1−2 オウルニィの町
そして私は成長して、この春で七歳になった。お姉様の言った通りに二歳で以前の記憶を取り戻し、その後すぐにクリスと再会した。クリスは生まれ変わった直後にお姉様から記憶を授けられ、それ以降ずっと私の側で見守っていたらしい。そして私が三歳の時に姿を変え、術を使って記憶を改竄してクーパー家に就職し、私専属の側仕えになった。
クリスに着替えるのを手伝ってもらいながら、鏡台に映る自分の姿を見てみる。
黒い髪に金色の瞳、そして白い肌。神様の時と同じ容姿が鏡の中に映っていた。
「……やっぱり顔は、神様の時に引っ張られるんだね」
「それは仕方がありませんね。今回は周囲にあまり疑念を持たれぬようにナクロール様やフリン様も気を遣っておられましたから」
クリスの言葉通り、父さんと母さんは私の顔立ちに何処となく似ている。なので、今世では似ていないとは言われないと思う。……そのせいか父さんと母さん、もの凄い美男美女の夫婦なんだよね!そりゃ、父さんは母さんに一目惚れする理由もわかるし、母さんも身分違いの恋をするはずだよっ!それでいて父さんは仕事もできて家族思いだし、母さんは元平民で孤児だったおかげで平民に対しても凄く丁寧だし、偉ぶったりしないのでオウルニィの人達に凄く愛されているのだ。……正に理想のカップルだよね、まったく!
私は、午前中家庭教師から、この辺りの地理の勉強をした。
この国の名はケルト王国。箱庭の北東部に位置していて、北にはキボリウム山脈、東にはセーピア海、北西には北方三国の一つであるニヴルヘイム。南西には、箱庭の中央にあたるユピテル帝国。南にはケルト王国と同じ東方二国のログレス王国に囲まれている。
オウルニィは、ケルト王国の北部にあるウェズリー領の中の北西部にある人口が二千人弱の小さな町だ。
町の主産業は鉄鋼業で、キボリウム山脈の鉱山から採れる良質の鉄鉱石から作られる鋼材や、そこから作られる武器や農具や鍋・釜などの生活用品を製造している。だから、町の北部にある工場からは毎日モクモクと煙が上がっている。
この箱庭世界は戦争が絶えず行われてきた。ケルト王国は常に軍備を拡張していて、オウルニィの武器はその質の高さから騎士や傭兵の人達から人気があり、需要が供給に追いついていない状況だった。その為、オウルニィはケルト王国の中で比較的裕福な集落の一つである。
オウルニィの町はもう一つ特徴がある。
オウルニィはキボリウム山脈に面しているため、ケルト王国の中でトップクラスで魔物出没の多発地帯である。
その為、オウルニィは頑丈な外壁で囲われ、クーパー男爵家は独自の騎士団を所有している。
騎士団長でありオウルニィの代官でもあるウィリアム・クーパーは、跡取りでなければ王国騎士団入りを熱望されていた程の猛者で、ついた二つ名は『オウルニィの戦鬼』
伯父さんは毎日のように騎士団を引き連れ、周辺の魔物を狩りまくっていた。
……伯父さんは、もうちょっと代官の仕事をやった方がいいと思うよ。
昼食後、自由時間になった私はクリスをお供に街に散歩に出掛けた。
とは言っても、出歩いても良いのは男爵邸の周辺である南の住宅街だけで、町の外はもちろんの事、北の職人街にも出歩くのは禁止されていた。
私が外に出る理由は、……まあ社会見学もあるが、家の人には聞かせられない秘密の会話を自然に行う事ができる為だ。
クリスには午前中、この辺りの土地を管理する精霊であるダグザの所に行ってもらっていた。ダグザはキボリウム山脈とその南側周辺を管理している為、ケルト王国と北方三国のニヴルヘイムとヘルヘイムに影響力を持っている。精霊は元々人間には関心はないが、今は私のお仕事もあるので色々と情報を集めてもらっているのだ。
とは言っても、ここ最近は特筆するような事はなく平和そのもの。五十年程前だったらケルト王国とニヴルヘイムは戦争中だったので、もうちょっと報告も変わっていただろうが……。
「まあ、焦ってもしょうがないね……。お父様が異界を壊したのは何万年も前の事だし、たった七年で状況が変わるわけでもないかもね」
「油断大敵かもしれませんが……、まあ焦っても仕方がないのは同意いたします」
その後はクリスと取り留めのない会話をしながら町の中を散策していた。
……本当に長閑な町だなぁ。
この町の市場に向かっている途中で、顔馴染みの行商人であるケネスさんが馬車に乗って近づいてきた。
「アリアお嬢様、こんにちは。ジョン様は官邸にいらっしゃるかな?」
馬車の上からケネスはアリアに向かって声を掛けた。
「父さんは、まだ官邸にいると思うよ。よかったら案内しましょうか?」
「……そうだね。それじゃあアリアちゃんに案内を頼もうかな」
クリスに荷馬車の御者台に乗せてもらってケネスと一緒に官邸に戻る事にした。
因みに、官邸とは男爵邸で公的なお仕事をする館で町役場にあたる建物である。官邸の奥側に住居である本邸が建っている。
ケネスさんはウェズリー領と西隣のカフカース領とを行き来する行商人で、カフカース領からテンサイ糖をウェズリー領で卸し、オウルニィからカフカース領に武器を卸す行商をしている。
カフカース領はニヴルヘイムとの間の国境に面しているので、小競り合いが頻繁に起こるのだ。その為、カフカース領は絶えず武器を必要としている。
オウルニィの武器は希少価値が高い為、今は父さんが代表を務めている『ニュートン商会』の専売品となっている。……ニュートン商会は専売業者になる為に多額の献金と税をクーパー男爵家に支払っている。しかしそれを差し引いてもオウルニィの武器は儲かるのだ。
「今回は、結構な数を仕入れるんだね。前回のほぼ倍じゃないか」
父さんは注文書を見ながら顔を顰めている。因みに私は、ケネスさんが持ってきたお土産であるお菓子を食べながら寛いでいた。
「……聞いた話なんですが、ニヴルヘイムできな臭い噂が出回っているそうなんです」
ケネスさんは、そう言ってお茶をグビリと飲んだ。
彼は、カフカース領やウェズリー領の情報や噂話を父さんに度々売っている。とは言っても父さんのスパイではなく、あくまでも公的にオープンになっている情報や、カフカースの街中などで語られている噂話なので後ろ暗いものではない。しかし、情報の伝達スピードが遅いこの世界では、行商人から伝えられる噂話の類でもとても貴重な情報源となる。
「なんでも、ニヴルヘイムとミズガルズが戦争をおっ始めるんじゃないかって……、カフカースではもっぱらの噂です。今回の買い付けの量が増えたのもその噂のせいです」
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