妹とのデート


 しずくねぇを追い返してからしばらく、妹は泣いていた。

傷が無いかと確認すると、妹の腹部と首には確かに痣があった、見つけてしまった。

これは、しずくねぇが本当に妹を殴っていた証拠に他ならない。

いきなりゆいから電話が掛かってきた時は何事かとおもったが……しずくねぇ、何でこんな事……。

 

……きっと何かの間違いだ、あのしずくねぇが理由なく人を殴ったりする理由がない。

後でもう一回話を聞かないといけないけど……今はまず、妹のケアが最優先だな。

 

「おにぃ、ありがと」

 

大好きなミルクティーを淹れて部屋に持って行く。

クッションを抱きかかえて横になっていた妹は起き上がり、クッションの上に座ってミルクティーを受け取り、涙で腫れた目を見せないようにしているのかすぐに顔を枕にうずめてしまった。

 

「お茶請けもあるぞ、当家自慢の一品でございます」

 

「私の作ったクッキーじゃん」

 

妹はクスッと笑ってくれた。

しずくねぇが帰ってからもう一時間だ、部屋でそっとしておいたけど、正解だったかもな。


「それでさ、しずくねぇが本当にお前を……」

 

「……おにぃはしずくさんの事好きだった?」

 

嫌いじゃない。

むしろ好きだ、だから、ちょっとした復讐と個人的な感情を込めて、付き合ってるなんて嘘をついて噂を流した。

 

「好きだよ、姉としてだけど」

 

「異性として、だよ。もし好きなら悪い事しちゃったし、させちゃったから」

 

妹は悲しそうな顔をしてる。


「本当にしずくねぇはいつもお前に」


「おにぃがしずくさんを選ぶなら私は何も言わないよ、ただ……しずくさんがおにぃの彼女になったら家に居づらいな」

 

「それはどういう事だよ」

 

「毎日叩かれちゃうし、あの人がおにぃの彼女なんて認めたくないよ……」

 

ゆいは泣き出した。

本当にしずくねぇから暴力があったのか……。


「ゆい、しずくねぇの事は俺に任せろ。もう絶対にお前に手は出させない」

 

「うわぁぁぁん!」

 

普段は抱きついてきたりしない妹なのに、今は俺の胸で泣いている。

こんなゆいを見るのは……初めてだ。


「明日、学校行きたくない」

 

「じゃあ俺も休むよ、明日は一緒に出かけよっか?」

 

「おにぃがどうしても私とデートしたいって言うなら仕方ないなぁ! このシスコン!」

 

「へいへい、それでいいよ」

 

明日、直接しずくねぇと話すつもりだったけど、ゆいの方が、家族の方が大事だ。

まぁ明後日でもいいだろ。

 

 次の日、俺と妹で少し遠出して遊園地に来た。

平日って事で全然混んでなくて、入るのもアトラクションに乗るのもスムーズなのは嬉しい。

だが……納得行かない事もある、それは……。

 

「お姉ちゃんと弟さんで遊園地ですか?」


「えっと……私が妹で、こっちが兄なんですけど……」

 

「えっ……ちっちゃくて可愛いのでつい……失礼しましたっ!」

 

そう、係員に弟呼びされた事だ。

納得いかない。

何故、女の子だと間違えないんだ!

今日の俺めちゃくちゃ可愛いのに……。

やっぱ可愛くても服が……男っぽいのか?

……やっぱり納得いかない。

 

「おにぃおにぃ! 次は観覧車乗りたい!」

 

「子供だなぁ」

 

「むー! 子供じゃありません!」

 

「ほら、何ボサッとしてんだ、行くぞ」

 

「うん!」

 

スマホを見ればしずくねぇからの着信が鬼のように来ている。

メッセージもいくつか来ていて、内容はどれも話し合いたいとか、信じて欲しいとか……そんなのばっかりだった。

勿論話し合うつもりだから、わかったとは返事したけれど、いますぐ話したいといわれて鬼電されても、ゆいの前じゃ出られないし……。

 

あれ……?

その中で、新しい友達として追加されたとの通知もあった。

 

これって……柳屋さん?


『いきなりすいません! えっと、単刀直入に聞きますけどしずく様と何かありましたか?』


来てきたメッセージにはしずくねぇの様子がおかしいと書かれている。

 

『その、私、聞いちゃったんです。しずく様とゆいと君が付き合うみたいな話……その、断片的にしか聞こえて来なかったけど、い、妹さんの服で女装してるとかも聞こえました! その事でしずく様はきっと悩んでいるんです、彼氏が女装好きなんて恥ずかしいって! だから、今から学校に来てしずく様と話し合って下さい』

 

あの時だ、しずくねぇと部室で噂の話を指定た時の会話型を部室のどこかにいた柳屋さんに知られてしまってる……。

しかも中途半端な話を聞かれてるし……とりあえず、変な勘違いをしないように返信を……。

 

『もちろん私にも責任はあります、私が私の制服を貸して女装させたから女装にハマってしまったのは分かってます。だから、一緒に乗り越えましょう! とにかく、学校で待ってます!』

 

「ハァアアア!?」

 

「おにぃうるさい!」

 

いやいやいやいや、どんな勘違いしてんの柳屋さん!

 

『あ、既読つきましたね! もうすぐ学校終わっちゃうので、ゆいと君の家に行きます!』

 

まずいまずいまずいまずい!

 

『いや大丈夫だから、しずく先輩とは何も無いから』

 

とにかく柳屋さんを落ち着かせないと。

 

『嘘つかないで下さい。ファンクラブ会長の私じゃなくても今日のしずく様の様子はおかしかったと気付くはずです。演劇に朝練なんて無いのに登校中は執事服、休み時間の度にゆいと君の教室を覗いて……昼休みに部室でお弁当箱を二つ出して、泣きながら食べてましたよ』

 

これは……昨日の事を話しに来たけど俺が居なかったってパターンだな。

電話してやればいいんだけど、妹が隣にいる以上は架けられない。

 

「おにぃ!」

 

「うおっ!」

 

スマホの画面を消して妹の顔を見る。

観覧車はもうすぐ頂上へ登ろうとしていた。

 

「女の子とデート中にスマホ見てるのはダメ! 私以外なら今のは確実にマイナスポイントだよ」

 

妹は腕を組み、まったくと笑いながら首を振っている。

つーか何故俺の隣に座るんだ?

こっちからのが景色がいい……とか?

 

「確かここからおにぃの学校見えるんだっけ」

 

「こっち方向だったような……え?」

 

どうなってんだ。

学校が燃えている、なのに煙一つ上がっていない。

人が騒いでる様子も無いし……消防車や救急車が一台も来ていない!

あの変な感じ……間違いない、フェイスレスだ。

 

「おにぃこっち見て!」

 

「えちょ何」

 

外見る俺の前に妹の顔がすっと横入りしてきた。


「えっとその……外はいいや、私を見てよ」

 

「なぁ、俺の学校」「おにぃ!」

 

妹に抱きしめられた。

 

「このまま話すね」

 

妹は深呼吸して、そして話し始めた。

 

「これからちょっと行かなきゃいけない所があるの」

 

それは、学校か?

 

『エインヘリアルのこの支部にどれだけの人員がいるのかは分からない、でもゆいちゃんはゆいとの住む町を私と一緒に守る事になってる』

 

しずくねぇの言葉が脳裏に響く。

このままだと妹が戦いに巻き込まれる。

 

「今日は楽しかったし元気出た、ありがと」

 

いつもと違ってしおらしい妹。

いまコイツが戦えば死んでしまう、傷つくような気がして。

 

「行くな」

 

俺は妹を止めた。

妹を戦わせない為、俺は戦うって決めたんだ。

それにヴァルガニカならきっと勝てる。

 

「おにぃの心配するような事じゃないよ、でも、私行かなきゃいけないの」

 

どうする、どうすれば妹を止められる?


「お、男か?」

 

「……はい?」

 

「俺とデートしてたのは彼氏との予行演習で、彼氏から連絡来たから彼氏の所に行くって事か!?」

 

自分でも何を言っているのか分からないが、とにかく、何でもいい。

絶対に妹は戦わせない!

 

「私には手のかかるおにぃがいるから彼氏とかいないし! 後でスマホでも部屋でも確認していいよ、絶対に居ない」

 

「い、今証明しろ」

 

「証明……そっか、じゃぁ」

 

妹の顔が近い。


「目閉じて」

 

「まて、まってくれ。兄妹だぞ」

 

「だって思いつかないよ……これしか証明方法が分からない」

 

「スマホを見せてくれたらそれでいいから!」

 

あっぶね、妹とキスする所だった。

流石にね、流石に実の妹とキスはヤバい。

 

「じゃあはいこれ、しっかり見てね」

 

妹のスマホを受け取る。

俺の写真がホーム画面になっている。

……だけどこの写真を撮られた記憶は全くない。

まぁあれだ、家で俺が寝転んでる時の写真だし、コイツ多分だらしない兄とか言って写真撮ってたんだろ。

 

「俺だ」

 

「彼氏いたらそこおにぃじゃなくて彼氏でしょ? ホームは彼氏を置く場所なんだから」

 

「そんな事無いと思うけど……」

 

集弾の通知がスマホに来てる。

音が出ない設定だったのが幸いして、妹に気づかれる前に通知を消す事ができた。

消す前に見えた位置は学校と一致していた。

……って事は、しずくねぇが一人で戦ってるって事だよな。

 

「もうそろそろ返してよ」

 

「あ、ああ、悪い」

 

「まったく、妹に彼氏が居ないかどうか確認する為にスマホをチェックするって、おにぃ変態のシスコンみたいだよ」

 

「家族なんだから心配ぐらいするっての」

 

「シスコンだから家族じゃなくて女性として心配してるんでしょ?」

 

「んな訳あるか」

 

ニヒヒと笑った妹は、服をいきなり脱ぎだした。

え、ちょっとちょっとちょっと!

 

「妹の下着が見たいです〜って土下座するならそのままでいいけど」

 

「バカ! もうすぐ観覧車終わるんだぞ!? しかも他の人から見えるっての!」

 

「はーい、おにぃにプレゼントだ〜」

 

妹の上着が顔に叩きつけられる。

さっきまで着ていたせいで服から妹の体温を感じる。

 

「ぷは……殺す気か、って、着替え早くね?」

 

「えへへ、おにぃの大好きなJCの制服だぞ、ほらほら来年には見られなくなるんだし、目に焼き付けとけ焼き付けとけ」

 

制服に着替えた。

普通はこんな短時間で着替える事はできない。


『変身した後って服戻らないから、私は制服をパシフィカのデフォルトに設定してるんです!』

 

あれは制服じゃない、妹の美装、パシフィカだ。

 

そんな話をしていると、観覧車の扉が開いた。

妹は明らかにソワソワしていて……戦いに行くつもりだ。

 

「ちょっと待っててくれる?」

 

「何だ、トイレか?」

 

「そ、そうトイレ!」

 

そう言って妹は俺から離れて行く。

ここで止めても、アイツは絶対に止まってくれない。

 

「って、女の子にトイレ行くのとか聞いちゃダメなんだからね! そんなんだから私しかデートしてくれる娘いないんだよ、バカおにぃ!」

 

トイレの方向に消えたけど、これは絶対に……。

 

「ヴァルガニカ」

 

チョーカーに触れ、ヴァルガニカを呼び出すとすぐに返事があった。

確認する事は……一つだけ。

 

「はいマスター」

 

「集弾はどうなってる?」

 

「検索中……はい、プラトニック様が戦闘中です」

 

「無事なんだな?」

 

「今のところは、ですが」

 

「パシフィカが現場到着まであとどのぐらいだ」

 

「パシフィカは機動性に優れていません。五分はかかるかと」

 

妹は止められなかった、だったら。

俺が先に行ってフェイスレスを倒す。

絶対に、妹を危険な目には合わせない。

それに今しずくねぇがフェイスレスと戦ってんなら、話し合いも出来るし、一石二鳥!

 

「行くぞヴァルガニカ、目標はわかってるな?」

 

黒い四方に一瞬だけ囲まれ、俺の服は猫耳パーカーとチェックのミニスカートに切り替わる。

 

「はい、マスター。ゆいにゃん様が来る前に仕留めるのも目標に入っているとの理解で大丈夫ですか?」

 

「いや目標じゃない、絶対だ!」

 



 

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