏でその子を見つけた。
俺はそばに駆け寄って屈み、その子を両の掌で包むように拾い上げた。
「あーあ。こんなに汚れて」
手に取ったのはポップな感じのうさぎのぬいぐるみ。
最近、推し活の一環でぬいぐるみを持ち歩く人が増えた。その界隈ではぬいぐるみは人と同じように扱われ、『落とし物』じゃなくて『迷子』といわれてる。
「可哀想に、怪我までしてる」
道端に落ちたせいか、腕が取れて中の
気づかずに誰かに踏まれたか、蹴られたのかもしれない。
本来はもっとふわふわで可愛らしいはずなんだろうけど、その姿には悲壮感が漂っていた。
だけど見たところ数日放置された感じじゃない。
きっと今頃この子を探してる持ち主さんもいるだろう。
「うぅ、どこにいったの……」
近くで女性の寂しげな声がしたので、その方向に顔を向ける。
あきらかに高級そうな黒の着物を身にまといながら、汚れることをいとわずに地面を這うようにして、何かを探してる銀髪の女性がいた。
もしかして、と思い俺は恐る恐る話しかけた。
「すみません」
「あ?」
突如、底冷えするかのような声とともに、女性の鋭い視線が俺を射抜く。
こわっ!
目力があって、殺されるんじゃないかと恐れるほどの威圧感。
俺は這っている女性に対して上から話しかけている形だ。だから女性は上目遣いになっているけど、上目遣いなんて可愛いものじゃなく、ただただ睨みつけられている。
だというのに一目見た彼女の顔はとても整っていた。鋭く切れ長の目元、すっと伸びた鼻筋、かわいいではなく美人の系統。それも恐ろしいまでの美人だ。
睨まれたからというのもあるけど、それよりも顔の造形によって俺は気圧されてしまった。まるで荘厳な美術品を前に立ち尽くすようなものだった。
這っているから着物の首元から谷間が見えていて、扇状的で目のやり場に困る。
「ナンパならお断り。今はそれどころじゃない」
彼女はそう言い放つと、顔を下げた。
どうやら俺は困っていそうなところに付け込もうとしたナンパと思われてしまったみたいだ。相当警戒されている。
しかし、勇気を出してもう一声。
「ナンパじゃありません」
ピタと、彼女は探していた手を止めて、立ち上がる。
「だったらなに」
あー、これは相当キレてる。
しつこいって思われてるんだろうな。
「間違いだったらすみません。この子、もしかしてあなたのですか?」
俺はさっき拾ったぬいぐるみを手のひらに乗せて、彼女に差し出した。
「それは!」
彼女は俺の手から勢いよくぬいぐるみを奪って、着物の上からでも分かるような自身の大きな胸に抱き寄せた。
もしかしたらコンタクトとか別のものを探してるかもと思っていたけど、この人のもので間違いないみたいだ。
良かった、と俺は胸を撫で下ろした。
「ごめんなさい、家族を見つけてくれた恩人に不義理なことをしました」
彼女は、先ほどの自分の行いを恥じるように深く頭を下げた。
「突然男性に声をかけられたら誰だって警戒しますよ」
こんなにも美人で魅力的な見た目ならばそれは当然だ。
これまで数々のナンパを受けているに違いない。
「だから謝らないでください。なによりその子があなたの元に帰れて良かったです」
「ありがとうございます。……あ」
ぬいぐるみを改めて見た彼女は、安堵した顔から一転して影がさした。
ぬいぐるみが見つかったけれど腕が取れてたり、汚れてたりで状態が良くないんだった。
「良かったら貸してくれませんか? 悪いようにはしませんから」
家族を差し出すことに躊躇しているようだったけど、その後、おずおずと彼女はぬいぐるみを手渡してくれた。
ぬいぐるみを受け取った俺は、カバンから裁縫セットを取り出した。
取れている腕に綿を詰めて形を整えて、ぬいぐるみと同系色の糸で縫い合わせていく。
「はい、これで腕は大丈夫。汚れは帰ってからぬるま湯と中性洗剤で手洗いすれば取れると思う」
「ん〜〜! ありがとうございます! ほんと良かった……」
美人なのに喜ぶと子どもみたいにはしゃいでいてかわいいな。
「あの、それは」
彼女の視線の先には俺の手に持っている裁縫セットが気になっているようだ。
これは小学校の時に買ったドラゴンのやつだ。
Wウイング式裁縫セット、「
「実は……、俺はぬいぐるみが好きで裁縫セットをいつも持ち歩いてるんです。それに今日は手工芸屋さんの帰りだったら
さすがにいつも綿まで持ち歩いてはいないからな。
「男がぬいぐるみ好きなんて変ですよね」
はは、と俺は自嘲する。
それと同時に『男がぬいぐるみ? きっしょっ』と昔の嫌な記憶が蘇る。
いつもは隠してるんだけど、今回は放ってはおけなかった。
「そんなことありません、とても素敵です! あなたは命の恩人です」
彼女がすずいと顔を寄せてくる。
近くで見ても粗ひとつない美しさにおじけて、「あ、ありがとう……」と返すのが精一杯だった。
「そ、そうだ。まだ名前聞いてなかった」
このぬいの名前は何て言うんだろう。
「
へー、マスコットっぽいのに随分しっかりとした名前だ。
それに苗字まであるんだ、何のキャラだろう?
「かわいい名前だね」
「え?」
「よかったね、てんちゃん」
「え? え?」
「持ち主さんの元に帰れてよかったね。もう離れちゃダメだぞ」
俺は女性が抱えたぬいぐるみの頭を撫でる。
なんだかぬいぐるみって我が子のようにかわいく思えちゃうんだよな。
「ほんとてんちゃんかわいいな」
なでりなでりする。
「あ、あの……」
女性の顔を見ると、透き通るように白い陶器のような肌が赤くなっていた。
ぬいぐるみを触りすぎて気持ち悪かったかなと、俺は手を離す。
「違います。天は私の名前……です」
「へ?」
「このぬいぐるみの名前は、ばにらちゃん」
そういって彼女は自分の顔を隠すようにぬいぐるみを掲げた。
そこでようやく俺は自身の盛大な間違いに気づく。
「すみません! 軽々しく名前呼んじゃいました!」
それもちゃん付けで!
こんなにも大人びた人に子ども扱いするような呼び方するなんて、やらかしたあ!
「いえ、私が勘違いをして答えたばかりに」
「いえ、元はといえば、俺の質問の仕方が悪かったです」
そこから、いえいえと、お互い繰り返した。
何度かそのやりとりした後、俺たちはおかしくなって笑い合った。
「
別れ際、彼女の満面の笑みに俺は心臓が撃ち抜かれてしまった。
美人な上にかわいいなんて反則すぎるっ!!
そして俺は家につき、今日は良いことしたななんて思いながらデスクの前に座る。
着物姿が似合う銀髪の圧倒的美人。
去り際に『この恩義には必ず報います』といっていたけど、あんな美人とは今後、俺の人生に関わることはないだろう。
それにしても、なんだか言葉遣いが変わってるというか古風というか、あれは。
「任侠映画みたいだった」
うん、それがしっくりくる。
不義理とか恩義とか、なんだか極道とかその筋の人が使う言葉だったな。
もしかして着物姿が異様に似合っていたからそう感じてしまっただけだろうか。
「
あの時、俺は名乗っていないはず。
そんな疑問が浮かんだので、ふと裁縫セットをみると、そこにデカデカと油性マジックで名前が書かれてあった。
うわ、恥っず!
これ小学校から使ってて愛着があって変えるに変えられないんだけど、格好付かなかったな……。
ため息をひとつつき、恥ずかしさをおいやるように、俺は今日思いついた製作にとりかかることにした。
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