第21話 襟飾を直します

「そろそろ出ようかな」


 お見送りと戸締りのために、玄関まで彼女と一緒に向かう。


 彼女は高校指定の制服に身を包み、肩掛けのスクールバッグを手に持っている。


 ブレザーの制服は着崩されず、改造もない。スカートは短すぎず長すぎず、膝がギリギリ隠れる長さ。下にもジャージを履いたりすることもせず、校則通りの正しい着用を守っていた。


 私も高校生時代は正しい着用を心がける派であったため、この姿には好感を持てる。


 やはりお嬢様だから、そういったところは厳しいのだろうか。まだ彼女の母親とは、人となりを知れるほどの会話はしていないのでわからない。ただ司さんは厳しそうだなと勝手な偏見はあった。


 卒業してまだ半年さえも経っていないのだが、正直この制服にはもう懐かしささえ覚える。何故だろうか。


 やはりここに来てからの方が色々とあったので、体感時間が長いからだろうか。高校生活は母のお見舞いと勉強、それにバイト漬けだったからか、あっという間に過ぎてしまった。


 それはそれで充実はしていたが、遊ぶということには無縁であった。だからかだろうか、軽く会話する程度の友達はたくさんいたが、スマホでやり取りする友人は一人もいなかった。している暇がなかったのも事実ではあるけれど。


 結論として高校生活に後悔はないが、青春を謳歌する高校生活とやらも羨ましくはある。


 そう考えると制服を着崩したりして、怒られない範囲で精一杯のオシャレをするのも悪くはないかもしれない。あれもまた青春の一部ではあるだろう。


 ……何を考えているのか。


 飛躍し、それ過ぎた思考はいつの間にか変な方向へ進んでいた。


 現実へ戻ると千鈴さんが足を止め、こちらを見ていた。変な事を考えていたから、きっと様子がおかしかったのだろう。小首を傾げ、不思議そうな目で見ている。


「すいません、何でもないです。下らないことを考えていました」

「晴ちゃんでもぼーっとしたりするんだね」

「はい、制服を着崩すのも悪くはないかなと考えてました」

「なにそれ」


 私の言ったことが意味不明だったのだろう。おかしそうにクスクスと笑われる。


「晴ちゃんって制服着崩すタイプじゃなかったでしょ」

「私はそうです。千鈴さんは着崩さないんですか?」

「んー、司さんが苦い顔をすると思うな」


 やはりそうなんだ。思った通りである。


 短い時間ではあったが、他愛もない話をしているうちに玄関へ着いた。彼女の靴をシューズボックスから取り出し、揃えて土間へ置く。


「……それに私は着崩すよりも、きっちりと着た方がカッコいいと思っちゃうし」


 彼女も内履きを脱ぎ、靴ヘラを使用してローファーを履き始めた。私は内履きを回収する。


「わかります。私もそうです」

「『も』じゃないよ」


 内履きを回収しようとして屈んだ私の目の前、彼女は見下ろすような位置に立った。


 私も見上げたので目と目が合う。


「晴ちゃんがそうだったから、私は憧れて真似してるんだよ」


 彼女の左手が伸び、私の髪をサワサワと弄ぶように触る。目は細められ、優しくこちらを見つめていた。


 憧れられて真似されることは素直に嬉しい。でもどこか気恥ずかしさはある。


 「そんな大したものではない」と謙遜が口をついて出そうになるが、他人の憧れにケチをつけるのも違う気がして飲み込んだ。


「ありがとうございます」

「どういたしまして?」


 代わりに感謝を口に出したのだが、余計に微妙な空気になってしまった。とりあえず内履きを拾い立ち上がる。私の髪を触っていた手も、ついてくることなく引っ込められた。


「…それじゃそろそろいってくるね」


 私が内履きを収納しにいくと、千鈴さんは手に持っていた鞄を担ぎなおし、外に出ようとする。


「あ、お待ちください」 


 このまま行かせても何ら問題は無いのだが、あえて私は千鈴さんを呼び止めた。


「こちらを向いてください」


 彼女の胸元へ手を伸ばした。


 私達の高校ではブレザーに女子もネクタイをする。ネクタイの色分けで学年が識別できるようになっているので、男女共通となっている。


 そんなネクタイを一度ほどく。彼女は突然のことで驚いてはいるが、なすが儘にされている。


「私を真似してくれているのは嬉しいです」


 ネクタイの小剣を大剣にクロスさせるようにして巻き付けていく。


「ですが、あなたは私と違って可愛らしんですから、少しくらい遊び心があってもいいのではないでしょうか」


 結びを整えつつ、最後に締め付けすぎないよう注意して引き絞る。


「苦しくないですか?」

「だ、大丈夫」


 そう言いつつも、先ほどから彼女の顔には赤みが差している。まだ引き絞る前からそうなので、苦しいのとはまた別の話ではあると思う。


 私もこれは分かる気がする。ネクタイ等を他人にしてもらうのは照れてしまうものなのだ。それが親しい人とかは関係なく、世話をされているような羞恥心が出てくる。


 心の中でわかるぞと頷きつつも、最終的な形を整えた。


「はい、これで大丈夫です。可愛くなりましたよ」


 私がネクタイでしたことは、結び方をエルドリッジノットに変えたことだ。


 エルドリッジノットは結び目の段差が強調され、編み込んだような形が綺麗な結び方だ。

 ちょっと派手ではあるし、学校という場には不相応ではある。しかしきっちりかっちり正しく着用された制服においては、いいアクセントになっていると思った。


 校則には結び方の規定はなかったはずだし、怒られはしないだろう。それにもし注意されればすぐ戻せばいいだけだ。


 まあこんなことをしたのは、私の自己満足であるのは否定できないのだけれども。


「か、可愛い……?」

「これはすいません、失言でした。いつも可愛かったですよね」

「もう、そうじゃないよ。……ほんとに思ってる?」

「ええ、勿論です」

「えー、じゃあ私はー?」


 不意にすぐ後ろから声をかけられた。ネクタイを結ぶのに集中していたせいか、誰かが来ていることに気づかなかった。


 驚いて振り向くと舞里さんが立っている。彼女も登校をするために中学の制服に身を包み、鞄などの持ち物も準備万端の様だ。


「舞里さんも、もう出ますか?」

「うん。それより私は?」


 舞里さんは見せつけるようにその場で体を一回転させる。制服自体はこの辺ではよく見る学校のものであるし、彼女も特段弄っている所はない。


 だが彼女自身が可愛いこともあり、ありふれた制服でも魅力的に見えた。


「はい、舞里さんも可愛いですよ」


 お世辞でも言わされたわけでもない、本心からの言葉。伝わったのかは分からないが、その一言で元から明るかった彼女の表情がより一層輝く。


「ありがとっ。晴乃おねーちゃん好きー」

「ふふっ、嬉しいです。私も舞里さんのこと好きですよ」


 やはり舞里さんは可愛いな。ついつい自分の妹にしたくなってくる。


「わ、私も、晴ちゃんのこと、好き、だよ?」


 千鈴さんが間に入ってきた。


 私の考えていることがバレてしまったのかもしれない。妹を取られことを恐れているのか、拗ねたような厳しい顔をしている。

 

「ありがとうございます。ええ、千鈴さんのことも勿論好いてますよ」

「うん、うんっ!」


 彼女もまた、満面の笑みに変わる。こうしてみると本当にこの姉妹はよく似ている。性格は異なるようで根本の部分は同じなのかもしれない。


 そんなことをしている内に、思った以上の時間が経ってしまっていた。視界の端に入った時計を見てようやく気づく。


「っと、足を止めてしまってすいません。時間を取らせすぎまた。焦る時間ではないですが、そろそろ出た方がいいですね」

「うん、そうかも。……ねえ晴ちゃん、この結び方私はできないから今度教えてね?」

「ええ、いいですよ。教えますし、ご希望であれば毎朝にでも私が結ばさせてもらいます」


 主の身嗜みを整えるのもメイドっぽい感じがする。私は家政婦だが。


「ま、毎日ぃ……いいの?」

「えー、おねーちゃんずるい」

「ず、ずるくないよ! 晴ちゃんは私のメイドさんなんだから」


 あなたの献属ではありますが、専属のメイドではないです。それに家政婦です。


「はい、そこらへんにしておいて下さい。本当にそろそろ時間ですよ」


 言い合っていた姉妹を宥め登校を促す。ただじゃれあっていただけの両者はすぐに改めて準備を整えた。


「それじゃ、いってきます」

「いってきます!」


 少し慌ただしく出て行く姉妹。


 朝から元気があって大変によろしい。そんな二人を喜ばしく、誇らしく思う自分がいる。やはり私はメイドだったかもしれない。


 それならばメイドらしく見送ることにした。


「いってらっしゃいませ、お嬢様方」

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