0−10 父親と娘の会話 (フリン視点)

 ……あーあ、行っちゃった。もうちょっと、お姉様大好き、離れたくない!とか言って名残惜しそうにしてくれてもよかったのに。アリアったらつれないんだから。


 自分から異界行きの話を振っておいて今更それもないかと考え直し、振り返ってみるとお父様が寂しそうに転移門をじっと見つめていた。


「あんまり未練がましくしていると、将来アリアにウザがられるよ……」

「うぐっ……」


 お父様は胸を押さえながら、じっとりとしためで私を見つめてきた。


「……アリアと其方は違う……」

「私達は双子ですから。多分、同じだと思うよ」


 お父様は納得がいかないのか、奥歯をギシギシと噛み締めながら、


「……アリアの答え探しなど、わざわざ異界なんぞに行かなくともタカアマハラでも出来るのではないのか?我は、今だに全く納得いってない!」

「……彼女の答え探しも理由のひとつだけど、流石にそれだけで異界行きを進めたりしないよ。私だって、かわいいかわいいかわいいかわいい妹に苦労なんてしてほしくないもん!」


 ……アリアの笑顔がかわいい。アリアの仕草にキュンとする。アリアの少し舌足らずな声で「お姉様」と言われると胸が張り裂けそうになる。アリアの……と延々とアリアへの賞賛が無限ループするくらい好きなのに、お父様は私の気持ちを何もわかっていない!

 私はお仕事モードを少しだけオンにして、お父様と向き合い姿勢を正した。お父様もそれを察したのか、先程とは打って変わって真剣な表情で私を見つめ返した。


「……アリアの基本的な考え方は人間時代のままです。それは百年間タカアマハラで暮らしてみても変わりませんでした。ここはある意味、神しかいない世界です。アリアが自分が余所者と考え、積極的に交わろうとしてこなかったせいもありますが、自分が人間である、或いは自分は人間でいたいという思いが強いのではないでしょうか」

「ふむ……。人間とは、そんなに良いものか?想像もつかんが……」

「最初から神であった私達にはわかりませんよ。それだけ、人間の親、兄弟が優れた人物であったのではないですか。……ある意味、ライバル関係ですね」


 ……アリアのお姉様の地位は誰にも渡さない!前世時代には兄しか存在しなかったし、異界でアリアの両親になる家族にも姉がいない事も確認済みだ。


「ですがアリアが異界に行けば、神霊力を持った人間になります。異界は比較的、魔力持ちが多く生まれる世界ではありますが、神霊力持ちのアリアとでは比較にすらなりません。アリアは異界で嫌でも神として自覚する事になるでしょう」

「……異界で神としての意識変革を促すという事か……」

「はい。それと、神という役割は力を持っているだけでは果たせません。力を正しく使う事が重要です。……それは、非情な決断であってもです」

「……アリアにもそれを求めるのか?」

「彼女が神である以上、避けては通れません。あのお母様であっても、何度もそういう決断をしています……」


 原初の精霊達が封印のみという甘い処罰だったのも、お母様の必死の嘆願があったからだ。そのお母様でさえ、何度もより多くを守るために精霊や時には精霊界や物質界を犠牲にしている。


「異界は、現在は小康状態を保っていますが、過去は常に戦争が頻発していました。魔術という特異な力を持つ者が多くいるので、ある意味当然の結果です。アリアが人間である時に戦争が勃発する可能性は非常に高いでしょう」

「其方は、異界に対してアリアに何を求める。救済か?それとも破滅か?」

「……それはアリア次第でしょう。彼女の性格で破滅を選択するとは思えませんが、可能性はゼロではないと思います」

「ふむ……。確かにアリアならば滅ぼすという選択はせぬか……」

「アリアがどんな選択をしても問題ありません。全てを統べて王になっても良し。人々を救って救世の聖女になっても良し。全てを諦めて傍観者になっても良しです。……私としては、アリアには傍観者になってほしいのですが」

「それは何故だ?アリアの性格では一番無さそうだが」

「傍観者が一番安全ではありませんか!もしアリアに傷ひとつ付けようものなら、私が異界の全てを滅ぼしますよっ!」

「……それは、我も賛成するが」

「それに、基本的に物質界の神と言うのは常に傍観者ではないですか。神が一部を救うなんて都合のいい神話の中だけですよ。私だって物質界の人間がどうなろうとも関係ありませんもの、傍観を決め込みます。……でもアリアは、その選択はしないでしょうね」

「……そうだな。アリアは見捨てられる性格ではないな。それでは、救う選択をするか……?」

「さあ?どの選択を選ぶか、それとも私達が思いもよらない方法を取るのか、それがアリアが求めた答えになるのでしょうね……」




 お父様と別れ、アシハラの執務室に戻ってもアリアの事が頭から離れなかった。

 彼女の特異な生い立ちは、人間で生まれた事に起因する。

 私は、その事をずっと疑問に思っていた。

 彼女はお母様の体内にいる時から神霊力を発現していた。その事はあり得なくないだろう。だが、神霊術も習っていないのに自身に殻で覆うような事ができるのだろうか?

 事実、彼女は神霊術の事を全く知らなかった。

 ましてや、地球のある物質界は精霊界の端の方にある。転移門も神霊術も無くてどうやって辿り着いたのか?

 私には、何者かがアリアをどうしても人間として産ませたかったとしか思えない。

 そこに、神に対する反逆の意図はあるのか?

 私は権能を使って情報を集めつつ思考を進めていくが、何度やっても答えに辿りつかない。

 もしアリアに何かしようとするなら、それは神以外にあり得ない。

 お父様やお母様が、アリアにそんな事をする理由はない。もちろん、私にもだ。


 ……私達以外で、神と同等の力を持つ者。


 そういえば、私がまだ小さかった頃にお父様はどうやって生まれたのか聞いた事があったっけ。


「我は、『大いなる意志』によって創られた……」


 お父様もそれ以上は語らなかった。

 あの頃はその答えに何の疑問も持たなかったのだが、今はどうにもその言葉が妙に引っかかる。


 ……大いなる意志ってなんだろう?


 本当に、この世の中は私の権能を持ってしてもわからない事だらけだ。

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