【完結】昏い目の戦士
冥界焔つむぎ
第一部 闇の亡魂
第1話 昏い目の戦士 (1/10)
# 昏い目の戦士
酒場の闇。
ロウエン、昏い目の戦士。
過去は灰、魂は錆びる。
赤い空が吠える時、運命が牙を剥く。
男は立つか、沈むか。
『昏い目の戦士』――今、戦場が目を覚ます。
## 砕けた魂
街の外れ、煤けた酒場の片隅にロウエンはいた。
無精ひげに覆われた顔、擦り切れた革の外套、そして何よりも目を引くのは、その昏い目だ。
まるで光を飲み込むような、深い淵のような瞳。
ロウエンはかつて王国の英雄だった。
十年前、魔獣の群れとの戦いで彼が率いた部隊は全滅し、彼だけが生き残った。
だが、生き残ったというより、死に損なっただけだ。
信頼、希望、誇り――すべてはあの戦場で灰と化した。ロウエンは寡黙だった。
酒をあおり、誰とも目を合わせず、時間を潰す。
街の人々は彼を避けた。
かつての英雄は、今やただの落ちぶれた男。
誰もが彼を忘れようとしていた。
## 血の予兆
ある日、街の空が赤く染まった。
遠くの山脈から黒い煙が立ち上り、地響きが響く。
古の封印が解け、魔王ゼルガドンが復活したのだ。
ゼルガドンは世界を滅ぼす力を持つとされ、その軍勢は無数の魔物と闇に染まった戦士たちで構成されていた。
街は恐怖に包まれた。
衛兵は逃げ惑い、人々は祈るか震えるばかりだった。ロウエンは酒場でその話を聞いた。
怯える客たちの声、すすり泣く子供、祈りを捧げる老婆。
だが、彼は動かなかった。
杯を傾け、目を閉じた。
「俺には関係ない」
それでも、何かが違った。
窓の外、赤い空は十年前の戦場を思い起こさせた。
血と炎の色。
ロウエンは立ち上がり、ふらりと外へ出た。
誰かに頼まれたわけではない。
感謝されたいわけでもなかった。
ただ、ふとした気まぐれ――胸の奥でくすぶる微かな炎が、彼の足を動かした。
## 鉄の覚悟
ロウエンは古びた鎧をまとい、錆びた剣を手に、たった一人でゼルガドンの砦へ向かった。
街の人々は彼の背中を見送ったが、誰も声をかけなかった。
まるで幽霊が歩いているかのように、ただ静かに見つめるだけだった。砦に近づくと、魔物の咆哮が空気を震わせた。
ロウエンは無言で剣を握り、戦場へ踏み込んだ。
そこは地獄だった。
無数の魔物が群がり、闇の戦士たちが嘲笑を響かせる。
だが、ロウエンは怯まなかった。
昏い目には、かつての戦士の魂が宿っていた。剣が唸り、血と闇が舞った。
ロウエンは魔物を次々と斬り倒し、軍勢を切り裂いた。
一人で戦いながら、彼は過去の自分と向き合っているようだった。
失敗、喪失、絶望――すべてを剣に込めて振り下ろした。
敵は数で圧倒していたが、ロウエンの戦いは嵐のようだった。
砦の門が崩れ、ゼルガドンの玉座への道が開かれた。
「まだ…やれる…」
傷だらけの体は限界に近かったが、彼は進んだ。
## 黒い影
ゼルガドンの軍勢の奥から、一人の戦士が現れた。
黒い甲冑に身を包み、顔は兜に隠されている。
ロウエンはその姿をただの強敵としか見なかった。
敵は無言で剣を構え、驚くべき速さで襲いかかってきた。二人の剣が交錯し、火花が散った。
ロウエンは全力を尽くしたが、敵の動きは鋭く、攻撃は的確で、防御は隙がない。
ロウエンの剣技は通用せず、次第に押され始めた。
「誰だ…お前は…」
敵は無言。
兜の奥の目は冷たく、ただロウエンを見つめるだけだった。戦いは一進一退だったが、突如、敵の刃がロウエンの脇腹を切り裂いた。
血が噴き、痛みに膝が揺れる。
そこから形勢は一気に逆転した。
敵は容赦なく攻め立て、ロウエンの防御を崩していった。
肩を、腕を、太ももを――次々と剣が肉を裂いた。ロウエンは必死に耐えたが、体は限界を超えていた。
敵の攻撃はまるで終わらない嵐のようだった。
ついに彼は膝をつき、剣を地面に突き立てて倒れまいと耐えた。
## 逆襲の火花
ロウエンは地面に膝をつきながら、敵の剣を見据えた。
体は傷だらけ、息は荒いが、昏い目にはまだ炎が宿っていた。
敵の刃が再び振り下ろされる瞬間、ロウエンはその動きを読み切った。
剣をわずかにずらし、敵の攻撃を弾き返した。
金属がぶつかる甲高い音が戦場に響く。
「まだだ…!」
彼は立ち上がった。
敵の次の突きをかわし、剣を振り上げて反撃。
刃が敵の甲冑をかすめ、初めて相手を後退させた。
ロウエンの動きは再び鋭さを取り戻し、一進一退の戦いが再開した。
敵の攻撃は依然として猛烈だったが、ロウエンはそのリズムを捉え、隙を突いて応戦した。だが、その瞬間、胸に奇妙な感覚が走った。
敵の剣の動き――その流れるような一撃、刃を引く角度――どこかで見たような気がした。
記憶の奥で何かが疼くが、それが何なのか掴めなかった。
ただの錯覚か、戦いの熱か。
ロウエンはその思いを振り切り、戦いに集中した。しかし、敵は再び動きを変えた。
反撃を冷たく見切り、一瞬の隙に剣を振り下ろす。
刃がロウエンの胸をかすめ、鮮血が舞った。
勢いは再び敵に傾き、ロウエンは後退を強いられた。
## 砕かれた光
戦いの最中、目にあるものが映った。
敵の剣の柄に巻かれた古びた布――そこに縫い込まれた小さな刺繍。
双頭の狼。
それは十年前、互いの剣に施した誓いの証だった。
誰とも共有せぬはずの印。
心臓が締め付けられた。
「カイル…?」
兜に隠れた顔は依然として見えない。
だが、その刺繍がすべてを確信に変えた。
敵はカイルだった。
十年前、共に戦い、死んだはずの戦友。
「生きていたのか…なぜ…」
カイルは無言のまま、ただ剣を振り下ろした。
その動きには感情がなく、ただ敵を排除する冷たさだけがあった。だが、さらなる絶望が襲った。
カイルが生きていたなら、十年前の戦いで背負った罪――部隊を全滅させ、戦友を見殺しにしたという自責――は、もっと深い闇を孕んでいた。
カイルを救えたかもしれない。
あの日、もっと早く動いていれば、もっと強く戦っていれば、カイルは今ここで敵として立つことはなかったかもしれない。
心は砕けた。
過去の失敗が、戦友の裏切りが、そして自らの無力が、奈落の底へ突き落とした。
「ハハハ…だめだこりゃ」
笑い声はすぐに嗚咽に変わり、力尽きたように地面に崩れ落ちた。
## 滅びの咆哮
カイルは立ち止まらず、ロウエンを執拗に痛めつけた。
剣で浅く切りつけ、拳で殴り、足で踏みつけた。
血が飛び散り、骨が軋む。
魔物たちが哄笑し、戦場は屈辱の舞台と化した。
カイルの攻撃は容赦なく、まるでロウエンを完全に叩き潰すまで終わらないかのようだった。
「お前…なぜ…」
カイルは答えず、ただ蹴りつけた。
ロウエンは血と泥にまみれ、這うことすらできなくなった。
意識が遠のき、痛みすら麻痺していく。
その時、ゼルガドンが立ち上がった。
巨大な影が天を覆い、世界を滅ぼす一撃が放たれようとしていた。
黒い光が空を裂き、すべての希望を飲み込もうとした。
視界は暗くなり、死がすぐそこまで迫っていた。
だが、その瞬間、声が聞こえた。
低く、静かで、しかし魂を揺さぶるような声。
「時は来た。それだけだ」
(続く)
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