織田忍者「金竜疾風」 vs. ヴァンパイア

@schueins

全話 忍者集団「金竜疾風」、ヨーロッパへ




「おーい、青水だけど、えーと、おまえ誰?」


「信太郎ですよ。」


「は?なんか今までと違う。」


「信○というのが続きすぎて親父が新しいの思いつかなくって。」


「しかしまあ、字数が増えて太郎とはね。」


「これだと五郎まで安全に進めます。」


「信五郎なんて大工の親方じゃないか。」


「いいんですよ、どうせお飾りの国王なんだから。」


「そうか、で、今は何年だ?」


「1730年です。」


「なんだと?前に来たときから60年も経ってるじゃないか?」


「さすがに作者も息切れしてきて、あのペースで書いてられないと。」


「ふむ、気持ちはわかる。」


「60年も経ったので技術革新が半端ないですよ。」


「ほう、言ってみ。」


「蒸気機関の改良が進みまして、高圧蒸気機関と複式蒸気機関ができました。」


「効率が上がり発生動力が増えたのか。」


「はい、銃器火器も著しい進歩です。ライフリングの採用です。」


「銃身内部に螺旋状の溝を付けて弾が回転するやつだな。」


「はい、命中精度が上がり射程が伸びます。」


「軍艦と駆逐艦の現在の速度は?」


「戦艦が25km/h 駆逐艦が30km/hです。」


「現在の金竜疾風の鳩通信網は?」


「北アメリカは徐々ににでは広がっています。カリブ海もほぼ全域が通信網の範囲です。ちなみにフロリダ半島は西アメリカからの租借地として日本が北大西洋に出るための軍港として使っています。インドは全域が通信網の範囲内で、カラチからドバイまで中継地点を挟んでつながっています。クエートからイェルサレム、イェルサレムからレバノン、レバノンからキプロス、キプロスからイスタンブールまでもつながっております。」


「そのつながっておりますというのは、潜入員がいるってことか?」


「はい、国際スパイ組織に成長しました。」


「なんかおまえ言葉遣いがハイカラになってるな。」


「日々勉強してますからね。」


「ギリシャとかイタリアへは進まないのか?」


「ゆくゆくは考えておりますが、ロシアの情勢把握が優先されますので、ブカレストからオデーサまで通しました。西欧への足がかりとしてブカレストからブダペストも通しておきました。」


「なかなかだな。1730年でそんな情報網を持っている国なんてないぞ。」


「はい、国際スパイ組織金竜疾風を擁しておりますから。」信太郎は胸を張る。


「で、現在の作戦計画は?」


「オデーサからモスクワの状況を調べさせようかと。」


「なるほど、オデーサの潜入員は?」


「3人です。」


「ちょっと厳しそうだな。」


「国際スパイ組織なので常に人材不足でして。」


「人材不足のところ申し訳ないが、西欧を攻略してくれ。」


「西欧ですか?」


「うん、これからいろいろキナ臭くなる。拠点を確保しておきたい。」


「了解しました。で、新たな拠点はどこに?」


「ウィーンだ。ハプスブルク家の帝都だ。」



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「双子の家系ってあるんだね。」ミネが言った。


「ミナさんのひ孫が双子だなんて。」ルネが言った。


「それを言うならうちも同じ。」夢火が言った。


「夢羽さんのひ孫が双子、そして男女。」夢水が言った。


「5人でウィーンへ行くのよ。」カイアが言った。カイアはラナのひ孫だ。




 5人はフロリダ軍港で国際スパイ組織金竜疾風の幹部から作戦の概要を聞いていた。組織の名前が長いが、信太郎国王がこの名前を気に入っているらしい。軍艦は目立ちすぎるので、駆逐艦を改良した高速秘密作戦艇を用いる。租借地であるフロリダの軍港から軍の船でヴェネツィアまで運んでもらう。途中の補給地はモロッコだ。モロッコにはイギリスやフランスに売り込む資源を積んだ船がたくさん集まるので、札びらを切って積み荷の石炭を買う。モロッコを出たらジブラルタル海峡を抜けて地中海に入り、イタリア半島を経由してアドリア海へ抜ける。ヴェネツィアからウィーンは500キロ未満なので、陸路からでも行けるが、リンツまで出てドナウがを下る船に乗ると良い。


「なんか楽しそうな旅路ね。」ミネとルネがユニゾンで言う。


「まずモロッコで何か美味いもの食べられそう。」夢火と夢水は男女なのでハーモニー。


「ここは地の果てアルジェリア、遠くカスバの夜に泣く~♩」カイアは歌った。


「カイアさん、何それ?」


「酒場の~女の~ 薄~うなぁさぁけ~!」なんだこの独特な歌唱法は?


「カイアさん、何それ?」


「わかんない。モロッコのことを考えていたら歌い始めていた。」


「怖っ!」


 モロッコまでの船旅は順調だった。小型船なのであまり目立たず、帆を上げて偽装しているので誰にも気づかれない。船長は偽装船歴10年のベテランである。周囲の状況を見てこまめにスピードを変える。海の忍者と言っても過言ではない、と陸の忍者たちは思った。



「補給している間、遊びに行っても良いよね?」とミネとルネ。


「じゃあ5人で行こう。」



 5人にとっては物珍しい町だ。白い建物が並び、モスクと言われる尖塔が随所に屹立する。モスクからは決まった時間になると詠唱が流れ、それが他のモスクの詠唱と絡まって独特の幅のある旋律になる。



「ねえ、おなかが空いたよ。」ミネルネがユニゾンで訴える。


「そうねえ、料理屋が見つからないわ。」


「あ。あそこに屋台があるよ。」夢火と夢水は目ざとい。



「うわ、スパイスが効いて超美味い!」


「食べたことがない味!」


「旅の醍醐味はグルメ!」



 5人はグルメを堪能して船に戻った。船には燃料の石炭以外に新鮮な野菜や果物も積み込まれた。ここからヴェネツィアまでは2500kmなので5日もあれば到着するが、途中でサルディニアに立ち寄って一泊し、食糧を積み込むという。船長の思いやりか、はたまた船長のわがままかはわからないが、この決定に反対の者は誰もいなかった。


 サルディニアの海は限りなく青い。マイアミと比べても、ハワイと比べても、どこかしら異世界を感じさせるビーチだ。5人は泳ぎを我慢できなかった。特にカイアは、名前がハワイ語で「海」なので、そしてあの人魚ラナのひ孫なので、我慢できるはずはない。ひい婆さんと同じ遊び「イルカ乗り」を始めた。


 サルディニアの街並みは美しく、古代の遺跡が点在していて、見物して回る一行の興味は尽きなかった。



「あ、料理屋さんだよ!」カイアが小さくてかわいらしいリストランテを見つけた。


「入ってみるしかないね。」夢火と夢水の兄妹ハーモニー。


「なんか美味しそうな匂いがする。」ミネルネは鼻をクンクンさせた。



 グルメの補給を終えた船は、ティレニア海を南下して、イタリア半島の足先の部分に当たるメッシーナ海峡を通ってイオニア海へ抜け、それから北上してイタリアの踵部分を経由してアドリア海へ入った。海は凪いで限りなく青い。



「Bleu, bleu, l’amour est bleu, bleu comme le ciel, qui joue dans tes yeux. ♩」カイアの歌。


「カイア、それ何?」ミネルネのユニゾン。


「青い海を見てたらつい。」


「だからその“つい”ってのが怖いんですけど。」


「水色って言うじゃない?」文脈逸脱症のカイア。


「でもブルーよね?てことは青なんじゃ??」


「たしかに。水色って青に白を混ぜた感じだけど、この海は青だわ。」




 船で一夜を明かした翌日、一行はヴェネツィアに入港した。


 ヴェネツィアは町の中を運河が縦横に巡り、石畳の小道がその間をつないでいる。水面に揺れるゴンドラと壮麗な建築が織りなす風景は、この町を訪れた一行を魅了してやまなかった。一行は静かな波音を聞きながら、サン・マルコ広場を目指して歩き始めた。


「お泊まりしてもっと見物したい!」とミネルネのわがまま。


「さすがにそれは怒られるやつ。」夢水はわりと冷静。


「リンツへ行く手立てを考えないと。」


「乗合馬車とかないかな?」カイアはキョロキョロ見回した。


「そんなキョロキョロしてたら泥棒のカモになるよ。」冷静な夢水。


「インフォメーションとかないのかな?」時代錯誤なカイア。


「町の人に聞くしかないか。」


「あ、あそこからコーヒーの香りが!」夢火が鼻をクンクンさせる。


「お、カフェのようだ。行ってみよう。」


「お店の人に聞けばきっとわかるよ。」



「Buongiorno! Signore.」カイアの巻き舌が良く回る。


「Cosa desidera?」髭で小太りのマスターが愛想良く近づいてきた。


「んーとね、エスプレッソを5つ。」


「ところでマスター、乗合馬車でリンツへ行きたいんだけど、どこから出てる?」


「メストレから出てる。メストレまではゴンドラに乗りな。」


「ゴンドラ?楽しそう!」はしゃぐミネルネ。




 リアルト橋の付近に設けられた小さな波止場で、一行は待機中のゴンドラに乗り込んだ。ゴンドリエーレが器用に操る艶やかな船体は、水面を滑るように進み始める。


「すごい!まるで絵本の中みたい!」ミナが目を輝かせる。


「アモーレ!」ルナも頷きながら両手でゴンドラの縁を掴む。



 運河は徐々に広がり、ヴェネツィアの壮麗な建物が遠ざかる。振り返ると、背後にリアルト橋のアーチが小さくなりつつあった。 「風が心地いいな」とカイアがつぶやくと、ゴンドリエーレが微笑み、「メストレまで順調に着きますよ」と頼もしく声をかけた。


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 乗合馬車は郵便馬車とも呼ばれ、手紙や書類を運ぶ手段でもあった。乗客数は10人程度。スピードは10km/hで現在の自転車より遅い。ヴェネツィアからリンツまでだと、10~15日ほどかかるので途中何度も馬を取り替えなければならず、乗客は宿泊しなければならない。とはいえ、旅路は退屈なものにはならない。馬車はまず西へ向かう。パドヴァで休憩したあとヴェローナへ向かう。



「わあ、ヴェローナだ!」ミネルネの歓声。


「ロミオとジュリエットだ!」カイアがうっとり目を閉じる。


「ロミオとジュリエットごっこしよう!」夢火と夢水がはしゃぐ。


「バルコニーないかな?」カイアが本気で探し始める。


「あった!あそこが良さそう。」


「俺がロミオな。」と夢水。


「じゃあ私が..」と4人の娘が一斉に声を上げた。


「くじ引きにするか。」



 ヴェローナを出るとアルプスを越えてドイツ語圏に入ることになる。標高1370mのブレナー峠を通るが、険しい地形を克服するためにぐにゃぐにゃと曲がりくねった道が特徴で、パノラマのように広がるアルプスの景色を楽しむことができる。この峠を越えて数多くの商人や芸術家がイタリアとドイツ語圏を行き来してきた。ゲーテがヴァイマルの公職を辞してこの道を通ってイタリアへ行くのは、56年後の1786年である。



 馬車は峠を越えるとインスブルックの町に入る。馬車はインスブルックの石畳の道をゆっくりと進み、ホーフブルク宮殿が姿を現す。この宮殿は、白と金を基調とした壮麗なバロック建築で、ハプスブルク家の権威と富を象徴している。通りには商人や市民が行き交い、騒がしい市場の声が響く。馬車を降りた一行は、インスブルックの賑わいと美しい街並みに目を奪われた。遠くに聖ヤコブ大聖堂の壮麗な鐘楼が見える。ハプスブルク家の富と権威を間近に感じ、一行はこれから向かうウィーンの任務に新たな緊張を覚えるのだった。



 インスブルックを出た馬車の次の目的地はザルツブルクである。ザルツブルクはザルツカンマーグートと呼ばれる広域地域の中心都市だが、どちらにも「塩(Salz)」が付くのは、この地域が岩塩採掘地であることを示している。カンマーグートというのは君主の私有地を意味し、ハプスブルク家が岩塩を採掘する土地であることを示している。ザルツブルクは「塩(Salz)の城(Burg)なのだ。1730年、まだモーツァルトは生まれていない。



 ザルツブルクを出た馬車は、ようやくリンツへ到着した。ヴェネツィアを出てから2週間かかった。リンツからはやっと船の旅だ。ドナウ川のざわめき、いや違うな、ドナウ川のささやき、良さそうだがやはり違う。ドナウ川のさざなみだ。さざなみって何だ?ただの波ではないのか?ちなみにこのワルツの原題はルーマニア語なので読めない。だが有名になったドイツ語のタイトルはシンプルに »Donauwelln »だ,ドナウの波だ。英語にすれば »Waves of the Danube »、「さざ」は付いていない。ひょっとしてあれか?「さざ」を付けないと船酔いするかもという訳者の弱腰か?まあ良いだろう。一行は美しい夕焼けに見送られてリンツを出発した。ウィーンまでは5日ほどの旅になる。一行の中に船酔いする軟弱者はいない。


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「おい、信太郎、ウィーンへ送り込んだ連中、大丈夫かな?」


「ヴェネツィアまで運んだ船長は、何事もなく無事に到着と。」


「船旅はな。問題はヨーロッパの陸上だ。」


「まあ、わが国際スパイ組織にとっても初めてですからね。」


「無駄に字数を取るからそれやめれや。」


「はい。」


「そもそも言語は大丈夫なのか?」


「イタリア語はスペイン語からの応用で。」


「ドイツ語は?」


「バタビアでオランダ人から学ばせました。」


「そのオランダ人はドイツ語ができたのか?」


「ドイツ語もオランダ語も似たようなものだと。」


「本当か?信じられんな。俺、2外はフラ語だったからわからんけど。」


「は?ニガイ?フラゴ?」


「あー、気にすんな。」


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「なんか違わない?」カイアが困惑している。


「確かに。バタビアで習ったのと微妙に違う。」夢水が考え込む。


「まあそれなりに通じているから良いのでは?」ミネルネは屈託ない。


「私たちのドイツ語、なんだか笑われているみたい。」夢火が憤っている。


「あのオランダ人、嘘教えたのか?」と夢水。


「ドイツ語もオランダ語も似たようなもんだ、って。」


「似てると同じは違う!」カイアはついに怒った。が気を取り直した。


「ガタガタ言っても仕方がないから作戦を始めましょう。」


「まず極点の確保だ。」夢水も冷静さを取り戻した。


「町中に1つ、そして郊外に製薬拠点。」


「では植生を調べるためにまず郊外へ行きましょう。」カイアが促した。




 ウィーンの西側から南側へ「ウィーンの森(Wienerwald)」と呼ばれる広大な森林地帯が広がっている。豊かな植生と綺麗な水に恵まれ、薬草を集めて薬を調合するのにぴったりの場所だ。一行はグントラムスドルフという村で小屋を借り、周辺の野山で植物を集め、薬の調合を始めた。薬草がたくさん採れたので、虫刺され軟膏、傷薬、胃腸薬、頭痛薬、風邪薬が次々と完成していった。一行はそれぞれの薬を丁寧に瓶や布袋に詰め、効能ごとに整理して棚に並べた。小屋の中は薬草の芳しい香りに包まれ、その空間はまるで小さな薬局のようだった。



「このあたりで試しに薬を配ってみよう。」夢水が提案した。


「そうね、いきなりウィーンで商売を始めるよりそれが良いわね。」カイアが同意した。


「尾張の薬売り方式はもう少し馴染んでからね。」ミネルネも賛同した。


「病人や怪我人がどっこかにいないかな?」と夢水。


「あの丘の向こうに修道院があったよ。」目ざとい夢火。


「おお、そこなら弱っている人の情報がわかるかも。」夢水が立ち上がった。


「行ってみましょう。」カイアも後に続いた。



 ハイリゲンクロイツ修道院。村の小さな修道院を想定していた一行は驚いた。修道院は思った以上に壮大で、まるで中世からそのまま時間を超えてきたかのような威厳を放っていた。大理石の柱が並ぶアーチ型の入り口と、美しいステンドグラスの窓が日差しを受けて輝いている。一行はその荘厳な雰囲気に圧倒されながらも足を進めた。修道院の中庭に修道士たちがいた。



「旅の者ですが、助けが必要な方々の情報をお聞きしたいのです。」と夢水が話しかけた。


修道士は一瞬驚いた様子だったが、笑顔で答えた。


「薬師のみなさんですか?これは神の思し召しかもしれません。実は近隣の村々で病が流行っており、助けが必要な方が多くおります。」


「わかりました。症状はどのような?」


「高熱と激しい咳です。」


「お任せください。治癒できると思います。」夢水は自信満々に頷いた。



 修道士に連れられて一行は村人たちの家を回り、必要な薬を与え、服用の注意を指示した。どうやらインフルエンザが流行っているようで、対処療法しかできないが、熱と咳の症状を和らげて、体力の消耗を抑えることが必要だった。一行は患者の症状や年齢をしっかり把握して的確な服用方法を伝えた。



 患者たちの治療を終えた一行は修道士たちと修道院へ戻った。



「まさに神の思し召しです。本当に助かりました。」修道士たちは感謝している。


「いえ、お役に立てて光栄です。」夢水が頭を掻いて照れる。


「たくさん作ったお薬、こちらに置いて行きます。」


「困った方々に役立ててください。」ミネとルネが時間差ユニゾンで言った。


「ありがとうございます。この感謝を忘れることはありません。」



 修道士たちの声には深い誠意が込められていた。その後、一行が用意した薬は修道院の棚に整然と並べられ、助けを必要とする人々のために保管された。


 修道士の一人がふと考え込むように、一行を見つめながら言った。


「あなた方のような人々が旅をしながら助けを広めているとは、なんと素晴らしいことか。どうか、私たちもお手伝いできるような時があれば声をかけてください。」


「ならばひとつお願いがガリます。」カイアが口を開いた。


「私たちはウィーンで薬の商いをしようと考えています。しかし、全くのよそ者、身元のしれぬ異邦人、ドイツ語さえたどたどしい。そんな私たちが信用を勝ち取るのは難しいかもしれません。そこで、修道院からの推薦状をいただけないでしょうか?」


「もちろん喜んで!」修道士たちは微笑みながら手を差し伸べた。




「よし、一歩前進だ。」張り切る夢水。


「次は町中に拠点ね。」同じく張り切る夢火。


「国際スパイ組織だと“セーフハウス”ね。」ミネルネの外来語。


「ハウスじゃなくても良いんだろ?」こだわる夢水。


「アジトね。」話を拡大するミネルネ。


「はい、そこまで。話が進まないよ。」とカイア。


「町に戻って地図を買おう。夢水が提案した。夢水とカイア、どっちがリーダー?



 1730年のウィーンは城壁に囲まれていた。城壁の外側は防衛上の理由で建物の建設が禁止されており、広い空き地が広がっている。城壁にはたくさんの城門が設置されており、都市への出入りが監視されていた。修道会の推薦書は城門を通過する際にも大いなる効果を発揮した。



「さて、俺たちはいまシュテファン大聖堂近くの広場にいるが、」夢水は地図を指さした。


「王宮はあっち、市場はこのあたり。」


「じゃあその中間あたりが良いんじゃない?」夢火は軽快だ。


「確かに。諜報は王宮、商売は市場。」とカイア。


「じゃあ、それで決まり。」そしていつもの双子のユニゾン。




 一行はシュピーゲルガッセの一軒家を借りることにした。シュピーゲルガッセ《鏡横町》、偽装で紛れ込むのにぴったりの場所だ。



「なんか町が騒々しくない?」ミネが珍しくソロで言った。


「みんなガヤガヤ引きつった顔で噂話してる。」ルネもソロ。


「ちょっとこれ見て!」夢火が新聞を持ってきて広げた。



「セルビアとハンガリーにまたもやヴァンパイア出現!○月○日、ベオグラードとブダペストのオーストリア大公国総督府にセルビアの○○村とハンガリーの○○村でヴァンパイアが目撃されたという報告が地元警察から上げられた。オーストリア軍の軍医と地元の司祭が現場に赴き調査中。それぞれの村では、7人と13人の犠牲者が出ている。」



「は?何だ?ヴァンパイアって?」夢水が仰天している。


「ほら新聞のこの箇所、血を吸うブルートザウガーって書いてある。」と夢火。


「吸血鬼というわけか。」夢水は納得。


「そんなお伽噺の魔物に警察や軍が出動するとはね。」カイアはあきれ気味。


「何かの疫病の可能性は?」夢火はきょうは冷静。


「調べてみましょうか?」カイアは気乗りしない様子で言った。


「手がかりを集めよう。調査中だからまだ詳細はわかっていないはず。」と夢火。


「現地に行くのは避けられないか。どっちに行く?」カイアは諦めた。


「ハンガリーが近い。そっちにしよう。」夢水はリーダーっぽく決めた。


「ハンガリーの現場近くで聞き込みをしようよ。」夢火は絵会話帳を取り出した。


「調査団の軍人さんや軍医さんと遭遇したら怪しまれるよね?」とミネルネ。


「疫病の可能性を心配して調査に来たって言えばいいよ。」


「そうだ、修道院の推薦状も持って行こう。」



 ハンガリーのボルゴ村は、ブダペストから東へ200km、ルーマニアの国境付近にある。ブダペストには金竜疾風の潜入員がいるので、拠点を訪れて情報を共有しておく。彼らもヴァンパイア事件のことは当然知っていた。しかし、自分たちの管轄ではないと放置していたのだった。それにここに馬をは3人しかおらず、ロシア関係の仕事で手がいっぱいらしい。一行はブダペストで馬を借りて先へ進むことにした。馬は並足で1日に50km程度しか進めないので、現地までは4日かかる。宿がない場所も通るので何度か野営になるだろう。途中の聞き込みでは、当初心配したほどのことはなく、ドイツ語は良く通じた。さすが「オーストリア・ハンガリー二重帝国」だ。聞き込みの結果は、住民たちが本当に恐れており、ヴァンパイアの撲滅を心底願っているということだった。ヴァンパイアの存在を疑う者は誰もいなかった。



「ヴァンパイアは本当にいるのかしら?」夢火は少し不安そうだ。


「いても別にかまわないだろ。」夢水が強気に言った。


「どうして?」


「攻撃してきたら返り討ちにしてやんよ。」夢水は銃を抜いた。


「死なないんじゃない?不死者って言うくらいだから。」


「死ななくても潰せば良いだけ。」と言いつつ夢水も少し不安になった。




 ボルゴ村の教会に近づいてきた。死体は教会の墓地に埋められている。教会の裏の墓地のほうから言い争う声が聞こえた。



「胸に杭を挿して首をはねて火をつけるんだ!」


「そんなことは許せん。まずはしかるべき場所に移して解剖だ!」


「そんなことをしている間にまた動き出して犠牲者が出る!」


「死体に関しては大公国の規則に則って処理されなければならない。」


「杭を打てー!」「首をはねろー!」「火をつけろー!」



 村人たちと軍人や警察官だった。言い争う集団にミネとルネが割って入った。



「はーい、ちょっと待ってくださいね!」


「その喧嘩、私たちが預かる!」



「何だ、君たちは?」軍医が訝しげに尋ねる。


「ミネでーす!」


「ルネでーす!」


「2人合わせてミネルネでーす!」


「何をしに来た?」


「ヴァンパイアの調査に。」ミネルネは潔い。


「それはわれわれの仕事だ。素人は帰れ。」


「でもうまくいってないじゃないですかー。」


「私たちなら、ね!」



 2人は跳躍すると同時に忍具の蜘蛛糸を屍に投げて首と腕を縛り、木の枝に飛び乗ると交差してまた跳躍し、死体を操り人形のように起き上がらせた。動き出した死体を見て村人はパニックになり蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。村人がいなくなると、2人は不死者とみられるその死体を糸で拘束したまま木にぶら下げた。そして軍医に言った。



「どうします、これ?」



 そのとき雲が切れて月が顔を出し、青い月光が死体を照らした。死体が不器用にカタカタと動いた、と思ったら、それは獣のような声とともに戒めを引き裂き、風のように森の中へ姿を消した。



「お、おまえらなあ。」顔を紅潮させて怒る軍医。


「あはははぁ...」気まずそうな双子。



 そのとき森の中から銃声が聞こえた。「いかん、効かない!」夢水の声。かけつけると夢水がくないで怪物の攻撃をしのいでいた。どうやら弾丸は効果がなかったようだ。「夢水、下がって!」とカイアが叫ぶとボウガンに火弾をセットして狙いを付ける。粘着火薬の矢が放たれ、怪物の身体が炎に包まれ、最後は灰になった。


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「なあ、信太郎、モンスター出たな。」



「はい、出ましたね、ヴァンパイア。」



「何考えてるの?違うジャンルでしょうが。」



「はあ、でも出ちゃいましたので。」



「どう落とし前付けるんだ?」



「青水さんのチートアドバイスとか。」



「できるか、阿呆が!」



「作者さん、青水さんとつながってるんでしょ?てか青水さんが作者さん?」



「んなわけねーだろ。俺は私立文系、あいつは...」



「あれ?禁則事項では?」



「おっと、そうだった。危ねえ、危ねえ。」



「なんかアドバイスないんですか?軽めのやつでも。」



「んー、そういえば、あった。」



「何でしょう?」



「ほら、西アメリカってカリブ海大作戦ですごく頑張ったじゃん。」



「はい、頑張ってもらいました。」



「メキシコは、あれでカリブ海の島をほとんど手にしたけど、」



「はい、西アメリカは何ももらえませんでしたね。」



「日本の新造船を10隻もらっただけ。でもフロリダを租借地として日本に貸し出した。」



「西アメリカに伝えてやんな。川から砂金をごっそり掬えってな。」



「何ですか、それ?」



「ゴールドラッシュだよ。カリフォルニアの川から砂金がザクザク。」



「それは豪放ですな。」



「白人がそれ目当てに攻め込んでくる前に掘り尽くせってな。」


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 セルビアのオーストリア大公国セルビア総督府の長官エルンスト・フロムバルトは悩んでいた。ハンガリーのヴァンパイア事件を担当した軍医のヨハネス・フリュッキンガーの報告書 »Visum et Perpertum »(見たこと、発見したこと)が帝国から「信憑性が皆無」として突き返されたからである。実はフロムバルトの事件でも、ハンガリーの場合と同じように、ヴァンパイアとおぼしき存在が発見され、同じように抵抗して、あまつさえ兵士3名を殺害したあとで逃亡していたのである。このまま事実をウィーンに報告しても、フリュッキンガーと同じ憂き目に遭うのは火を見るより明らかだ。かといってこのまま放置しておいて良いのだろうか?これは大きな災厄の始まりなのではないのか?しかし、銃弾が全く役に立たないあのような魔物、軍隊を持ってしても倒すのは難しい。それに、もしあの一体だけではなくて多数存在していたら?すでに確認されているだけでも、ハンガリーの1体とセルビアの1体、合わせて2体いる。ウィーンへの報告書を書きあぐねて、エルンスト・フロムバルトは悩んでいた。




 ウィーンの宮廷で報告書を突き返され、虚言を紡ぐ無知迷妄の無能医師と蔑まれたヨハネス・フリュッキンガーは、グリンツィングの居酒屋で一人、粗末な木製のテーブルに肘をつきながら、安酒のホイリゲをあおっていた。



「虚言だと?無知だと?」彼は呟き、グラスを乱暴にテーブルに置いた。「あの死体は確かに動いていた。動いて攻撃してきた。」


 彼の目は赤く充血し、疲労と怒りが入り混じった表情を浮かべていた。彼の周囲には誰も近寄らず、彼の存在はまるで居酒屋の中で孤立した島のようだった。


 そのとき、居酒屋の扉が勢いよく開き、華やかな衣装を身にまとった双子の少女が入ってきた。ミネとルネだった。


「貴様等...、どうしてくれるっ!?」フリュッキンガーが怒鳴った。


「あ、軍医のおじさん、こんばんは。ご機嫌いかが《Wie geht's》?」


「良いわけがなかろう。貴様等のせいでな。」


「どうしたの?そんなに酔い潰れて。」


「ボルゴ村の一件をまとめた報告書、信憑性が皆無として却下された。」


「まあ、本当のことを書いたのでしょ?」


「ああ、一字残らずな。」ワイングラスを握るフリュッキンガーの手が震える。


「なぜ信じてもらえなかったのかしら?」


「真実はときに不都合なものだからだ。」


「ヴァンパイアの存在を認めることは宮廷にとって不都合なのね?」


「そうだ、いまは啓蒙の時代、理性の時代だ。闇の魔物など、認めるわけには行かない。」


「認めれば国家の根幹を揺るがす?」


「ああ、突き詰めればそういうことになる。他国から嘲笑われる。」


「無知迷妄の国として?」


「そうだ。だから決して認めるわけにはいかなかった。」


「でも、真実を闇に葬ることが真の啓蒙なのかしら?」ミネは毅然とした笑みを浮かべた。


「私たち、フリュッキンガーさんの名誉のために協力しますよ。」ルネが彼の手を取った。



 ヨハネス・フリュッキンガーは、ミネルネを含む一行5名とセルビアのベオグラードへ向かった。セルビア総督府の長官エルンスト・フロムバルトと面会するためである。一行はまずブダペストに立ち寄り、金竜疾風の潜入者と情報の共有をした。ブダペストからは、幾多の中継地を経て、インドそしてシャムまで鳩が飛び、最終的に日本へつながるからである。ハンガリーの国境を越えてセルビアに入ると、町の風景ががらりと変わる。それまでは曲がりなりにも帝国の内部という安心感があったのが、セルビアに入ると一気にその雰囲気が変わり、一行は厳しい現実を目の当たりにした。帝国の繁栄の影響が薄れたこの地には、荒れた道とひび割れた建物が立ち並び、人々の表情にも疲れや不安が色濃く刻まれていた。旅の途中、一行は小さな宿場町に立ち寄って補給を行い、馬を休ませた。町の人々に酒を驕り、付近の事情やベオグラードまでの安全なルートを聞いた。さらに進むと、荒野が広がり、廃墟となった教会や無人の村を目にすることも多くなった。そしてようやく、ベオグラードの町並みが遠くに見える丘にたどり着いた。ベオグラードの市街地に入ると、そこには帝国の影響が残る洗練された建築物と、対照的に混乱や荒廃が見受けられる場所が混在していた。


 総督府に着くと、ヨハネス・フリュッキンガーは門番に告げた。



「オーストリア軍衛生将校のヨハネス・フリュッキンガーです。セルビア総督府の長官エルンスト・フロムバルト閣下にお目通りをかなえたく存じます。急ぎの要件がございますため、どうかお時間を賜りますようお取り次ぎをお願い申し上げます。」


(わあ、あんな立派なドイツ語、絶対使えない)ミネルネは無音のユニゾンで思った。



「遠路良くいらっしゃった、ドクター・フリュッキンガー。」フロムバルトは諸手を上げて歓迎している。「さあ、そちらのご一行共々、どうぞおかけください。」



「さっそくですが、閣下、セルビアにも出たのですね、あの魔物が?」


「そうだ。しかも兵士が3名殺されて,逃げられてしまった。」


「ハンガリーでは、こちらの方々の活躍で排除できました。味方の損傷はありません。」


「なんと、でどのようにして?」


「焼き殺したのでございます。やつらに銃弾は効きませんが、火は有効です。」


「ならば火矢を使えばおそらく。」


「はい、弓兵で取り囲んで火矢で燃やせば。この情報を共有するために来ました。」


「おお、ならば部隊を組織して山狩りを始めよう。」


「私どもには戦闘経験がありますのでご一緒します。」


「それはありがたい。」


「オーストリアにあのような闇の眷属の住む場所はありません。」


「たとえ何体いようと殲滅しよう。」



 フリュッキンガーには総督府に部屋があてがわれ、一行はベオグラードに宿を用意してもらった。



「なあ、カイア、燃やして塵にしてしまって良いのかな?」夢水が尋ねる。


「え、どういうこと?」


「それって闇に葬ることと同じなんじゃ?」


「そういえばそうね。」


「無害化して証拠として残すことはできないか?」


「それがオーストリアにどんな影響を残すかしら。」


「まあ本来は、塵になって、なかったことにしたいだろうからな。」


「でもフリュッキンガーさんの名誉のためには、」


「証拠は保全すべきだろう。」


「方法を考えましょう。」


「動けなくすれば良いのよ。」部屋に入ってきたミネルネが言った。ユニゾンで。


「どうやって?」とカイア。


「蜘蛛糸を強化する。」


「ハンガリーでは上手く行きかけたな。」夢水が関心を寄せる。


「月光を浴びてあいつが力を得て破られたわ。」ミネルネが悔しそうに思い出す。


「総督府に工廠があるはずだから、そこで相談してみましょう。」カイアが発案する。


「ええ、そしてフロムバルトさんも説得しなくちゃ。」とミネルネが付け加える。


「そうね、火矢作戦を思いとどまってもらいましょう。」


「明日、このことをフリュッキンガーさんに言わなくちゃ。」



「おはようございます、フリュッキンガーさん!」にこやかな朝のカイア。


「やあ、よく眠れたかね?」


「はい、良い宿でした。」


「作戦決行は来週だ。」


「そのことなんですが、お話しがあります。」カイアは顔を引き締めた。


「私たち、考えたのですが、あの魔物を燃やして塵にするのは良くないのではないでしょうか。不都合な真実をなかったことにしてしまう。これは啓蒙の理念に反します。そして、フリュッキンガーさんの名誉も回復されません。災厄には原因があるはずで、その原因を取り除かずに現象だけを消し去っても抜本的な解決にはなりません。」


「うむ、まさにその通りだ。」


「なので、フロムバルトさんを説得していただけないでしょうか?」


「了解した。きっとわかってもらえるだろう。」



 オーストリア軍セルビア総督府の工廠で、ミネとルネは髭の技師と話し合っていた。



「お嬢ちゃんたち、この道具はすごいな。軽くて細くて強靱だ。」


「もっと強化したいの。」


「ふむ、うちのうちの炉とハンマーと金床があれば何とかなりそうだ。」


「本当ですか?」


「ハプスブルク家の金属加工技術は世界一だからな。」ドワーフのような技師は笑った。



 ハプスブルク家セルビア総督府の執務室でエルンスト・フロムバルトと軍医ヨハネス・フリュッキンガーが会談している。



「なるほど、ドクター・フリュッキンガー、貴殿のおっしゃるとおりです。原因を解明せずに現象のみを消去する、それは科学の取るべき道ではありません。火矢で焼き尽くせば、啓蒙されていない村人たちが死体に杭を打ち火を放つ行為と同じことになります。われわれは証拠を保全し、原因を解明しなければなりません。」


「ご理解いただきありがとうございます。」


「あの魔物の捕獲の対策は?」


「はい、総督府工廠の技官の協力で、私が帯同いたしました異国の戦士の道具がハプスブルク家の金属加工技術で強靱化されますので、安全に捕獲されるものと確信いたしております。ハンガリーでは捕獲に当たったのは2名でしたが、次回は完全を期すために5名で臨みます。」




「さて完成したぞ、嬢ちゃん。」ドワーフのような技師がミネルネに蜘蛛糸を渡す。


「じゃさっそく試してみるね。何か強い斧かサーベルを貸して。」


「おう、これを使いな。」ドワーフ(じゃないけど)は武器を渡した。



 ミネは蜘蛛糸を展開した。工廠に金属の蜘蛛の巣が張られる。ルネがサーベルで切りつける。跳ね返されて刃がこぼれた。「これならどうだ!」ドワーフ(でも良さそう)が渾身の力を込めてバトルアックスを振り下ろした。蜘蛛糸は大きくしなり反動で斧をはじき返した。ドワーフのような技師は跳ね飛ばされた。



「これならゾウでも拘束できるぞ。」技師は起き上がりながら言った。


「この忍具で5人がかりならどんな魔物にだって勝てる。」ミネは確信した。




 捕獲作戦は次週早々に開始された。失敗したときの保険に弓隊が300名とその護衛が300名、後方に展開した。ヴァンパイアは葬られた墓で眠ることで腐敗を免れる。自らの瘴気ミアズマで汚染された土が現世における存続を支えるのである。墓を暴き土を撤去してしまえば、帰るべき場所を失ったヴァンパイアはやがて滅びる。


 一行はヴァンパイアの墓に到着した。墓を暴いて中を見ると空っぽだった。新しい犠牲者を求めて放浪しているのだろうか?この先に村がある。襲撃するとすればそこだろう。犠牲者が出る前に捕獲するか。だが、もし村に移動した後にやつが戻って来たら、そしてもし汚染土を持って次の隠れ場所に移動したら、手がかりは永遠に失われてしまう。



「二手に分かれましょう。ひとつは村へ、もうひとつはここで待機。」カイアが指示する。


「双子は連係が良いからまとめるとすると、一組はミネルネと私、もう一組は夢火夢水とフロムバルトさん、そしてフリュッキンガーさんね。」


「それぞれの組に伝令役の兵士5名と馬を付けよう。」フロムバルト長官が手配した。



 村探索組のカイアとミネルネは、森の木立を跳躍しながら進んだ。伝令5名は馬に鞭を入れ早足でそれを追った。悲鳴が聞こえた。家畜の牛が目の色を変えて暴走している。耳の後ろから血を流している。噛み傷だろうか。カイアは蜘蛛糸を投げつけた。大きな金属の蜘蛛の巣が展開し、牛は絡め取られた。ハアハアと激しくあえいでいるが、その息に腐敗臭のような瘴気が感じられる。ヴァンパイアに栄養を与えてしまったのだろう。


 カイアは伝令を呼び、待機している兵士10名と拘束用のロープ、そして運搬用の檻を手配するよう伝えた。家畜をロープでグルグル巻きにした上で総督府に運び、しかるべき医師や科学者に調査させようというのだ。ヴァンパイア事件に何らかの疫病が絡んでいるなら、噛まれた家畜の身体から原因究明のヒントが得られるかもしれない。そのとき村のほうからまた悲鳴が聞こえた。一行が村に入ると、今度は豚がグルグルと円を描きながら暴走して、村娘に衝突していた。村娘は頭から血を流している。カイアは駆け寄った。ミネは蜘蛛糸で豚を絡め取った。



「大丈夫?」


「餌をあげようと豚舎に行ったら突然...」



 カイアは娘に傷薬を塗って包帯を巻いた。豚を調べていたルネが、「あった!」と指さした。豚の顔に噛み跡があった。カイアは再び伝令を呼んで、牛と同じ処置を指示した。



「牛、豚と来て、次は鶏?それとも羊?生意気なグルメね。」カイアは舌打ちした。


「きっと近くにいるはずなんだけど。」ミネが周囲を警戒する。


「伝令に兵士の増援を要請させようよ。人手が足りない。」とルネが言った。


「そうね、家畜小屋と各民家の入り口を見晴らせましょう。」カイアは伝令を飛ばした。



「大変です!」慌てふためいて伝令がすぐ戻ってきた。


「最初の伝令がやられました。馬も人間も森の中で絶命しています。」


「くっ、やられた。森の中に潜んでいたのね。」カイアは唇を噛む。



 森へ急ぐ一行に戦闘音が聞こえてきた。森の中で、夢火と夢水が蜘蛛糸でヴァンパイアを絡め取ろうとしているが、月明かりを浴びたヴァンパイアのスピードは速く、すんでのところで展開した蜘蛛糸をすり抜けてしまう。カイアは伝令の兵士に耳打ちし、伝令は馬に拍車を当てて駆け去った。



「5人がかりなら、いくら月光を浴びていても...」


「抜け出る隙はないわよ。」ミネとルネの時間差ユニゾン。


「よし、かかった!」カイアが叫んだ。


「かかったけど、蜘蛛糸も絡まっちゃった。」とミネとルネ。


「大丈夫、これでおとなしくさせる。」カイアが何かを魔物に投げつけた。



 断末魔のような叫びを上げてヴァンパイアは動きを止めた。展開し絡まった蜘蛛糸の中で、それはまるで間違って蜘蛛の巣に引っかかった蟇のように伸びていた。背中には何やら白い塊が付着していた。



「カイア、何を投げたの?」ミネルネが尋ねる。


聖餅ホスティアよ。近くの教会からもらってきてたの。」



 総督府の生体実験室に移送された牛と豚は、医師たちによって徹底的に調査された。そして驚くべき所見が提出された。心臓死ではないが脳死である。脳は完全に機能を停止しているので死体であるが、心臓とその他の臓器は動いていて呼吸も運動も可能だと。この検査は、不死(undead)の状態が医師たちによって観測された初めての事例となった。一方、拘束されたヴァンパイアの処置については、ことがことだけに総督府だけの判断で決定できるものではなく、ウィーンの王宮の指示を待つということになった。処置が決定するまでは、暫定的に厳重な拘束を施した上で、シュピールベルク要塞に収容されることになった。


 シュピールベルク要塞は、その過酷な環境と処罰の厳しさから、「地獄の牢獄」といった異名で知られていた。まさに、「一度入ったら二度と出られない牢獄」だったのである。だがこの決定にフロムバルトは徹底的に抵抗した。従来の政治犯に対する処遇でこの未知なる異質の存在に対応するのはあまりにも無謀で的外れだと思えたからである。たとえ要塞の指揮官や看守たちに事情が説明され、収容所内に特別な警戒態勢が敷かれたとしても、この未知の怪物の行動はあまりにも予測不可能であり、完璧な対処は不可能だと思われた。最悪の事態、たとえばこの地獄の牢獄全体が魔物の手に落ち、魔王城に、悪魔のダンジョンになってしまったらどうするのか。



「ウィーンは一体何を考えている!?」フロムバルトは苛立っていた。「臆病で泥縄な保守主義が事態を最悪なものにする。現場を見ていないからこのような決定を下す。」


「牛や豚、いやそれ以上に徹底的にあの魔物にメスを入れませんと。」フリュッキンガーも焦りを隠さない。


 フロムバルトの声は執務室に響き渡り、他の者たちもその怒りに黙って耳を傾けた。その焦燥感は、現場で積み重なる問題の深刻さを痛感している者たちの間で共有されていた。



「現場の実態を完全に理解せずにウィーンが決定を下すなら、それは災厄を座して待つのと同じだ。書簡だけでは伝わらない状況をどうすれば彼らに知らせることができる?」


「ならば、ウィーンから責任者を招くことにしましょう。」フリュッキンガーが提案する。


「その目で見て、その五感で感じて、これがどのような事件なのか知ってもらいましょう。」


「ならば、ハイリゲンクロイツの聖職者の方々に相談するというのは?」カイアが発案した。


「聖職者からの発議ならばウィーンも動くかもしれません。」


「それは良い考えだが、どうやって連絡する。修道院は遠いぞ。」


「ここから鳩でブダペストまで書簡を飛ばし、ブダペストからウィーンまでさらに鳩で書簡を飛ばします。ウィーンにいる協力者が書簡を修道院まで届けてくれます。3日もあれば修道院から王宮に使者が駆けつけるでしょう。」


「何と、そんな通信網を構築していたのか。」フロムバルトが少し不審に思った。


「私たち、“鳩の友“という伝書鳩愛好会なんです。」カイアは取り繕った。


「伝書鳩やってて良かった~!」ミネルネがユニゾンでフォローする。



 フロムバルトは懐疑心が一瞬表情を曇らせたが、すぐに口元をほころばせた。強化蜘蛛糸といい聖餅といい次々に奥の手を繰り出せるカイアたちが頼もしくてしかたがない。


 カイアは聖餅を融通してくれた村の教会に行って事態を説明し、ハイリゲンクロイツ修道院へ送る書簡に口添えの一筆をお願いした。カトリック教会のネットワークを頼れば話は早くなる。カトリック教会と啓蒙主義の科学、必ずしも仲が良いとは思えないこの2つの勢力が、手を取り合って未知の災厄に立ち向かうときが来たのだ。



「これは手をこまねいて傍観できる事案ではないと思われます。」ハイリゲンクロイツ修道院の院長ヴァルタザール・グロックナーは宮廷侍医総監ゲラルト・スヴィーテンに迫った。そして鞄から2冊の書物を取り出した。「これは尊父ドン・オーギュスタン・カルメの『ハンガリー、ボヘミア、モラビア、シレジアのルヴナンとヴァンパイアについての論考』とアッシンディウム・ギムナジウムの学監ヨハン・ハインリヒ・ツォプフの『セルビアのヴァンパイアに関する論述』です。いずれも哲学的および神学的に真剣にヴァンパイア問題に取り組んだ書物です。こうした権威ある学匠によって書かれた書物は、かの魔物の実在を前提としております。セルビアの地にいる我が修道会の友人たちがこの魔物との遭遇および対決について詳細な報告を送ってくれました。そして、ウィーンの宮廷から誰かこの問題について現地で判断できる人物を派遣してほしいと願ったのです。」


 

 天下のハイリゲンクロイツ修道院が権威ある書物を二冊も持ち出してセルビアからの要請を受け入れるように促してきたので、宮廷も放置するわけには行かなくなった。この責任を果たすべき適任者といえば宮廷侍医総監ゲラルト・スヴィーテンをおいてほかにはいない。



「わかりました。私自身が赴きましょう。」


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「なあ、信太郎、ウィーンはどうなってる?」


「捕まえたそうですよ、ヴァンパイア。」


「ほう、では串刺しじゃなくて杭を刺して終わりか?」


「いえ、医学的に調査するんだとか。」


「マジか?そんなの聞いたことがない。」


「当世きっての名医が直々に検分するとか。」


「でもって場合によっては執刀とか?なんだその展開は?」


「啓蒙主義だそうで。」


「ロマンもクソもねえな。」


「科学的に解明されたらどうなるんでしょうね、ヴァンパイア?」


「知るわけねえだろ。そんな設定、いままで見たことがねえ。」


「いままではどんな感じでした。」


「だいたい追い詰められて最後は消滅だな。」


「消滅ってどんな?」


「日光を浴びて蒸発とか、心臓に杭を打たれて塵になるとか。」


「えぐいですね。」


「消えてもらわないと話が終わらん。」


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「で、そのヴァンパイアはどこに?」到着してすぐにスヴィーテンは尋ねた。


「総督府の裏庭に特殊な結界を張って勾留しています。」フロムバルトが答える。


「シュピールベルクに搬送したのではないのですか?」


「はい、それはあまりにも危険ですので。」


「ふむ、ではさっそく検分いたしましょう。」


「これをお持ちください。」フロムバルトは聖餅と十字架を差し出した。


「これは?」怪訝な顔でスヴィーテンは受け取った。


「近所の教会からいただいたものです。」


「何に使うのでしょうか?」


「万が一のためです。襲われた場合に効果があります。」


「科学的根拠は?」


「不明です。」



 スヴィーテンは不服だったが、教会が掲げる信仰を否定するわけにはいかなかった。魔物や魑魅魍魎は、キリスト教から見れば異教崇拝のたまもので、魔女と同じく排斥すべき存在だ。そして科学にとっても、理性を混濁させる忌まわしき存在である。ここにキリスト教と科学の野合とも言うべき共闘関係がある。それに、万が一の場合にそれが役に立つとあれば、実利的にはそれを利用しない手はないだろう。



 裏庭には布の伽藍のような建築物があった。小屋のような広さで全体が布で覆われている。布には油が染み込んでいてギラギラしていた。



「この布には聖油が塗り込められていて瘴気を通しません。」フロムバルトが説明する。布をめくって中に入ると銀色の檻があり、中に魔物が横たわっていた。



「この檻は鉄製で銀箔が施されています。」


「魔物は銀を嫌うのですか?」スヴィーテンは興味なさそうに尋ねた。


「そのように聞き及んでおります。」


「教会筋からか。」スヴィーテンは尋ねるともなく呟いた。


「いえ、カイアさんから。」フロムバルトは少し躊躇して答えた。


「なぜ彼女が?」


「カイアさんはヴァンパイアの戦闘前に教会に行って相談していたのです。聖油の布も銀箔の檻もカイアさんの指示で設えました。戦闘中に伝令にその指示を伝えて総督府へ走らせたのです。」


「手際が良い。」スヴィーテンは顎に手を当ててしばし考えていた。


「魔物が横たわっている台には車輪が付いておりますので、こちらに引き寄せて檻越しに触れることもできます。」


「お願いします。身体の一部を削って調べてみたい。」



 台車が引き寄せられ、檻越しにスヴィーテンは魔物の肩からメスで肉片を切り取った。魔物はピクリとも動かなかった。切り取った傷跡から血は流れず、灰色の泥のようなものが零れ落ちた。



「これで実験試料は揃いました。」


「総督府内に実験室を設えさせます。必要な設備は?」


「あとで書類でお伝えします。」


「牛と豚を調べた医師たちともお話ししていただけませんか?」


「わかりました。よろしくお願いします。」


 


 カイアの元に鳩が日本からの書状を運んできた。斑鳩からだった。




「魔物との戦闘について詳細に報告すること。現地の調査研究の結果を送ること。今後世界各地で起こるかもしれない類似の事例への対処に活かす。さらに、敵性勢力がこのような外法の存在を利用する可能性について私見を述べよ。」



「可能性ね。」夢水が肩をすくめた。


「可能性は無限大♪」ミネとルネが歌った。


「利用しようとしても自業自得で嚙まれて死にそうね。」カイアの見立ては否定的だった。


「吸血衝動と破壊衝動の塊みたいな存在だからね。」夢火が珍しく難しいことを言った。



「その牛と豚は焼却処分になったのかね?」スヴィーテンは不服そうだ。


「身体から発生する瘴気が激しくて環境を破壊するものですから。」医師たちが答えた。


「仕方ないな。」


「詳細なデータは記録してありますので、お調べください。」


「脳死状態で心臓を含む内臓が活動するという現象、これをどう説明する?」


「魂がない生命と思っています。死んでいるのに死んでいない、すなわちアンデッド。」


「それを動かす活動の源は何か?」


「わかりません。摂食本能はないので魔物のように吸血することはありません。」


「だとすればいずれはエネルギー切れで活動停止になるだろう。」


「そうかもしれません。ただし停止まで待つには環境負荷が高すぎます。」


「わかった。ではデータを精査することにしよう。」




「ねえ、ハンガリーの事件もセルビアの事件も起こった場所なんだけど...」これまでの記録に目を通していたカイアが顔を上げて言った。「二つともルーマニア国境付近だった。」


「国境の向こう側から来た災厄なのかも。」夢火の感は鋭い。


「ルーマニアってどうなっているの?」カイアが誰にともなく尋ねた。


「南部はオスマン、北部はいちおうハプスブルク家が支配している。」夢水が答えた。


「北部なら行けるってことか。」カイアは行く気になっている。


「森の向こう側の国トランシルヴァニアが広がってるよ。」ミネルネも行きたそうだ。


「少なくともヴァンパイアについての情報収集は必要だな。」夢水も同意した。


「フロムバルトさんに相談しましょう。」カイアが決定した。




「というわけで、トランシルヴァニアまで調査に行こうと思います。」とカイアがフロムバルトに言った。


「なるほど、カルパティア山脈か。ここセルビアもなかなかのものだが、トランシルヴァニアはヨーロッパの中で最も文明から離れた土地で、迷信と異教崇拝ペイガニズムが渦巻く世界だ。理が通用しない魔界かもしれないぞ。行くのはかまわないが、十分に気をつけるように。」フロムバルトは緊張した面持ちで言った。


「あなたまでがそのようなことを言うとは。」と奥の廊下からスヴィーテン宮廷医師がこちらへ歩いてきながらフロムバルトに対して眉間にしわを寄せて言った。「それではまるで迷信に怯える村人ではありませんか。」


「やあ、面目ない。」



「ところで皆さんに報告すべきことがある。」スヴィーテンは目を見開いて皆を見た。


「私が前に切り取った肉片、あれはもはや有機物とさえ呼べない軽石のようなものでした。それが動いて人を攻撃するとはとても考えられない。そこで私は再びあの檻へ行き、魔物の胸に管を差し込んで心臓から液体を抜き出してみたのです。管から出てきたのは血液と呼べるかどうかわからない黒い液体でしたが、顕微鏡で観察したところ、異常な速度で動き回る微少な球体が認められたのです。赤血球や白血球とは明らかに違う未知の細胞でした。異物なら通常は白血球に捕食されますが、その物体は逆に白血球を捕食して増殖するようです。私はこれがヴァンパイアの本体ではないかと睨んでいます。これがどこから現れて拡散したのか、徹底的に調べ上げなければなりません。そこで...」スヴィーテンは数秒間息を止めた。「そこで私もトランシルヴァニアへ同行します。」



「え?スヴィーテン先生がトランシルヴァニアへ?」ミネルネがユニゾンで驚いた。


「なんか意外。一番合わなそうな人なのに。」夢火は失礼だ。


「怖くないんですか?」夢水はもっとあからさまに失礼だ。


「ご同行いただけるなら、これ以上の心強さはありません。」カイアは礼儀正しい。


「私も身を守るためにそれなるの準備はして行こう。」スヴィーテンは覚悟を決めた。



 翌日一行は国境を越えてルーマニアに入り、かつてザクセン人たちが「7つ尾根ジーベンゲビルゲ」と呼んだ山岳地帯に足を踏み入れた。標高が高いので空気が薄い。1日歩いて集落が1つあるかないか、荒廃した様子はないが、そもそも人の手が入った様子も希薄だ。たまに現れる集落でヴァンパイアについて聴き取りが行われた。まだドイツ語は通じた。人々は過去の、あるいは最近のヴァンパイア事件について生々しい記憶を語ってくれた。そして誰もが判を押すように東を指さした。災厄の源は東にあると教えてくれるように。



「で、出たそのヴァンパイアはどうしたの?」カイアが村人に尋ねた。


「犠牲を出しながら追い詰めて胸に杭を打ち込むんでさあ。」


「そして首を切り落として火を放つ、これで万全でさあ。」



 村人たちの話によれば、ヴァンパイアに噛まれた人間が必ずしもヴァンパイアになるわけではなく、多くの場合はそこで絶命するだけだが、東へ行けば行くほどヴァンパイア化する確率が増えるらしい。もしこれが疫病のようなものならば、感染の源泉は東にあり、末端になればなるほど感染力は弱まると考えられる。スヴィーテン博士は病を根絶しようと奮戦する医師の顔になっていた。



「なんか山の上の峠に来てしまって、どこにつながるかわからない。」ミネが弱気だ。


「さっきの集落で借りた馬も、道の勾配が急すぎてへたってる。」ルネも弱気だ。


「一本道になっちゃったけどね。」夢火は不安だ。


「誘い込まれているんじゃないんだろうな?」夢水も不安だ。


「待て、あの音は何だ?」カイアが皆を制す。


「オオカミの遠吠えだ。」スヴェーテン博士はいつも冷静だ。


「数が多いぞ。」



 オオカミの群れに囲まれていた。四方は岩山、隠れる場所はない。出し惜しみができる状況ではない。一行は得物を構え戦闘態勢になった。カイア以外は二連燧銃の改造型。連射できるだけでなくリロードが極めて早い。カイアのボウガンも改良型で射程が長く、小型化されて火弾も15本に増えている。オオカミの数は約50頭。全弾発射で半分以上は倒せる。残った獣は本能で怖じけるだろう。そこを手裏剣と忍刀の白兵戦で制圧する。久々に忍びの技全開の戦闘を決めて、一行はすがすがしい気持ちにすらなった。スヴェーテン博士は、マスケット銃を構えながら唖然とした顔で一行を見ていた。



「これで全部ね。」銃を再装填しながら夢火は安堵の声を発した。


「くっそ、弾もただじゃないっての。」同じく再装填しながら夢水が毒づく。


「おかしいわね。ただの捕食行動とは思えない。」カイアは冷静だ。


「誰かの指令で動いてたのでは?」ミネルネも直感が冴えている。


「野生のオオカミがこのような行動を取ることはない。攻撃されて防衛するためか、集団の維持のための摂食行動か、そういうことでなければ集団での闘争の口火を切ることはない。これは何らかの外部の意図に応じた行動だ。」スヴィーテン博士の分析は鋭い。


「待って、あっち!」ミネルネがユニゾンで叫ぶ。



 周囲の岩肌に溶け込むような灰色の肌。かつて戦ったことがあるヴァンパイアが集団で現れた。その数7体。自らの優勢を確信しているのか、もともと表情がないその顔に残酷な笑顔がうっすらと浮かぶ。かつては1体を相手にあれだけ苦戦した相手が7体。しかも雲が切れて半月が顔を出している。ヴァンパイアの集団はジリッジリッと距離を詰めてくる。ドクター・スヴェーテンがいち早く動いた。背中の鞄から取り出した道具で放ったものが一体の敵に命中して炎が上がった。スリングだ、スリングで爆発する火薬を放ったのだ。それを合図に金竜疾風は全力で攻撃を開始した。攻撃の主体はボウガンで粘着火弾を放つカイアだ。そして二連燧銃組も、銀の銃弾に切り替えたせいでヴァンパイアに有効な攻撃が次々と繰り出され、ヴァンパイアたちの灰色の肌は次々に抉られて行く。カイアの粘着火弾は3体のヴァンパイアを火だるまにし、残るのは手負いの3体だけとなった。



「ふん、生け捕りの指令がなければ気楽なものね。」カイアは火弾をボウガンにセットする。


「今回は殲滅でかまいませんよ。」スヴェーテンもスリングを構える。


「いっちょ斬り合いで勝負を付けるか。」夢水は忍刀を抜き放ちやる気満々である。


「切っても死なないんじゃない?」夢火はやはり冷静だった。


「とりあえず全部燃やしましょう。」カイアの指令でヴァンパイアは消し炭になった。



 そのとき空に暗雲が立ちこめ、そして雷が光った。声なのか悪夢なのかわからないが、一行は確かに聞いた。



「ふっふっふ、配下の獣の餌にしようか、あるいは末端の眷属の活力の元にしようかと思ったが、凌いだようだな。だが、悪あがきはそこまでだ。こんなところで朽ち果てる己の身を呪うが良い。」



「何だ、いまのは?」夢水が周りを見渡す。


「誰かの声だったのかな?」夢火も同じ仕草で周りを見渡す。


「ともかく再装填を急げ!銀の銃弾だ!」カイアの号令。


「ううむ、これは使いたくないが。」スヴィーテン博士は聖餅と十字架を取り出した。


「さっき末端の眷属と言っていたよな。」上位クラスの攻撃を想定して緊張する夢水。


「今度の敵には私たちの新必殺技をお見舞いするわよ!」謎の余裕のミネルネ。




 周囲の色合いがピンクと紫色に変わった。誰の目にも既視感しかないキッチな耽美の色彩。20代後半とおぼしき邪悪な女の声。何人だろう?3人だ。この音声の邪悪さはどのように形容できるのだろう?声優の力の見せ所だ。



「ここから先に行けると思うの?」


「死んじゃうわよ。うふふふ。」


「死んだと気づく前に命が消えるわ。くふふ。」


「でも気持ちよすぎて死んだ方がましだと思うわね、きっと。」


「その無駄な命のたぎりもなくなってスッキリするわよ。きゃははは。」


「あら、まだ抗う気落ちを持ってるの?」


「無駄よ。だって私たち...」


「地獄の花嫁ですもの。」



 一同は一斉に攻撃を開始した。ボウガンの火弾、スリングの火弾、二連燧銃の銀の銃弾。しかしそのすべてが虚空に飲み込まれ無効化される。地獄の花嫁たちは、実体ではないだろうが、一行の前にマウント・ラシュモアの彫像のような巨大な姿を現す。



「無駄ですよ。」


「自らの無力を察しなさい。」


「きゃはははは、ウケるー、攻撃だって!」




「ふふふ、おばさんたち、ウケるーとか言わないで」ミネとルネが前に出た。


「不老不死って言ってもなんかちょっと違う。」


「生きてないから生き生きしてない。」


「今しかない瞬間を生きるから輝くのに。」


「うちらのご先祖のミナルナは永遠のアイドルだよ。」




「歌と踊りで敵もメロメロにしたよ。」


「メロメロになって死んだけどね。」


「だってうちら金竜疾風のくノ一だから。」


「不死者だって黙らせちゃうよ。」



「見てなさい、私たちの“アンジェリック・ユニゾン・クレッセンド”!」



 地獄の花嫁たちは光に包まれ、邪悪なエネルギーが溶けて行く。ピンクと紫の闇が消え、浄化された清らかな世界が現れた。



一行の前に道が開けた。山道を登る道、そしてその先には漆黒の尖塔を湛える城が姿を現した。そこに元凶がいるのだろうと誰もが察した。




 一行の前に道が開けた。山道を登る道、そしてその先には漆黒の尖塔を湛える城が姿を現した。その城は、まるで世界から切り離されたような異様な存在感を放っていた。壁面には年月を重ねた苔が這い、尖塔の影は不気味に揺らめいている。城から漏れる微かな光が、山間に漂う霧を照らし、亡霊のような形を作り出していた。



 不安と緊張が一行の胸に重くのしかかったが、ここまでたどり着くと逆に吹っ切れる。好奇心が恐怖心を押しのける。6人は無心に先へ進んだ。道を照らすのは赤い満月だけだが、しばしば雲に遮られ、足下の岩や石柱などの障害物が闇に溶け込む。慎重にゆっくりと彼らは進んだ。そしてやっと城門にたどり着いた。



 突然尖塔の窓から巨大なコウモリが飛び立ち、城門の上に降り立った。そして一瞬にして霧になると再び黒衣にマントをまとった男の姿に変わった。



「ついにここまでたどり着いたか。」男の声は低く冷たく、しかし引き込まれそうになる魅了の力を持っていた。


「せっかくここまでたどり着いたのだ、名乗ってやろう。我が名はドラキュラ、不死の王である。ドラゴンが守るショロマンスの洞窟で黒魔法とネクロマンシーを学び、闇を操る力を得た。その力を振るって、ワラキア王としてトルコ人と幾度となく戦い、勝つときも負けるときもあったが何度も蘇り,敵を屠った。不死王であるから,たとえ負けてもその敗北は暫定的なものに過ぎず、勝利を喜ぶ敵は、いずれ蘇った私に串刺しにされるのだ。おまえたちの前に立つ我がどのような存在であるか、その目に映る恐怖とその身体に刻まれる痛みを通して見定めるが良い。」



 一行は後ずさりし、教会から与えられた聖餅と十字架を構えた。しかしドラキュラは哄笑した。



「信仰を持たぬものがそのような道具に頼るのか?我にとってそれは何の意味も持たないがらくたに過ぎん。」ドラキュラがマントを掴み大きく振りかざすと、スヴィーテン以外の者の聖遺物は粉々に崩れ落ちた。



「私はキリスト者だ。」スヴェーテンはたじろがず,聖遺物をドラキュラにかざした。


「ほう、啓蒙とやらを信奉する者がキリスト者を自称するか。」ドラキュラは不敵に笑う。

「どうせ現世の便宜を図るための方便であろう。キリスト者を自称しなければ地位も名誉も得られぬからな。科学者よ、奇跡など信じてはおるまい。イエスとやらは本当に死して蘇ったのか?肉塊になり、骨になり、そして土に帰ったのではないのか?だが我は違う。我は何度でも蘇った。ならば科学者よ、我こそが神の名にふさわしいのではないのか?」



「いかん、いったん離脱だ!」スヴィーテンが叫んだ。



ドラキュラは一瞬消えて、一行の背後に再び現れた。



「馬鹿め。逃げられるとでも思ったか?このままひねり潰してやっても良いが、めったにないせっかくの余興、ゆっくり味わい尽くさなければもったいない。さあ、攻撃してみるか?言っておくがおまえたちの武器では我にかすり傷を負わせることもかなわぬぞ。低い階梯の眷属と我は根本的に違うのだ。」



 銀の弾丸が装填された2連燧銃が4丁、一斉に発射された。硝煙の中から現れたドラキュラは、身をくるんでいたマントを再び広げ、冷たくほくそ笑んでいる。カイアのボウガンが火弾を放った。火弾はまるで氷塊に命中したかのようにシュウと音を立ててドラキュラの足下に落ちた。



「おい、ミネとルネ、さっきのお見舞いしてやれ!」夢水が叫ぶ。


「ごめん、あれ1週間に1回しか使えない。」ミネルネの無意味なユニゾン。



「逃げろ!」スヴィーテンはそう叫んで背中から2本の管を引き出し、ドラキュラに向けて何かを噴射した。


「む、これは...」ドラキュラは少し顔色を変え後ずさりした。


「やつはいま前に進めない。いまのうちだ、逃げろ!」スヴィーテンはそう叫び年齢に似合わない速度で背後に駆けた。金竜疾風ももちろんそれ以上の速度で宙に跳んでその場から消えた。



「あの液体、何だったの?」城が小さく見えるほどの距離まで離れたところで、息を切らすこともなくミネルネが尋ねた。


「濃縮した聖水と聖油だ。特製の水鉄砲で撃ってやった。」スヴェーテンは息が上がっている。


「どうしましょう?これでは勝てそうにない。」カイアの心は折れかけていた。


「奴を倒さなくても、出てこられなくすれば良い。」スヴェーテンは静かに言った。


「奴が寄って立つところのものを除去すれば良いだけのこと。」


「何をどうすれば?」


「君は鳩で通信できると言っていたね?」


「はい、ここからならブダペストまで飛ばせます。」


「よろしい。ではブダペストの総督府に次のように言付けてくれ。」




 一行はビストリッツまで退却し、宿屋を拠点とした。この町の人々は信心深く、町のあちこちで十字を切って何やら祈祷の言葉を呟いている。だがしかし、それはスヴィーテンが親しんだカトリックの祈祷ではなかった。この地方ではカトリックより東方教会の力が強いようだった。



 数日後、ブダペストから5000人の大部隊がやってきた。兵士ではない。いや、兵士も混じっていたが工兵隊だった。工兵の指示のもと、シャベルやツルハシを持った人足たちがキビキビと動いていた。やがて2000人規模の増援が到着した。彼らは馬に引かせた1000台の荷車で大きな荷物を運んで来た。



 部隊が揃ったところで、ファン・スヴィーテン博士は壇上から次のように指示を出した。



「諸君、この先の峠の向こうには忌まわしき呪われた城がある。そこの主は不死の王ドラキュラである。オーストリア軍の精鋭1万をもってしても奴を打ち破ることは難しいだろう。そして、よしんば打ち破ることができたとしても、その勝利は暫定的なものに過ぎず、奴は何度でも蘇って、こちらを消滅させるまで襲い続けるだろう。奴は忌まわしいことに無敵なのだ。しかし、奴が寄って立つところのものを奪えばどうなるか?奴は文字通り立ち続けることができなくなり、われわれの前に姿を現すことができなくなる。つまり封印することができるのだ。考えてみて欲しい。奴がこれまでハンガリーに、あるいはセルビアに現れたことがあっただろうか?現れたのは奴の下級眷属だけ。奴自身はこの土地、トランシルヴァニアのこの場所を離れることができない。なぜか?奴は不死者としてこの土地、先祖が祝福し、奴のかつての民草が溶け込んだこの土地、いやこの大地、この土を必要としているからだ。なのでわれらの作戦は、この大地を根本から変える。土の成分を化学的に変成させ、奴が力をそこから取り出せなくすることだ。植生も動物相も激変し、自然環境が破壊される。だが、それによって奴はもう大地の恵みを受け取れなくなる。増援組が運んできたのはトランシルヴァニアの塩山から掘削した岩塩である。これから大工事になる。第1班は土の運び出しだ。城の周囲の土を掘り出して運び出す。安全のため、大量の聖水で城の周囲は封鎖する。運び出した呪われた土は、黒海に捨てよ。第2班は掘り出された後のくぼみに岩塩を詰めろ。城の周囲は岩塩で埋め尽くされる。この塩分は長い年月を経て土壌に染みこみ、この土地の土壌を変える。第3班は、岩塩の上に石畳を建設だ。石畳で岩塩に蓋をする。奴が僕を使って岩塩を除去することを防ぐためだ。では、工事にかかってくれ!」



「スヴィーテンさん、容赦なく徹底的だ。」夢水が目を剥く。


「これが科学の力というわけね。」カイアは感慨深く頷いた。


「スヴィーテンさん、これでドラキュラは二度と現れないの?」ミネルネは心配そうに尋ねた。


「いや、この結界は150年ほどしかもたない。おそらく1880年前後に奴は復活する。だが、心配しても仕方がない。われわれ人間は強く賢くなる運命だ。19世紀末の勇者たちがきっと奴を倒してくれるだろう。」


「1880年か。どんな世界になっているんだろう?」カイアは目を閉じて想像した。







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織田忍者「金竜疾風」 vs. ヴァンパイア @schueins

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