第39話 相性はやっぱり悪いです
夜の21時を回る頃、私はスマホと格闘をしていた。今までスマホのテレビ通話などしたことがなかったから、どうにも勝手がわからない。結花さんといた時に一度だけ見たことはあったが、自分で操作をするとなれば話は別である。
今日、私は無事に祖父母の家につくことが出来た。着いたのは夕方だったので墓参りは明日にして、夕食をご馳走になりつつ近況等を話した。母のこともあったので少しばかり不安であったが、祖父母はまだまだ元気そうにしており一安心したものだ。
夕食を食べ終わった後もテレビを見つつ、雑談に花を咲かせていたのだが、流石に年寄りだからだろうか21時にもならない時間に寝ることとなる。私も移動での疲労もあったので素直に受け入れると、2階の一室を寝室として与えられた。二人は1階で寝るようだ。
寝る前に千鈴さんと通話ができたらするつもりだったので、これは私にとっても都合がよかった。2階の寝室でスマホをかざすと、電波は強くもないが弱くもなく、通話ぐらいなら出来そうである。
部屋の中は暗くしており、枕もとに置いた電気スタンドとスマホだけが明かりだ。クーラーをつけているので窓を閉め切っているのだが、それでも聞こえてくるカエルと虫の音が煩い。
慣れないながらもスマホを弄ること15分、ようやくそれらしいやり方を見つけ出せた。少し緊張した指で通話のボタンを押すと、小さな電子音でコールが鳴り始める。やっと通話をかけることに成功したからか、それとも千鈴さんに通話をかけているからかはわからないが、胸の奥に小さな高揚感がある。
たったの数コールだけでも長い時間がかかっている気もする。まだ出てくれはしないのか、焦れた気持ちが湧き始める。しかしよく考えると、あくまでふんわりとした約束しかしていないので、千鈴さんが出ない可能性もあるのだ。
いや、そもそも約束すらしていない。ただ私が通話したいと言っただけで、返事も聞いていなかった気がする。今更になって自分が空回っていることに気づいた。そうなるとこのコールも虚しく響いているみたいに感じてくる。
あまりずっと鳴らしているのも悪いかと思い、もう切ろうかと考えたその時、コールが止まり画面が切り替わった。諦めかけていただけに驚いて、つい背筋が伸びる。先ほどまで消えかけていた高揚感も俄かに戻ってきたのだが――
「やっほー、晴乃ちゃーん。久しぶりー、結花さんだよー!」
一気に心が萎んでしまった。風船に小さな穴が開き空気が漏れだしたみたいだ。
「……すいません、間違えました。切りますね」
「待って、晴ちゃん待って! 間違えてないよ!」
映っているのはアップになった結花さんだけだが、千鈴さんの声が後ろから聞こえてきた。何度も確認はしたので、千鈴さんのスマホにかけたのは間違いないとわかってはいた。しかし急に結花さんが現れるものだから、つい反射的に切りたくなってしまったのだ。
「何でいるんですか?」
「なんか冷たくなーい? 一晩二人きりで過ごした仲なのになー」
「やっぱり切りますね」
「晴ちゃんっ、切っちゃダメ! お姉様もいい加減スマホ返して!」
画面が大きく揺れ、収まる頃には千鈴さんが映し出された。結花さんもちゃっかり後ろに映り込んでいる。
「ごめんね。通話がかかってくるなりお姉様にスマホ取られちゃって、取り合いしてたから出るの遅れちゃった」
「だってさー、折角お姉ちゃんが帰ってきてるのに、千鈴ちゃんったらスマホばっかり気にしてるんだよ。お喋り中もずっとうわの空で、お姉ちゃんを嫉妬させた罰です」
「そ、それは……私が悪かったけど……」
どうやら千鈴さんは私の連絡を待っていてくれていたらしい。私の空回りではなかったみたいだ。そもそも電波的に通話できるかさえわからなかったのにだ。それなのに律儀にずっと待っていてくれたのだろうか。げんなりとして萎んでいた心が再び膨らみ、笑みが漏れてしまう。
「……そんなに楽しみにしていてくれたのですか?」
「うえっ!? そ、そんなことないよ? 出てあげられなかったら晴ちゃんが可愛そうだなって思っただけで……」
「そんなことあるでしょ。主人の帰りを玄関で待つ犬みたいだったと伝えておきます。現場からは以上です」
「お姉様っ!」
むくれた千鈴さんが結花さんに掴みかかろうとするが、片手であしらわれている。妹のあやし方などお手の物だと言わんばかりだ。さらにはそれを好機として、体を入れ替えて画面の前面へ出てくる。
「聞いてよー、晴乃ちゃん。千鈴ちゃんの牙が抜けかけてるって聞いたからさ、『そりゃきっと落ち込んでいることだろう。お姉様が慰めてあげねば』って思ってさ心配して帰ってきてあげったていうのに、大して落ち込んでないし微妙な反応するんだよ。まいっちゃうね」
「……それは嬉しかったけど、でも半分くらいは面白がっているだけでしょ」
「バレちゃった? あと付け加えるなら大学関連の書類で用事もあったから、どのみちそろそろ帰らなきゃとは思ってたんだよねー」
僅かに疲れた表情をした千鈴さんは、掴みかかることを諦めて結花さんを押しのける。
「……と言うわけでお姉様も一緒になっちゃった。ごめんね」
「今からでも退出して頂いても結構ですよ?」
「そ、それは流石に……」
「そーだよ! 晴乃ちゃんともお喋り出来るかなって期待してたのに、丁度タイミングよく居ないんだもの。お姉さんが同席するくらい許してくれてもいいんじゃない? それなのにそんな言いぐさは酷いよぉ」
いけない。いくら苦手意識の根付いた相手だとはいえ、千鈴さんと仲の良い姉に向かって「出ていけ」は言い過ぎた。無意識に拒否反応が出てしまったのか。それとも千鈴さんと二人きりで話したかったのか。
「……失礼しました」
「余は寛大だから、許してやらんこともないぞよ」
言い回しが癇に障るが、グッと堪える。感情を揺さぶってくるのは、あの人の常套手段だ。下手に乗っかるとあちらのペースに巻き込まれてしまう。
「何がお望みでしょうか?」
「そんな身構えなくてもいいのにさ。もうちょっと楽しくお喋りしたいだけだよー」
「千鈴ちゃんもそれがいいよね」と言いながら彼女を後ろから抱きしめて懐柔を図っている。効果は大きのか千鈴さんはすっかり絆されていた。流石にここから結花さんを追い出すのは難しい。向こうのスマホに映し出された私は、さぞかし苦虫を噛み潰していることだろう。
「でさ、気の利くお姉さんから話題の提供をしてあげよっかな」
「遠慮してもいいんですよ?」
「えっとねー、そうだなー」
止めても無駄だと知りつつ釘を刺したのだが、案の定無視された。あまりに予想通りなので腹立ちすらしない。それに何やら考えているふりをしているが、もう彼女の中では話題は決まっているはずだ。そしてきっと碌でもない話しに決まっている。
「そうだっ! うら若き乙女が三人も揃っているんだし、恋バナとかどうかな」
「もうしたよ、お姉様」
「ええ、それもかなり直近に」
私達二人のダメ出しに肩を落として落ち込むふりをする結花さん。思ったよりましな話題ではあったが、なぜこの姉妹はそんなに恋バナをしたがるのだろうか。
「えー、あたしだけ仲間はずれにして楽しい話してたのー? じゃあさ、どんな話をしたのかだけでも教えてよ」
「別に大した話はしてませんよ。ねえ、千鈴さん」
「えっ? あっ、うん、そうだね。そもそも私は恋愛とかしたことないから話せることが無かったし……」
「ふーん、そうかなー?」
猛烈に嫌な予感がした。千鈴さんからは見えていないだろうが、結花さんが目を細めて私達二人の反応を探っていた。
「別に付き合ってた時の話だけが恋バナじゃないでしょ」
「じゃあ他に何があるの?」
「そりゃあ色々あるよ。好きなタイプの話とか、片思いしてる人の話とかさ」
「えっ、あっ、す、好きなタイプの話?」
急に狼狽える始める千鈴さん。そちらも気にはなるが、私は他に構う余裕が無かった。結花さんの目はずっとこちらを見据えている。直感的にわかる。今の彼女の獲物は私なのだろう。
「後は、そうだね。……最近は性癖の話とかもするらしいよ?」
「性癖?」
「お断りします!」
多少強引だろうが、出鼻を叩いておく。巻き込まれないためには、これくらい強く拒絶を示しておくべきだ。普段以上に語気が強かったからだろうか、千鈴さんが驚いた顔をしている。
「何をそんなに慌ててるのかなー。たださ、どんなことが好きか語るだけじゃん。ちなみにあたしは腐れ縁の幼馴染がタイプです」
「聞いてません」
「実は昔から献属をしてくれてる子なんだけどね、あたしが他の子の血を吸うと明らかに不機嫌そうになるのに『なにも気にしてません』風を装うのが可愛いんだよね。だから余計に他の子に手を出しちゃうんだけど、それでも愛想を尽かさずに付き合ってくれるの。それがもう愛しくて」
先に自分の話をさらけ出すことで、場の雰囲気を誘導するのはズルいと思う。現に千鈴さんは熱心に彼女の話を聞いている。こんな歪んだ話が面白いのだろうか。
「じゃあ次は晴乃ちゃんねー。折角だからさ、ぶっちゃけちゃおうよ」
「だから嫌だと言ってます」
「でも千鈴ちゃんも興味あるよね? 晴乃ちゃんの好き嫌いとかほとんど聞いたことないんじゃないの?」
本当に嫌らしい人だ。千鈴さんを巻き込んで逃げ道を塞ぐ。それに性癖というセンシティブな話をただの好き嫌いと表して、自分が強制しようとしていることを矮小化して見せている。
「えっ、う、うん。興味は……あるかも。でも無理強いは良くないと思うし……」
「大丈夫だって。別に全部包み隠さず曝け出せってわけじゃないんだしさ。適当にちょっと恥ずかしい内面を見せてくれるだけでいいんだよ。恋バナってそういうもんじゃない? ねっ」
「……そう、なのかも?」
ぶっちゃけろと言ったのはあなただろう。でも確かに適当に本音に嘘を織り込んで話すのは手かもしれない。このまま拒否し続けてもいいが、あまりに結花さんと不仲なところを見せつけるのは千鈴さんにとって心苦しいはずだ。彼女のためにも多少は妥協して、場の空気の改善を図るべきか。
「ちなみにさ、やっぱこの手の話って他人から伝わるより、本人から告白した方がいいと思わない? どうかな、晴乃ちゃん」
「お姉様?」
駄目だった。あまりにもこの人は、こちらの神経を逆なでしてくる。要するに、私が適当な話をでっち上げようものなら、結花さんが千鈴さんへ余計な事を吹き込むぞと匂わせているのだ。不本意ながら彼女は私の心情を理解しているため、それも可能ではあるだろう。
「千鈴さん、ごめんなさい。体調が優れないのでもう寝ますね。……また今度連絡します」
「は、晴ちゃん?」
そう告げてから私はスマホの電源ごと通話を切った。こんな醜態を見せることになり千鈴さんには本当に申し訳なく思うが、あまりに不快だった。布団にくるまって不貞寝を決め込む。あることないこと吹聴するならすればいい。私は知らぬ存ぜぬで通してやる。
「……はぁ」
大きなため息が出てしまう。楽しくお喋りするはずだったのに、どうしてこんな気持ちで寝なければならないのか。結花さんか。全てあの人が悪い。
どうか夢の中にだけは、あの人が出てきませんように。そう願いながら眠りについた。
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