だって、お姉様お望みの悪女ですもの

小蔦あおい

第1話

 王国の貴族が通う、セントベリー学園にて。

 日直で教室の鍵を職員室へ返しにいった帰り、イザベル・ファロンは担任からノートを運ぶよう頼まれた。

 ついていないと思いながらも、イザベルは依頼された生物準備室へと持って行く。


「えっ……」

 扉を開けたイザベルは、飛び込んできた光景に目を疑った。実の姉アデルとイザベルの婚約者ロブ・マクウェルの浮気現場に遭遇したからだ。

 混乱してうまく言葉が出てこない中、イザベルは何とか声を絞り出した。


「お姉様、ロブ様と何をしていたの?」

 アデルはイザベルの双子の姉だった。

 ファロン侯爵家に生まれた二人は、二卵性双生児で容姿はまったく似ていない。

 アデルがタンポポの綿毛のようにふわふわとした雰囲気なら、イザベルは灼熱の砂漠に生えている刺々しいサボテンのような雰囲気がある。二人は容姿も雰囲気もまるで違っていた。


 線の細いアデルはふるふると金髪を揺らしながら翠色の瞳に涙を溜める。

「ロブ様とは何も。ただお話をしていただけで……」

 アデルに同調するようにロブが大きく頷く。

「そうだ、イザベル。アデルとは他愛もない話をしていただけだ」

 二人の白々しい答えに、イザベルは乾いた笑みを浮かべた。


「抱き合ってキスまでしていたのに?」

 頬に掛かっていた金褐色の髪を耳に掛け、イザベルは紅色の瞳をスッと細める。

 嘘がバレたアデルは顔を青くし、ロブは言葉を詰まらせた。

 一部始終を見られていたなど、二人は想像もしていなかったのだろう。だが、往生際の悪いアデルは否定した。


「違うのよ、私たちは……」

「不貞を働いていたのに何が違うの?」

 イザベルは言葉を遮って問い詰める。

 アデルは口元に手を置き、まごつきながらも弁解した。

「私は恋愛がどんなものか知りたくて。ロブ様なら、教えてくれるかもって」

「それで実践してもらってたってこと?」

「そ、それはっ…………あぁっ!」

 突然アデルが胸を押さえて苦しみだす――発作だ。アデルはその場に蹲ってしまった。


「お姉様!?」

「アデル!?」

 イザベルと同時に声を上げたロブは蹲るアデルの隣で膝をつき、背中を摩る。

「うぅ、くる、しぃっ……」

「イザベル、貴様のせいでアデルの発作が出てしまったじゃないか!」

 声を荒らげるロブは鼻面に皺を寄せ、イザベルを睨め付けた。


「アデルの身体が弱いのは貴様も知っているだろう。それなのになんで精神的に追い詰めて苦しめるんだ? 今すぐ謝れ!」

 それを言うならイザベルだって精神的に追い詰められ、苦しめられている。


 婚約者が浮気していたのだ。実の姉と。



 アデルが発作を起こしてしまったのは可哀想だが、もとはと言えば二人に原因がある。

 何故ここでイザベルが責められ、謝らなくてはいけないのだろうか。ショックで何も言えないでいたら、アデルが弱々しい声で言う。


「ロブ様、イザベルを責めないで。私は大丈夫、だから……」

 アデルは肩で息をしながら、隣にいるロブの服の裾を掴む。

 ロブはその健気な姿に眉尻を下げ、アデルの頭を優しく撫でた。


「大丈夫なわけないだろ。すぐ医務室へ連れていく。少し我慢してくれ」

 アデルの腕を自分の肩に回したロブは、お姫様抱っこをして立ち上がる。そして、すれ違いざまにイザベルへ捨て台詞を吐いた。


「おまえは噂通りの悪女だな。まったく、貴様のような女と結婚しなきゃいけないこっちの身にもなれ。そして、アデルの優しさに感謝しろ!!」

 バタン、と勢いよく扉が閉められる。


 残されたイザベルは俯いてこめかみに手を当てた。

「疲れた」

 誰に言うでもない呟きは部屋の静寂に溶けていく。

 ロブとの婚約はイザベルが七歳の時に決まった。彼の実家であるマクウェル伯爵家は伯爵家の中でも由緒正しく、かなりの資産があると言われている。


 イザベル達の実家ファロン侯爵家とも引けを取らない。

 もともとこの縁談に名前が上がっていたのは姉のアデルだったが、病弱なためにイザベルに話が回ってきた。


 この件についてはアデルも承知していた。だからこそイザベルはアデルの軽薄な行動が理解できなかった。

 そもそもイザベルはロブとキスや抱擁はおろか、手も繋いでいない。

(お姉様もそうだけど、ロブ様もロブ様だわ)

 二人に失望したイザベルはため息を吐いた。

(というか、悪いのは二人なのにどうして私が責められないといけないの? 結局、お姉様の発作のせいで謝罪もされなかった。……いつものお決まりパターンね)


 イザベルの人生は物心ついた頃から、身体の弱いアデルを中心に回っていた。

 侯爵家にいる時も学園生活をしている今も、イザベルは身体の弱いアデルにつきっきりで面倒を見ている。これまで一日でも自由に使える時間を持ったことはない。


 本来なら世話役の侍女を付ければいいのだが、何故かその役をイザベルが担っている。

 侯爵令嬢のはずなのに、イザベルは小さい頃からアデルの世話役として働かされていた。


 身体の弱いアデルを不憫に思う両親は、イザベルが世話をするのは当然だと普段から口にしていた。というのも、両親はイザベルがお腹の中にいる時にアデルの健康を吸い取ったと信じているからだ。


(私が恵まれた体質で生まれてきたから、お父様もお母様もそう思うようになってしまったのよね)

 普通の人間と違い、イザベルは生まれながらにして魔力を保有している。

 目を閉じたイザベルは温かな光をイメージしてから再び目を開いた。するとそこには、眩い黄金の玉――光の精霊がふわふわと飛んでいる。


 精霊には水や火などの属性がいるらしいが、イザベルは光の精霊だけを呼び出せられた。言い伝えによれば、魔力を持つ人間は普通の人よりも精霊の庇護を受けやすい。


 だからこそ両親は、イザベルと比べて何も持っていないアデルが可哀想で仕方がなく、彼女の望むものは何でも与えた。

 甘やかされて育ったアデルは、自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。それが引き金となってさらに発作も起こす。発作を起こしたら何故かイザベルが両親から叱られ折檻された。


『アデルが可哀想でしょう? 何でも持っているあなたにはアデルの苦しみが分からないのね』

『おまえは姉さんの面倒をしっかり見ろ。それが妹としての務めだ』

 両親はいつもアデルの味方だった。


 だからロブとの縁談が回ってきた時は、希望を抱いた。彼と結婚すれば、イザベルはアデル中心の生活から解放される。ファロン家から出ていける。

 ロブは俺様気質で傲慢なところもあるけれど、この屋敷から出られる唯一の方法であり、救世主だった。

 ――けれど、その希望も今日で終わり。


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