勝者と敗者

小田

暇つぶしにどうぞ

 中学3年の春、俺は今後一切学校に登校することはないという覚悟とともに、クラスで幅を利かせている男子の顔面を殴り続けた。


 そいつが反撃する暇を与えることなく、無心でそいつの人生が終わったと感じさせるために顔面を修復不可能なレベルにしてやろうと思った。


 クラスでトップカーストに居座っているとはいえ、取り巻きの連中はそいつに大して執着していないのが丸わかりだったので、仲間が反撃してくることはないという俺の予想も的中した。


 幸運の女神に愛された俺は、殴りつづけていくうちにそいつの意識が消えかかっていくのをひとごとのように眺めていた。


 あとから聞いた話では、そいつはそれ以来学校に来なくなったという。そいつの親からなんらかしらの賠償などを求められる危険もあったが、大して親からも愛されていない男だったらしく、そういったアクションは起こされなかった。


「おまえ、まるできちがいみたいだったよ」


 軽く笑いながらそう当時の感想を述べた、同じクラスで唯一話していた男子・笹川ささがわ


 笹川も俺と同じでぼっちだったが、俺のように虐めの対象になることはなかった。


 というのも、俺が虐めのターゲットになったのは、クラスの女子・百合園ゆりぞのと話しているところをあいつらに見つかったからだった。


 生意気と認定され、もう今後一切百合園と喋るなと釘を刺された瞬間に、俺は一言言ってやったのだ。


「なんでおまえなんかの言うこと聞かなきゃならないんだよ」




「にしても、黒瀬くろせのやつ、仲間にも見捨てられて高校にも通ってないらしいぜ。まじ鬼畜だな、おまえ」


 黒瀬とは、顔面が化け物になった哀れな男の名前だ。


「しるかよ。俺だって百合園との関係を断ち切って中学にも行かなかったんだから、おあいこだろ」


「でもおまえ、高校はちゃんと通ってるって聞いたぜ?」


「なんでそれをおまえが知ってるんだよ」


「俺、高校デビューに成功して友人の伝手で聞いたんだよ」


「は?笹川おまえまじで言ってんの?」


「おまえのそのナチュラルに人を見下した態度、がちでムカつくな。

 前からそんなんだったっけ?」


「前からこんなだよ」


「嘘だろ。おまえ前はもっとこう、事なかれ主義っていうか、仲間を作ることよりも敵を作らないことを優先するようなやつだっただろ。

 やっぱり黒瀬を人生から退場させて変わったなあ」


「おまえこそ、高校デビューしてはっきり口に出すようになったじゃねえか。

 前は教室の隅で小説ばっか読んでたくせによ」


「あ、そのこと言うの忘れてたわ。実は俺、ネットに上げてた小説が編集者の目に留まったみたいでよ。

 今度本を出版してみないかって打診が来たんだよ」


 笹川の妄言に、俺は呆れた。


「おまえ、とうとう頭がおかしくなったのか」


「てめえに言われちゃしまいだな」


 そう言ったあと、笹川と俺は静かに笑い合った。




 笹川と最寄駅で偶然会い、そういった会話をラーメンチェーン店でしてから別れるとき、最後に言われた。


「そういえば百合園、おまえが学校に来なくなってから、クラスの男子と付き合いはじめたぜ」


「誰と?」


吉村よしむら


「だれだよ」


「はっ。まじか」


 そこで笹川は俺に背を向けて歩き出した。


 吉村とやらの顔を知るために連絡先を聞きたくなったが、笹川に自分から連絡先を聞くのは負けた気がしてやめた。


 時計を見ると、午後11時を回っていた。


 いくら大学受験に人生をかけるレベルで塾の自習室に篭っていたからといっても、これじゃ通り魔に襲われないとも限らなーー


 ドコッ!


「か、かーー」


 なんだ?


 突然背後から身体を貫く感触。全身が熱い。


「お、まえーー」


 全身をフル活動させて汗だくになりながら背後を見ると、顔面が崩壊した黒瀬の目が光っていた。


「は、ざまあみろ」


 そいつは手に握りしめた刃物で、俺の背中を貫いていた。


 無様に前から倒れる俺に、黒瀬は言った。


「さっさとくたばれ、クズ野郎」


「ゆ、許さね、え」


 俺のその言葉に、黒瀬は笑みを浮かべる。


 それが黒瀬が人生で浮かべる最後の笑顔であることを願う以外に、俺は何も出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勝者と敗者 小田 @Oda0417

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る