虹色覚醒者は無限に進化する ~世界初の虹色覚醒箱を開けたけど、地味すぎる? いえ、実は無限に強くなれるチートスキルです!妹たちのために、俺はこの力で成り上がる~

九葉(くずは)

【第一章 覚醒の芽吹き】

第1話 虹色の箱と、最低で最高の始まり

2039年4月1日。午前5時12分。


春だっていうのに、夜明け前の空気はまだナイフみたいに冷たい。

俺、八雲やくも イズナは、くたびれたクロスバイクのペダルを漕ぎながら、どんよりと濁った空を見上げた。


新聞配達のバイト帰り。

指先はかじかんでるし、眠気はピークだし。

正直、今すぐベッドにダイブしたい。


遠く、東京湾の向こうに、巨大なリングが見える。

『ゲート・ゼロ』。

五年前、突如として空に開いた、異世界ダンジョンへの入り口だ。


最初はパニックだった世界も、今じゃすっかり慣れたもん。

ゲートから漏れ出す魔力――マナを利用した新エネルギーとか、ダンジョンから持ち帰る素材を使った新産業とか。

世界はダンジョンを中心に回ってる、って言っても過言じゃない。


そして、5年前の今日、4月1日。

世界中で起こった『覚醒箱アウェイク・ボックス事件』。

空から無数の箱が、文字通り雨みたいに降ってきて、それに触れた人間が『覚醒者』になった。

超常的なスキルやステータスを手に入れて、ダンジョンに潜れるようになったんだ。


……まぁ、俺ん家には、一つも落ちてこなかったけどな。

当然のように。


屋根もないボロアパートだ。雨漏りならしょっちゅうだけど。

笑えねぇ。


早く帰って、妹たちの朝飯作らないと。

両親はもういない。俺と、病気のユイ、元気なヒナの三人暮らしだ。


──


「……ったく、このカラス野郎!」


波止場のベンチで、コンビニで買った半額のクリームパンを食おうとしたら、横から黒い影がひったくっていった。

マジか、俺の貴重なカロリー源が!


「待てコラァ! それ俺の朝飯!」


カラスと俺の、熾烈なパン争奪戦が始まる。

低空飛行で逃げるカラスを、俺は必死で追いかける。みっともねぇのなんの。


追い詰めた! と思った瞬間、カラスはパンをポイッと海に落として、嘲笑うかのように「カァ!」と鳴いて飛び去った。


「あ゛あ゛あ゛……俺の……半額パン……」


膝から崩れ落ちそうになるのを、なんとか堪える。

プカプカと無情に浮かぶパンの袋。切ない。


その時だった。


視界の端で、何かがキラリと光った。

海面が、まるでプリズムみたいに虹色に輝いている。


「……なんだ、あれ?」


目を凝らす。

光の中心には、箱があった。

一辺30センチくらいの立方体。


色は……虹色?

いや、見たことない。

覚醒者庁が発表している既知の箱の色は、黒、白、赤、青、緑、金、銀。

そのどれでもない。

七色の光が、まるで生きているみたいに表面を揺らめいている。


『未確認の覚醒箱を発見した場合、絶対に触れず、速やかに覚醒者庁に通報してください。極めて危険な可能性があります』


スマホに叩き込まれた緊急アラートが、脳内で再生される。

危険、か。

そりゃそうだろうな。

覚醒箱にはハズレがあり、死亡事故のニュースも嫌というほど見た。


でも……。


『……お兄ちゃん、ごめんね……また、お金……』


病院のベッドで、消え入りそうな声で謝るユイの顔がフラッシュバックする。

妹のユイは、原因不明の難病で入院している。

治療には莫大な金がかかる。俺のバイト代じゃ、焼け石に水だ。

手術をすれば助かるかもしれない、と医者は言う。

でも、その費用が、今の俺にはどうしようもない壁として立ちはだかっている。


――危険? 上等じゃねぇか。


俺は迷わず、着ていたバイト先のジャンパーを脱ぎ捨てた。

海はまだ、間違いなく冷たい。

でも、飛び込むしかなかった。


ザブン!


「……ッ! 冷てぇ!!」


予想以上の冷たさに、心臓が縮み上がる。

おまけに俺、泳ぎはド下手くそなんだよな。カナヅチに近い。


バシャバシャともがきながら、必死で箱を目指す。

息が苦しい。手足が痺れて、感覚がなくなっていく。

ヤバい、マジでヤバいかも、?


それでも、手を伸ばす。

あと少し。

あと、もう少し……!


指先が、虹色の箱に触れた。


瞬間、ズシリとした『何か』を感じた。

重さじゃない。温度でもない。

ただ、その『色』だけが、やけに重く感じた。


箱をしっかりと抱え、残る力を振り絞って岸壁にしがみつく。

息も絶え絶えだ。

ハァッ、ハァッ、と荒い呼吸を繰り返す。


「……取った、ぞ……」


岸に転がり上がり、濡れた体に震えながら箱を見つめる。

すると、箱の上面が、まるで自動ドアみたいにスッと音もなく開いた。


中から溢れ出したのは――強烈な虹色の光。


うわっ、と目をつぶる。

光は数秒間、俺の全身を包み込んだ後、すっと消えた。


目の前に、半透明のウインドウが現れた。

ゲームのステータス画面みたいなやつだ。


《スキルが付与されました》

《スキル:《彩識之芽(グラディエンス)》を獲得しました》

《スキル:《学習槽(ラーニング・スロット)》を獲得しました》

《基本耐性が向上しました(全属性耐性 +10%)》


八雲 イズナ


レベル: 1

HP: 80/80

MP: 30/30

筋力: 7

耐久: 8

敏捷: 9

魔力: 3

器用: 12


スキル:

彩識之芽グラディエンス》 - 効果不明。色の情報を認識し、成長の糧とする可能性を秘めた原初の芽。

学習槽ラーニング・スロット》 - 経験値貯蔵領域。現在値:0 / 最大値:100,000


耐性:

全属性耐性 +10%


「…………は?」


思わず声が漏れた。

《彩識之芽》……? なんだそりゃ、ポエムか?

効果不明って、おい。


《学習槽》ってのは、経験値を貯めるだけ? しかも最大値デカすぎだろ。


耐性+10%は、まぁ、ありがたい、のか…?

でも、攻撃スキルも、便利な移動スキルも、何もない。


「ゴミかよ……」


期待が大きかった分、落胆もでかい。

命がけで海に飛び込んだ結果が、これか……?


いや、待て。

拾い物に文句言う資格なんて、俺にはないんだった。

ゼロよりはマシだ。

どんなスキルでも、使い方次第かもしれない。


俺は自分に言い聞かせるように、呟いた。

「……うん、ゼロよりマシ。絶対そうだ」


負け惜しみ半分、本音半分。

でも、こうでも思わないとやってられない。


ふと気づくと、手の中にあったはずの虹色の箱が、霧のように掻き消えていた。

代わりに、左手の手の甲に、小さな虹色の紋章が刻まれている。

まるでタトゥーみたいだ。触っても凹凸はない。


その時、遠くに見えるゲート・ゼロの巨大なリングが、流星のように一筋、強く光った気がした。


ブブッ、とポケットのスマホが震える。

覚醒者庁からの新しい通知だ。


『緊急:未確認の“虹色の箱”への接触事例が報告されました。該当すると思われる方は、直ちに最寄りの覚醒者庁支部へ出頭してください。詳細な検査と保護を行います』


……出頭、か。

面倒だけど、行くしかないか。

覚醒者になったってことは、これで俺もダンジョンに潜れる……稼げる可能性があるってことだ。


「医療費の相談も……してやる」


病弱な妹の顔を思い浮かべ、俺は決意を新たにする。

この紋章が、このよく分からんスキルが、俺たちの希望になるかもしれないんだ。


立ち上がり、濡れた服のまま、家路につこうとした、その時。


──


俺がいた場所から少し離れた、別の桟橋。

そこには、一人の男が立っていた。

年の頃は俺と同じくらいか、少し上か。

黒いフードを目深にかぶり、その顔はよく見えない。


男の手には、禍々しい紫色の光を放つ箱が抱えられていた。

その箱もまた、既知の色にはない、異質なものだった。


男は、俺が立ち去った方向をじっと見つめ、その口元に、歪んだ笑みを浮かべていた。


もちろん、俺はそんな男の存在に、気づくはずもなかった。

ただ、家族の待つ家へと、足を急がせるだけだった。

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