2−5 ヨセミテ商会 1
馬車が関所から離れた所で、私は木箱から脱出した。
身体が小さいのでそれ程窮屈には感じなかったが、それでも真っ暗の中でじっとしているのはストレスが溜まる。
ぐーっと伸びをして凝り固まった身体を労るようにストレッチをしていると、空からクリスが馬車に戻ってきた。
「さて、当面の難所を通過した事だし、一気に領都まで転移しましょうか」
「ねえ、その転移って私がいても大丈夫なのかい?」
そういえば、転移術で一般人を転移させた事は無かったかも。
「大丈夫だよ。アルウィン兄さんが転移門でダグザの住処まで転移した事もあるし問題ないよ。多分……」
「なんだか最後の言葉で不安が増してきたんだけど……」
「つべこべ言わずに黙っていろ。貴様に意見を求めていない」
クリスの姉御の一括でケネスは押し黙った。
……クリス姐さん、パネェっす!
クリスのケネスに対する印象は最悪都言っていい。何故なら私を誘拐しようとしたから。正直、この作戦でケネスが死んでもいいと思っている程だ。
「クリス、今回の作戦でケネスさんは重要な役目を担っているのだから、そんなに邪険にしないの」
クリスは納得がいかない表情をしながらも、私の言葉には従ってくれた。
「それじゃあ転移しますよー」
私達を乗せた馬車は、カフカースの領都であるデリーまで二キロメートルの所にある高台まで転移した。
馬車で二日程かかる距離を一瞬で転移したのだ。
「……本当にデリーの城壁だ。私は夢を見ているんじゃないか……」
「夢なんかじゃないよケネスさん。これからが本番なんだから気をしっかり持って」
これから私はヨセミテ商会に引き渡される予定だ。
今回の誘拐計画の実行犯が領主ではなくヨセミテ商会だったら、今回の作戦はそこで終了となるのだけど、カフカース随一の大商会であろうとも領主の紋章の偽造には手を出さないであろう。となれば、私は領主に会う必要がある。そして私の誘拐なんて事をやめてもらわなければならないのだ。
「とりあえず、ヨセミテ商会で事情聴取をして、その後でカフカースの領主であるジョハル・カフカースの事情聴取だね。その際、多少の荒事は目を瞑りましょう」
「……私よりアリアちゃんの方が余程犯罪者っぽいじゃないか」
クリスの殺気の籠った眼差しを受け、ケネスは沈黙した。
「それじゃあ、私は木箱に隠れましょうか。クリス、手足を縛って木箱の中に入れてちょうだい。その後、クリスはヨセミテ商会まで偵察をしておいて」
「……はぁ、こんな事はしたくはありませんが、姫様の命令では仕方ありませんね」
クリスは嫌そうに言いながらも、私が痛くならない様に丁寧に手と足を縄で縛った。そして、私の口に猿轡を噛ませ如何にも誘拐されてきた様な出立ちに仕上げてくれた。
私をお姫様抱っこをして木箱の中に入れて木箱の蓋を閉じた。その直後、バサバサッと小鳥が羽ばたく音が聞こえた。
さーて、ここからが本番スタートだ!
「……この手紙をガレン会長に渡してくれ。例の魔術具を調達してきたと言ったらわかるから」
探知術のお陰で外の会話もバッチリと聞こえる。
なるほど、私の隠語は『魔術具』なのか。でも、魔術師の隠語としては安直すぎやしないか?
しばらくするとゴソゴソと木箱を持ち上げられ、どこかに運ばれていった。
……ギシッ。
木材が軋む音とお尻に伝わる振動で木製の床材を敷き詰められた部屋に連れて行かれた事が分かった。床材があるという事は、屋内の施設、もしかしたら倉庫の様なところかもしれない。
そして木箱の蓋が開けられ、私を強引に引っ張り出した。
「この娘が、例の精霊の弟子か?」
頭がツルツルの中年がケネスに向かって質問をしていた。
この人がガレンって人かな?
高級な生地の服を着ていて、お腹はぼってりと蓄えられた肥満体型、おまけに頭皮はツルツルで油ぎった顔。こんなのが親だったら一緒に歩きたくないし、洗濯物は別々にしてもらいたい。
「こいつ子供の割には綺麗な顔をしているじゃないか。もうちょっと大人だったら、もっと楽しめたんだがな」
こいつ、セクハラ発言までしてやがりますよ!
私の中では、今回の件が無くてもギルティ確定なのだが、誘拐事件の真相を聞き出すまでは痛めつける訳にはいかないのだ。……我慢だ。我慢しろ私!
「……ガレン会長。命令書の通りにアリアちゃんを誘拐してきた。だから、家族を返してくれないか!」
「ああ、そういう約束だったな。よし連れてこい」
ガレンは部下の一人に指示を出し、その後その部下は赤ちゃんを抱いた女性を連れてきた。
ケネスさんの子供ってまだ赤ちゃんだったのか。そりゃあ、助けるのにも必死になるはずだよ。
二人は抱き合って感動の再会を果たした。……うんうん、よかったよかった。
「……会長、約束は家族だけじゃあないはずだ。ちゃんと金を払ってくれないか。その金で私達はすぐに高飛びする。貴族の子供を誘拐してきたんだぞ、ここにはもう居られない!」
「……わかった、そう喚くな。それ、これを持ってとっとと失せろ」
ガレンは床に皮袋を放り投げた。
ケネスが皮袋を拾おうとしゃがんだ時、ガレンの部下の一人がケネスを思いっきり蹴り倒した。
「ケネス、お前は貴族の娘の誘拐犯だ。そして、ワシらはそれを捕まえた善良な市民というわけだ。その時、お前は何も持っていなかった。そういうわけだ」
「騙したのかっ!」
「騙す?ワシは誘拐の指示を出した事も無ければ、命令書を渡した事もない。お前が勝手に誘拐してきたんだ。その誘拐犯を捕まえるのは当然のことだと思わんか?」
ガレンの部下がケネスの服を調べていた。おそらく命令書を探しているのだろう。
「会長。こいつ命令書を持っていませんぜ」
「どこにやった、ケネス。正直に白状しないと、今度はお前の息子が死ぬ事になるぞ!」
ガレンの部下が懐からナイフを取り出し、ケネスに突きつけた。
今回のケネスとの契約では、私にはケネスとその家族を守る義務がある。
私は身体強化を掛け手足の縄を引き千切り、目の前のガレンの部下に向かって飛び蹴りを喰らわせた。
私は口を縛っていた布を引き剥がし、クリスに向かって大声で命令した。
「クリス!直ちにヨセミテ商会を封鎖!全員を拘束しなさい!」
ここからヨセミテ商会、最後の地獄が始まる。
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