《灰の英雄と忘却の魔女》

taku

第1話 村の少年リアン、魔女エレナと出会う

 村の外れにある小さな家。朝の光が窓から差し込み、リアンは寝ぼけた目をこすりながら起き上がった。


 少年の名はリアン。十六歳になったばかりの彼は、村の中でも特に優れた力を持つと評判だったが、どこか不器用で無愛想なところがあり、人付き合いが苦手だった。


「リアン、起きなさい」


 母の声が聞こえてきた。彼は寝ぼけまなこでその声に反応し、重い体を起こして立ち上がった。


「うん、今起きるよ」


 彼はぐったりとした手で頭をかきながら、家の外に出る準備をする。家の中は静かで、母が何かを作っている気配がするが、リアンの頭の中はそれどころではなかった。


 最近、何度も夢の中で同じ景色を見る。どこか暗くて、深い森の中。そこで彼は、見たこともないような美しい女性と出会い、その目を見つめ合う。その夢がどうしてか、胸を苦しくさせるのだった。


「今日も仕事か……」


 リアンは、村の周辺の畑で作業をするのが日常だった。小さな村で、特に目立った役目があるわけではなかった。しかし、彼の体には不思議な力が宿っていることを、村人たちはよく知っていた。彼が物心ついたころから、力強く、大きな木を倒したり、重い荷物を簡単に運んだりすることができたからだ。


 だが、それはリアンにとっては呪いのようなものだった。何かと注目されることが嫌いで、できれば普通の少年として過ごしたかったのだ。


 その日もいつものように畑仕事が始まった。リアンは鋤を手に、黙々と作業をしていると、突然、村の外れから不気味な気配が漂ってきた。風が吹くたびに、木々がざわざわと音を立て、その音がだんだんと大きくなった。


 リアンは何も言わずに作業を続けたが、その気配は次第に強まっていった。どこかで誰かが見ているような、そんな感覚が胸を締め付ける。


「何だ、あれ……?」


 ふと、彼は視線を森の方に向けた。

 そこに、黒い影がひときわ大きく、そして異様な形で現れた。リアンの心臓が跳ねる。彼の目には、それがただの風のせいだとは思えなかった。


 その影は、ゆっくりと彼に近づいてきているようだった。


 ――近づいてくる。


 その瞬間、リアンの中に何かが沸き上がるのを感じた。それはただの恐れではなく、強烈な「衝動」だった。彼はその場を離れ、影が現れた場所へと足を向けてしまう。


 歩を進めるごとに、ますますその感覚は強くなる。おかしい、何もないはずの森の中に、誰かがいる。リアンはその不安を押し殺すように、足音を忍ばせて進んだ。


 しばらく歩くと、そこに現れたのは、一人の女性だった。


 彼女は、全身を黒いローブで覆っており、顔を隠している。その姿は、まるで夜の闇に溶け込むかのようだった。


「誰だ……?」


 リアンは思わず声をかけるが、その女性はゆっくりと顔を上げた。


 その顔は、リアンが見たことのない美しいもので、まるで月光のように淡い輝きを放っていた。目を見開くと、彼女の瞳は深い青色をしていて、その奥に何か秘められた力を感じさせるものがあった。


「あなたが、リアン・シャルノス……?」


 女性は、まるで彼の名前を知っているかのように尋ねた。リアンは驚き、思わず後ずさりする。


「え、ええ、そうですけど……あなたは一体……?」


 その言葉を聞いた女性は、少し微笑むと、ゆっくりと語り始めた。


「私はエレナ。魔女です」


 その言葉に、リアンは更に驚いた。魔女。普通、そんな存在に会うことはない。ましてや、こんな小さな村で。


「魔女……?」


「そう。私は、この世界の魔法を使いこなす者。あなたの力を見たとき、あなたが普通の人間ではないことに気づいた」


「僕の……力?」


 エレナの言葉に、リアンは自分の胸が少しだけ重くなるのを感じた。彼の持つ力は、確かに特別なもので、村ではその力を恐れる人もいた。しかし、リアン自身はそれをどう使っていいのか、いつも迷っていた。


「どうして、僕のことを?」


「それは、あなたがある運命を背負っているから。あなたには、誰かを守る力がある。その力が目覚める時、世界が変わるの」


「世界が……変わる?」


 リアンの心は、まだその言葉の意味を理解できなかった。しかし、どこかでその言葉が響いていた。


「あなたは、英雄になるべき存在よ。だが、その力を使いこなすためには、訓練が必要」


「訓練……」


 リアンはしばらく黙っていた。彼にはその力を使う覚悟があるのか、自分でも分からなかった。しかし、エレナの目に映る彼の姿は、彼がその運命に導かれていることを感じさせた。


「私と一緒に来なさい。これから、あなたが本当に力を使う時が来る。その時に、あなたはきっと、今の自分よりもずっと強くなれる」


 リアンは深く息をつき、エレナを見つめた。彼の心の中で、少しずつ覚悟が決まっていくのを感じた。


「分かった。行きます」


 その言葉とともに、リアンはエレナの後に続いて歩き出した。彼の中には、不安と期待が入り混じった感情が湧き上がっていた。


 そして、この日を境に、リアンの運命は大きく動き始めるのだった。彼が英雄となるための第一歩が、今、踏み出されたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る