祟り神さまの災愛なる花嫁

東堂 燦/角川文庫 キャラクター文芸

 婚礼の夜。

 暗闇に明かりをともすように、藤の花房が揺れている。

 樹齢千年は超えるという山藤からつくられた藤棚は、端が見えないほど広く、どこまでも続くようだった。

 十九歳になったばかりのかたしろは、あちらこちらに咲く藤を見あげる。

(こんな季節に咲く花ではないのに)

 山藤の盛りは、春のことだった。

 本日は冬至であり、間違っても花をつけるような時季ではなかった。

「この藤は、枯れることなく咲き続けているんだよ。ずっと」

 未砂は隣に立っている男を見た。

 背は高いものの、線は細く、きやしやな印象を受ける。

 男らしさとは無縁だったが、その代わり、雨にれた花のような雰囲気があった。つくりもののように整ったかおも、その憂いを帯びた美しさを引き立てる。

 ほうじよう

 このぼうの男が未砂のはんりよだと言っても、誰も信じてくれないだろう。

「知っている。神様の憎しみが消えないから、花が散らないんでしょう?」

「そう。俺たちの先祖の憎悪が終わらない限り、永遠に咲き続けるんだよ」

 藤の下には、はるか昔、非業の死を遂げた男が眠っている。

 愛する女に裏切られて、死後、たたりを引き起こすおんりようとなった。

 天災やきん流行はやり病など、数々の恐ろしいわざわいもたらして、たくさんの罪なき命を奪ってきたのだ。

 そのような怨霊を前にして、人がすべきことは、ただ一つ。

 未砂たちの生まれた《つきかげ》という島国には、いにしえより、怨霊を鎮めることで神としてきた歴史があるのだ。まつりあげることで、祟りを引き起こす怨霊から、恩恵を授けてくれる神とする。

 世に言うところの《祟り神》だった。

「宝条の一族は《祟り神》のおかげで繁栄してきた。すごいよね。数えきれないくらいの罪なき命を奪った怨霊。そんな人殺しの罪を償うどころか、自分たちの欲のために利用してきたんだ」

 亜樹の声からは何の温度も感じられなかった。

 自分たちの一族の発展は血塗られた歴史と共にあることを知りながらも、どこか他人ひとごとのようであった。

「利用してきたのではなく、これからも利用する。だから、あなたは花嫁として迎えた。わたしのことを」

 祟り神は、祀りあげ、鎮める限りは富をもたらす。

 未砂たちの婚姻は、神を鎮めるための手段に過ぎない。

 好き合って結ばれたのではなく、必要だから夫婦となった。

(この婚姻は一方的な契約じゃない。わたしにだって利益があるから、亜樹の手を取った。でも)

 どうしてか、胸がつかえたような切なさに襲われる。

 一緒に過ごしたのは三か月にも満たない時間であるのに、未砂は自分が思っているよりもずっと強く、亜樹に心を傾けていたのかもしれない。

「違うよ。本当は、神様のことなんて、どうでもいいんだ。──好きだよ。君のことが好きだから、君を花嫁として迎えたかっただけ。ねえ、未砂」

 亜樹は微笑む。

 の国の人間にしては珍しい藤色の目には、どこにでもいるような黒髪の女が映っている。表情が硬いせいか、どこか不機嫌そうにも見える女だった。

 そんな可愛げのない花嫁を前にしても、亜樹は揺らがない。

 まるで大事な宝物をでるような、優しいまなざしを向けるのだ。

「愛しているよ。どんな犠牲を払っても、君だけは幸福にしてあげる」

 それはみつをとかしたような甘い声だった。

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