「これはきっと、続かない物語」
☁︎
冬
それは、ある放課後の教室。
それは、ある夏休みの部屋。
それは、ある卒業式の校舎裏。
いつも、その音は私を捉えて離さない。
儚くて、切なくて、力強くて、偽善的で、独りよがりで。そんなメロディーが、私は大好きだった。そのメロディーの上で私の言葉が踊る様も、何だか背徳的で、神秘的で、嬉しかった。
私は世界に認められない。そして彼女は認められようとしない。私は彼女だけの言葉で、彼女は私だけの音。そんな共依存のような、それでいてもっと美しい何かが、私たちの間にははっきりとある。
「…ねえ、詩。次の曲は何がいい?」
机に突っ伏して、夕日に目を細めながらそう問いかける。目の前に座る黒髪の少女が、手元のノートパソコンから少しだけ視線を上げた。
「何でも良いよ。澪の書く歌詞だったら、何でも最高の曲にするから」
表情筋を微動だにさせず、でも明確に告げられた好意に、私は嬉しくて頬が上気するのが分かる。にやける頬を腕で隠しながら、私はまた問いを投げる。
「ネットとかに投稿しないの?」
「うん。私は、澪に聞いてもらえればそれで十分だから」
そう淡々と話す間も、彼女の手はキーボードを叩いている。打ち込み式の音楽作業アプリ、と初めて聞いた時には、大層感心したものだ。
「そういう澪こそ」
不意に詩が話を振ってくる。
「小説の方は捗ってるの? 澪の文はすごいから、新人賞とか出せばいいと思うんだけど」
彼女がつらつらと述べる言葉に、私はんー、と唸る。もちろん趣味から昇華しようとしている小説はちゃんと書き進めている。でもまだ、職業にできるような完成度ではない。
_私には、才能がないから。
詩は私の文を良いと思ってくれているようだけど、私はまだ自信を持てていなかった。
「私も、詩の曲の歌詞が書ければそれで良いかな」
そう言って、彼女の言葉に便乗して上手くかわす。才能に溢れ、音楽に愛された詩には到底及ばないことを、私は誰よりも知っている。
「そっか」
私の言葉に、詩がほんの少しだけ満足げに微笑んだ。
多分彼女は、私も彼女と同じ気持ちでその言葉を口にしたと思っている。そう信じている。きっと彼女は、私がどうしようもない敗北感を背徳感で塗り潰していることを知らない。
「ねぇ、ここのメロディー、どうかな」
そう言って、詩は片耳にはめていたイヤホンを私に差し出した。それを受け取って私の耳にはめると、ほんの少し残っていた温もりに気づいて恥ずかしくなってしまう。
「流すよ」
その言葉と共に、詩が端のキーを叩く。途端、華やかな音の洪水が溢れ出した。
「…わぁ…!」
思わず、感嘆の声が漏れる。明るくて、キラキラしてて、でもほんの少しだけ寂しくて。私が大好きな、最高の音楽の世界がそこにある。
半音で下がる癖や、実際演奏するとなると指がもげてしまいそうなピアノのメロディーも、全部私は知っている。私の好きな曲を作ってるんじゃなくて、私の好きな曲が詩の曲だった。
「良いね良いね! 特にサビの直前にふっと消えるアレ! あれほんとに好きなんだよねぇ」
音楽とは実に形容し難い。専門用語なんて私が知るはずもないし、かと言って私程度の辞書じゃ擬音くらいしか出てこない。でも詩は分かってくれる。何か不思議なもので伝わる、そんな気がした。
「あーあれね。私も好きなんだよね、よく使っちゃう」
ネットでは初歩的なごまかし技術だって言われてたけど、かっこいいから良いよね。そう言ってはにかむ詩に、あぁ可愛いなぁと素直な気持ちが膨らむ。きっと私は今、恋をしている。
「好きだよ」
試しに、半分ふざけて言ってみる。詩は一瞬驚いた顔をして、また笑う。
「良かった。なら、これからも良い感じに使おうっと」
ほら、伝わらない。だってこれは、誤解に誤魔化しと嘘を重ねた、空っぽの恋心。きっとこれは偽物で、でもそれでも満たされていると錯覚してしまっているから。初めて私を必要としてくれた彼女を、手放したくないだけだから。
「うん、よろしくね」
今はこれで良い。これだけで良い。これ以上を、きっとまだ望んではいけない。だから私は探し続ける。この心の名前を、私だけの歌姫が歌い終わるまで。
「さーて、新しいの書くかな」
私は無理やり顔を歪めて、ノートと鉛筆を手に取った。
そう。これはきっと、
。
「これはきっと、続かない物語」 ☁︎ @kumori-0401
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