第19話 統合

訓練開始のサイレンと同時にネズミが爆ぜた。


いや、正確にはネズミじゃない。スパークラットだ。

体長30センチほどの、電気を帯びた凶暴なネズミ型モンスター。

それが、どこからともなく20体近く、俺とカレンが立つ訓練フィールドに雪崩れ込んできたのだ!


「なっ……!?」

「これは訓練じゃないわ!」


昨日、三枝サクラに言われた通り、俺とカレンは今日から特別コーチによる集中訓練を受けることになっていた。

場所は、学園の地下にある広大なバーチャル訓練施設。

現れたのは、雷光を纏う鎧を身に着けた、見るからに強そうな男――雷撃騎士リクトと名乗った。

そのリクトが、開始の合図と共に「まずは肩慣らしだ」とか言って、このネズミどもをけしかけてきたらしい。肩慣らしのレベルじゃねぇぞ、これ!


ピコン。

HUDに表示される統合までのカウントダウン。

〈 WARNING: フギン&ムニン統合シーケンス開始まで 残り 06:40:00 〉


「チィッ!」

俺はサバイバルナイフを構え、スパークラットの群れに突っ込もうとした。

だが、昨日セツナに斬られた右肩の紫傷が、ズキンと痛む。

動きが、一瞬鈍る。


その隙を見逃すスパークラットではない。

数匹が、俺の足元に噛みつこうと飛びかかってきた!


「させないわ!」

カレンが、俺の前に割り込み、細剣を薙ぎ払う。

剣先に宿った雷光が、スパークラットたちを弾き飛ばす。雷刃ってやつか!


「助かった、カレン!」

「油断しないで、イズナ!」


俺たちは背中合わせになり、次々と襲い来るネズミの群れを捌いていく。

カレンの雷撃が敵の動きを止め、俺がナイフでとどめを刺す。連携は悪くない。


数分後。

20体近くいたスパークラットは、全て床に転がっていた。


『戦闘終了。獲得経験値、+5,000EXP』

フギンの報告。まずまずの稼ぎだ。


《学習槽 EXP 104,200 / 120,000 》


「……ほう。なかなかやるじゃないか、二人とも」

いつの間にか、リクトが腕を組んで俺たちの前に立っていた。

「だが、今のままでは話にならん。お前たちには、圧倒的に『経験』が足りん」


リクトは、ニヤリと笑うと、訓練フィールドの設定を変更した。

目の前に、巨大なホログラムのゴーレムが出現する。

「制限時間は30分! あのゴーレムを、可能な限り多く、そして速く倒せ! 目標は……そうだな、15体だ!」


30分で、15体!? 無茶だろ!


「コンボを意識しろ! 一つの攻撃で終わらせるな! 連携で、手数で、速度で、敵を圧倒しろ!」

リクトの檄が飛ぶ。


「どうする、イズナ?」

カレンが、俺に尋ねる。


俺は、脳内でフギンとムニンに指示を出す。

『ホログラムゴーレムのデータを解析。弱点と行動パターンを割り出せ。それに基づいて、俺とカレンの連携で、最大効率で倒せるコンボパターンを構築しろ!』


『了解。解析開始……完了。推奨コンボパターンを提示します』

『マスターの虹オーラで壁を作り、カレンさんの雷撃を反射・増幅させて、ゴーレムのコアに集中砲火! その後、マスターが突撃してフィニッシュ! 』


いいね、面白い!


「カレン、俺の指示に合わせてくれ!」

俺は、虹色のオーラを放出し、ゴーレムの周囲に光の壁を複数枚形成する。

「今だ! あの壁に、雷撃を!」


「ええ! "ライトニング・ショット"!!」

カレンが放った雷の矢は、俺が作った虹色の壁に次々と反射し、角度を変え、威力を増しながら、ホログラムゴーレムの胸部コアに殺到した!


ドガガガガ!!!


ゴーレムが怯んだ瞬間、俺は虹壁を蹴って加速し、コア目掛けて《彩識刃》を叩き込む!

粉砕!


『ホログラムゴーレム撃破。獲得経験値、+1,500EXP』

よし! これを繰り返せば……!


それから30分間。

俺とカレンは、リクトの指導とフギン&ムニンのサポートを受けながら、

ひたすらホログラムゴーレムを狩り続けた。

稲妻が乱れ飛び、虹色の刃が閃く。

最初はぎこちなかった連携も、次第に洗練されていく。


そして――


『目標達成。15体討伐!累計獲得経験値、+15,000EXP』


《学習槽 EXP 119,200 / 120,000 》

カンストまで、あとわずか800!


ピコン。

HUDのカウントダウン。

〈 WARNING: フギン&ムニン統合シーケンス開始まで 残り 05:55:00 〉

統合が、刻一刻と近づいてくる……。


──


「……上出来だ。短時間でよくここまで――」

リクトが、俺たちの成長を認めようとした、その瞬間。


バツンッ!


訓練フィールドの照明が一斉に消え、辺りが完全な暗闇に包まれた。


次の瞬間、暗闇の中に、赤い単眼が三つ、浮かび上がった。

そして、その単眼を持つ、黒い球体型のドローンが、実体を持って俺たちに襲いかかってきた!

ホログラムじゃない。本物の、殺傷能力を持った兵器だ!


シュン! シュン! シュン!

ドローンから、実弾が発射される!

俺とカレンは、咄嗟に床に伏せる。


「くそっ! どこから!?」

一体何なんだ!?


『マスター、おそらくVOIDの特殊転送技術です! 警戒を!』


ズキン!!!

セツナに斬られた右肩の紫傷が、激しく痛む。

まるで、セツナの存在に呼応するかのように。

HPゲージが、急速に減少していく! 残り20%……赤点滅だ!


「イズナ! 大丈夫!?」

カレンが叫ぶ。


ピコン! ピコン! ピコン!


HUDのカウントダウン表示が、狂ったように明滅を始めた!

数字が、ありえない速度で減少していく!


〈 ERROR! ERROR! 外部からの強制的干渉を確認! 安全プロトコル無視! 統合シーケンスを強制加速します! 〉

〈 残り 04:00:00 ⇒ 02:00:00 ⇒ 01:00:00 ⇒ 00:10:00 …… 〉


なんだこれ!? カウントダウンが、一気に進んでる!?

このままじゃ、数分……いや、数十秒でゼロになる!


ブラックアイ・ドローンが、俺目掛けてレーザーを照射してくる!

まずい、避けきれない!


──


『マスター! 安全条件は完全に破壊されました! 緊急統合を提案します! このままでは、統合前にあなたが消滅する可能性大です!』

フギンの悲痛な声。


脳内に、フギンとムニンのウィンドウが重なり合うように表示される。

その中央には、シンプルな選択肢。


〈 統合を開始しますか? Y / N 〉


緊急統合……?

今、ここで、統合するのか?

こんな、最悪の状況で?


ドローンのレーザーが、俺のすぐ側を掠める。

熱風で、髪が焦げる匂いがした。


もう、迷ってる時間はない!


「……やってやるよ!」

俺は、心の中で叫んだ。

「Yだ! 俺は、全部守り抜くって決めたんだ!!」


俺が承認した瞬間。


ゴオオオオオオオオオオ!!!!


俺の体から、今までとは比較にならないほど強烈な、虹色の光の柱が天を突いた!

訓練フィールド全体が、眩い光に包まれる。

空間が歪み、無数の虹色の数式や幾何学模様が、俺の周囲を高速で駆け巡る!

脳内に、膨大な情報データが、洪水のように流れ込んでくる!


『統合シーケンス、最終段階へ移行……!』

『マスター、しっかり掴まっててね! ちょっと揺れるよー!』

フギンとムニンの声が、混ざり合い、一つの声になっていく。


そして――。


《叡智之父 《オーディン》、起動》


落ち着いた、それでいて威厳のある、新たな声が、俺の脳内に響き渡った。

目の前のHUDが一新され、より洗練されたデザインに変わる。


その時、ブラックアイ・ドローンの一機が、俺の頭上からレーザーを放った。

絶体絶命――のはずだった。


『――0.08秒先、右へ半歩。回避可能』

オーディンの、冷静な声。


俺は、その声に従い、無意識に右へ半歩ずれる。

刹那、俺がいた場所にレーザーが着弾し、床を抉った。


……未来視?

いや、それ以上の何か……。


「……すげぇ」


俺は、右手にサバイバルナイフを、左手にはカレンの細剣(いつの間にか拾ってた)を構えた。

二つの武器に、俺の虹オーラと、カレンの雷オーラが、それぞれ流れ込む。


『二つの力を、ベクトル合成。一点に収束させ、破壊力を最大化します』

オーディンのナビゲート。


俺は、オーディンが示した最適解に従い、二つの剣をクロスさせるように振り抜いた!


「《プリズムブレイカー・改》」


虹と雷の力が融合し、凄まじい破壊光線となって、三機のブラックアイ・ドローンを正確に貫いた!

ドローンは、一瞬で爆散し、鉄屑と化した。


ピコン。


〈 フギン&ムニン統合完了 00:00:00 〉

〈 新規パッシブスキル獲得:《並列思考×未来予測》〉

〈 《学習槽 EXP 120,000 / 120,000 - MAX 》〉

〈 スキル《無限進化》に呼応し、《彩識之芽》が新たな段階へ昇華します……〉


俺の手の甲の紋章が、ひときわ強く輝き、虹色の中に金色の光が加わった。


──


「……イズナ……?」

カレンが、呆然と俺を見つめている。

リクトも、驚愕の表情を隠せない。


『マスター。中層ゲート付近に、複数の覚醒者の反応を確認。おそらく、VOIDの別動隊です。ゲート侵攻まで、残り3時間と予測されます』

オーディンが、淡々と新たな脅威を告げる。


中層ゲート……VOID……。

休む暇もなさそうだな、こりゃ。


「……行くか、カレン」

俺は、カレンに視線を向ける。


「ええ!」

カレンも、力強く頷いた。


俺とカレンは、互いの拳を、ゴツンと突き合わせた。

新たな力が、新たな脅威が、俺たちを待ち受けている。

上等だ。全部まとめて、迎え撃ってやる!

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