第24話 処罰されたい
私は晴ちゃんにリビングへ呼び出されていた。
時間としては夕食が終わり、片付けなども含めて一息ついた頃だ。この時間と場所を指定したのは晴ちゃんである。
私が夕方の狼藉を終えた後、彼女は拗ねた顔で時刻になったら来るように伝えてきた。それ以降はまともに口をきいてくれてない。必要最低限の連絡をぼそぼそと話してくれるだけだ。完全に怒らせてしまったようだ。
その場で怒らず、あえて時間を置いたのは夕食の時刻が差し迫ってたからだろう。個人的な感情よりも職務を優先する素晴らしいメイドさんだと思う。でも逆にそれが怖くもある。
この時間を空けることが吉と出るか凶と出るか分からない。もしかしたら溜めこまれた怒りがさらに蓄積して、爆発する可能性だってあるのだ。
それが分かっていても私には彼女の言うことに従うしかない。私の立場はこの上なく弱い。逆らうことなど、とてもじゃないけど出来はしない。大人しく裁きの時をまった。
時間になる少し前にお手洗いに行き、長時間のお説教に備える。リビングの扉の前まで行くと、頬を軽くピシャピシャと叩いて覚悟を決めた。
意を決して扉を開く。部屋の中には既に晴ちゃんがいた。
部屋の中央に設置されたソファの一つに座ってる。私が部屋に入ってきたことには気づいてるみたいで、横目でこちらを見ていた。
初めて見る冷たい目つきに緊張が走る。
「こちらへきて座って下さい」
言葉に従って、晴ちゃんの前まで歩いていく。たった数秒の距離ではあるが、たどり着くまでがとても長く感じる。
彼女の目の前で正座した。
どんなお叱りも受けるつもりでいる。それに先ほど覚悟もした。
ここで言う覚悟とは、全ての処罰を粛々と受け入れる覚悟ではない。もし仮に晴ちゃんが献属を解消したい等と申し出てきた場合、例え足に縋り付いてでも許しを請う覚悟である。
そのために座る場所も床を選んだ。いつでも土下座をし易くするためだ。私は無条件降伏をしてでも、最悪の処罰だけは避けなければならない。
そんな気持ちで晴ちゃんが口を開くのを待っていると、彼女は右手でソファの隣をポスポスと叩いた。
ここへ座れと言う意味だろうか。
だがそれはできない。そこでは十分な謝罪ができないからだ。まだ彼女がどれほどの怒りを秘めているか把握できていない。その前に動くことは出来ない。
改めて姿勢を正し正座を続け、動かない意思を伝える。
晴ちゃんの目が細められ、更に鋭くなる。
それでもまだ私が動かないことを察した彼女は、今度は手招きして近づいてくるように指示した。
座ったまま、にじり寄るにして移動する。ソファに座った彼女の膝のすぐ傍まで接近した。
すると彼女は手を伸ばしてきて私のほっぺたをつまんだ。それも両側共に。
「はるひゃん?」
それでも彼女は何も言わない。
少し痛いくらいの力加減を保持したまま、上下左右に引き延ばされ、こねくり回される。ムニムニと弾力を確かめるように揉んでもきた。
彼女から与えられるささやかなお仕置に、ちょっと安心した。
心底怒るか呆れるかしている人間は、決してこんなことはしないだろう。こんな中途半端な気持ちのぶつけ方はしない。怒鳴るか、もう関わりたくないと拒絶するかのどちらかだと思う。
だからこその安心だ。まだ許されたわけでもないし、未だに怒ってはいるのだろう。楽観視していい状況じゃない。しかし既に手遅れになっていいたわけじゃないことが嬉しい。これならば挽回の機会がある気がする。
「何を笑っているんですか。これは罰なんですよ」
つい顔を緩めてしまったのだろう。ムスッとした表情でようやく晴ちゃんが口を開いてくれた。それが嬉しくて、余計に表情を緩めそうになる。
「はるひゃん、ごみぇんなひゃい《ごめんなさい》」
頬を触りやすいように上体を前に倒して、頭を晴ちゃんの太ももの上に乗せた。顎が太ももの間に挟まり、柔らかい感触が伝わってくる。しかし流石にそれを気にする余裕はない。
「殊勝な心掛けで結構です」
満更でもない様子で、より頬弄りに精を出される。罰とは言っているが、心なしか楽しげだ。そんなに楽しいのだろうか。
これが終わった後に、きっと私のほっぺたは赤くなっていることだろう。だがそれで彼女の怒りが少しでも静まるなら安い物である。
暫くの間、晴ちゃんのなすが儘にされる。
お互いに言葉を発せず、無言の時間が続く。
だけど気まずさはない。どこか楽しそうな彼女の様子を見れているだけで今は満足できる。
「……本当は色々言いたいことは考えていたんです」
しかし、そんな空気を破ったのは晴ちゃんの方からだった。
「ですが、私は口が上手い方ではありまん。余計なことまで言ってしまいそうなので、感情のままに怒りをぶつけたくなかったんです。だからこうすることにしました」
「ちゅまむにょがいいにょ《つまむのがいいの》?」
「ええ、千鈴さんの頬を弄っていると幾分か怒りが和らぎました。それに可愛いお顔が、変な顔になるのを見るのは面白いです」
ああ、だから時々ニヤニヤとした顔をしていたのか。その行為に文句はないけど、彼女が悪戯な笑みを浮かべているので、あえて形ばかりの抗議をする。悪戯は相手の反応があってこそ楽しいのだから。
「ひおい《ひどい》」
「ひどくありませんよ。私も辱められたので、そのお返しです」
案の定したり顔で反論してきた。ちょっとご機嫌だ。
しかしそれも長くは続かなかった。何かを思い出しのか、また彼女の表情がむくれ始める。
「……ええ、本当に恥ずかしかったです。くすぐったくて変な声も出ますし、醜態を晒してしまいました」
「れも《でも》、
晴ちゃんは醜態と感じてるようだけど、私はとっても可愛かったと思ってる。それに私達しかいなかったんだから、そこまで気にしなくてもいいのではないだろうか。
「……見られてました」
「うぇ?」
「司さんに見られていました……」
顔を朱に染めて、羞恥に耐えるように震えている。それと同期するように頬をつまむ指にも力が入れられた。我慢できない程ではないけど痛い。
「あれだけ時間がかかっていたので当然ですが、いつの間にかキッチンに一度戻られていたそうです」
まったく気づかなかった。
けど、言われてみれば当たり前ではある。夕食の用意等もあるだろうし、浴室に向かうはずだった私がいつまでも現れなければ探しにもくるだろう。
「注意するか迷ったものの、盛り上がっていたから結局は時間ギリギリまで放置することにしたそうです。……盛り上がっていたわけではないですけどねっ!」
私は非常に盛り上がっていたから、あながち間違いではない。晴ちゃんがいる前では口が裂けても言えないが、放置してくれてありがとうと言いたい。
思いっきりほっぺたを両側へ引っ張られる。正直とても痛い。
限界まで引き延ばされたことにより、ついに指が外れた。再度つねる気は無いようで、手は伸びてこない。お仕置はここまでみたいだ。
だが心のわだかまりは解けておらず、言葉となって放出される。
「本当に恥ずかしかったんですからね」
「うん、ごめんね」
「止めてって何度もいいました」
「聞いてた、ごめんね」
「虐められました」
「そうだね。ごめんね」
堰を切ったように恨み言を漏らしてくる。
いや恐らくこれはただの愚痴だろう。拗ねた顔でジトっと見てはくるものの、先ほどまでよりは怒りが薄らいでいるように感じる。ただ胸の内に溜まった黒い感情を、この場で全て吐き出しておきたいだけかもしれない。
内容も尤もなことを述べているので、言い訳などせずにひたすら謝り続ける。
そんなやり取りを何度か繰り返した。
そのうち粗方言いたいことは言い切ったのか、一息入れて真剣な顔で見つめられる。
「もう……こんなことはしませんね?」
「うん、しないよ」
こんな危ない橋を渡るのは一度だけでいい。私もやり過ぎたと本心から深く反省してる。
「今後背中に触るのもダメですよ」
「え?」
反省はしてるけど、つい残念な気持ちが漏れてしまった。また冷たい目を向けられる。
「さ、触りません。無断では……」
「言い方に含みがありますね、まあいいでしょう」
フッと短い息が吐かれ、彼女の顔が緩む。ようやくわだかまりが無くなったようだ。本当に嬉しい。
そして晴ちゃんは今度は逆に優し気な、心配そうな顔をしだした。
「……少し頬が赤くなってしまいましたね。すいません」
彼女の細い指が伸びてきて、指先がなぞるくらいの軽さで擦られる。こそばゆくはあるけど、それが快い。
「謝らなくてもいいのに。これは罰だったんでしょ?」
「それはそうですが……」
彼女も感情のままにやり過ぎたことを後悔しているのかもしれない。それならただ「気にしてないよ」と言うよりも、気の済むようなことをさせてあげた方が楽になるだろう。
私は彼女の指先に自分から頬を押し付けに行く。「ならもっと撫でてくれ」と催促する動きの意図は伝わったのか、苦笑しながらも今度は掌全体で包んでくれてゆっくりと撫でてくれる。
心地よく、穏やかな雰囲気が流れる。最初はどうなることかと思ったけど、私にとって満点の仲直りではないだろうか。これ以上はなかった気がする。
またこれでいつもの関係に戻ることが出来た。いや雨降って地固まるとも言うし、より仲が深まったのではないだろうか。
そんなことを考えてるぐらい安堵しきっていた。
だけど、最後の最後に晴ちゃんによって爆弾が落とされる。
「……ふと感じたのですが、最近千鈴さんって変態じみたことを好みますよね?」
完全に元通りとはいかないのかもしれない。
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