俺より可愛い彼女が欲しい! 〜愛と正義と女装の使者 コールサイン:ゆいゆい〜
紫糸ケイト
洗濯機から妹の服を取り出して配信をする男
こんな奴を見た事は無いだろうか。
小学校時代、クラスの女子に髪を結ばれて可愛い可愛いと言われている男子だ。
そう。本人は嫌がってるのか、喜んでいるのか分からないアレだよアレ。
『できた! ゆいと君とーっても似合ってるよ』
『うぅ、スカートのせいで足が変に涼しいし、しずくちゃんの服ピンク色で僕には似合わないよ! 僕は男なんだから、黒色のかっこいい服が似合うんだ!』
『ほら文句言わないの! 次はこれね、羊さんパーカーパジャマ! それがおわったら小学校の体操服着せたげる!』
『あぅ……やめて、やめてよしずくちゃん』
『ほら抵抗すんな! ケンカで私に勝てた事ないでしょ!』
『着る! 着るから叩かないでよ……』
思えばあの時、幼馴染のお姉さんに無理やり女装させられたのがきっかけだった。
保育園、小学校、中学と進んでも彼女は俺を着せ替え人形のように扱ってきた。
いつ頃からこんなことを、いや。
こんなにも素晴らしい事を自分からやり始めたのかは覚えてない。
でも、気がついた時には俺は……。
「お! これ新作のワンピじゃんか! アイツが小遣い貯めて買ったやつだよな」
そう、そんな経験を重ねてきた俺は。
「マスクよし、ワンピよし、ウイッグよし、最後に鏡見て……うん、今日の俺も最高に可愛い!」
今や、女装配信者になっていた。
「やっほー、ゆいゆいでーっす!」
……いや分かるよ? 女装とかキモいって意見は分かる。
いくら多様性の時代とはいえ、普通に隣にいたらキモイ。
でもよ、それはその姿から男だって分かってしまうからキモイんだ。
見ろよこれ。
『カワイイ!』
『本当に男か?』
『男でもいい、付き合って下さい』
『え、私よりカワイイんだけど……』
『メイク教えてー!』
今の俺は男でありながら女みたいに、いやそんじょそこらの女よりも俺は可愛くなっていた。
キモいなんて、誰にも言わせない。
自慢じゃないが、俺の周囲で俺より可愛い奴なんて一人も居ない。
クラスメイトも、学校のマドンナも、全員俺より可愛さの偏差値は下!
俺が一番可愛い。
「えへへ、みんなコメントありがとーっ! 付き合って欲しいってコメント多いけど、俺は正真正銘男の子。だから男には興味無いんだよね、惚れさせちゃってごめんな♡」
配信しているPCにむかってウインクをして、男どもを煽るようにお決まりになっているセリフを言う。
最初にコメントを見た時は驚いたよ、本当に惚れられてるんだって実感して……あの時のゾクゾクが忘れられない。
『可愛すぎる』
『養いますから』
『流石にえっちすぎるので今晩使わせてもらいます』
男どもは喜び、キモいコメントを量産する。
マスクをしているのは身バレ防止の役割もあるんだが、可愛いとコメントを打たれてニヤけてしまうのを見られないようにする役割もある。
『男なのに男に媚売っててキモ』
『は? 女の私より可愛いのに?』
『彼氏返して下さい』
『かわいいのがむかつく』
女どもは嫉妬のコメントを量産する。
これこれこれ!
どうだ女共、オスに可愛さで負けてメスのプライドズタズタかぁ?
あーーー、マジで楽しい、生きてて良かった。
やっぱこれだよこれ。
女よりも可愛くて、同性に興味ないって言ってるのに男からアプローチを受けるこの優越感……最高だ。
知らない男どもからチヤホヤされるの、マジ最高!
『下着はどんなのですか!』
『見たい!』
『金投げますから見せて下さい!』
「残念だけど下着は男物だから見せれないかな……アハハ」
妹の服を勝手に使ってるけど、流石に下着は超えちゃいけない一線だと思う。
これでもし、もし下着に手を出してしまって、女物の下着がクセになった日にはもう、ね?
『その可愛さから男物の下着がもうエロい』
『男同士なんだから見せろよ!』
『男の下着見たい男ばっかじゃん』
『なお↑は男から興味を持たれない芋女定期』
しかしこの男物でも需要あんのか……うーん。
今度スカートをたくし上げて……いやいや、それは流石にライン超えだろうし……でも……。
俺が少し考えていると、スマホから警告音として設定した音楽が流れ出した。
この音は玄関の扉が開くと流れるようにしている……そして両親は海外に行ってて居ないから、妹が帰ってきた合図っ!
やばいやばいやばい!
妹の服を勝手に着て配信してる姿を見られたら……父さんと母さんにチクられて……ああああ!
それだけは、それだけは何とか阻止せねば!
「ちょっと今日は中止! またやるときはツイッポーで言うから!」
色々とコメントが付く中、急いでパソコンの電源を落とす。
そして着替えを……。
「ねぇおにぃ〜カワイイカワイイ妹が帰ってきたんだから出迎えとかしない訳〜?」
俺の妹、結元ゆいの声がする。
カワイイカワイイ妹だと?
俺の方がカワイイもんね!
と、言いたいが流石は血の繋がった妹、俺に似ていてかなり可愛い。
だが顔にまだ幼さが残っているし、性格はキツイ。
体は女らしくない貧相な感じで……フッ、俺の方がメスとしては上だな。
まぁオスなんだけど。
「お前が前に出迎えたらキモいって言ったから止めたんだよ!」
さて、着替えないとまずいな。
二階にある俺の部屋まで玄関からだいたい30秒ってとこだ、間に合う、まだ間に合う。
落ち着いてゆっくり慎重に脱ぐんだぞ、また妹の服をダメにして買う羽目になるのは嫌だろ、俺。
「も〜、だからって誠意を見せる行動は止めちゃだめだよ。ほらほら、妹ちゃんに嫌われちゃうぞ〜、降りてこ〜い!」
しびれを切らしたのか階段を登る音がする。
妹が階段を登る度、俺は断頭台にゆっくりと近づくような思いで……って、ワンピの背中のファスナーに手が回らねぇ!
着るときは出来たのに、クソ!
「む〜し〜す〜る〜な〜!」
やばいって! もう来ちゃうよ、扉の先にいるって!
落ち着け、今の俺の姿を見たら妹はどう思う?
昨日洗濯機に入れたはずの妹のワンピを兄が着ていて、ウイッグを付けている。
これを見たら……うん、やっぱりダメだ。
「い、今から降りるよ」
「もうお兄の部屋の前にいるから、妹を出迎えさせてあげましょう!」
一瞬、ほんの一瞬扉が開き、俺は何とか背中で扉を締めた。
体育が得意ってわけでもない俺だが、この時の動きは素早く、押し返されないように体重を扉にかけてしっかり抑える事ができた、えらい!
「ちょ! 開けてよおにぃ!」
体格はほぼ互角。
体育が得意って事と体力があるって事を考えれば俺の方が不利だが……ここで今の姿を見られる訳にはいかない!
「待って、あと十秒でいいからまって! あとお前から入ってきたら出迎えるとかじゃないから!」
……しまった、なんて俺は馬鹿なんだ。
背中で扉を押さえてるから背中のファスナーに手が回らないじゃん!
つーか妹よ、そんなに俺の部屋に突入しようとすんな!
「はいはい、じゃあ数えまーす。いーち、にーい」
よし、今のうちに着替えるぞ。
十秒あればいける、腕に勢いをつけてファスナーをつかんで服を脱ぐ。
次に脱いだ服を丸めて開きっぱなしの押入れに放り込む。
最後になに食わぬ顔で妹の対応をする。
完璧なプラン!
しくじるなよ結元ゆいと。
ここが、俺の関ヶ原だ!
扉を押す力が無くなったのを背中で感じて、その一瞬で少し背中を扉から浮かせてファスナーを掴み、急いで降ろす。
よし、脱ぐのは完璧だ。
このままこれを押入れに……。
「まーだー?」
「まだダメだっての!」
「そんな必死に……なんかゴソゴソうるさいし……はっ! 普段一人きりになれない年頃の男が家に一人……あっ……つまり……そう、だよね」
何を言っているか全くわからないが、押す力が弱まった!
今がチャンスだ、死ぬ気で脱げ!
「気が利かなくてごめんね! ……15分ぐらいあれば大丈夫かな」
あと少し、あと少しで脱げる!
「駅前のケーキ屋に行ってくるね、おにぃの大好きなモンブランも買ってきてあげる」
ナイスだ妹よ!
多分恐らくいいや絶対に勘違いしてるけれど、この姿を見られるよりは全然いい!
「後で金払うから頼んだぞ」
「うん! それじゃあ行ってきまーす!」
足音が部屋から離れて行き、玄関の扉が開く音がする。
耐えた……ふぅ。
「生き残ったな……俺」
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