第14話 相談したけど

 翌日、私は学校から帰ってすぐに相談した。


 まずはお母様。


 忙しいお母様だけど、この時間でも今日は繋がった。


 舞里ちゃんが吸血したいと思ってる旨を伝えると、むしろ大喜びだった。「少し見ないうちに大きくなって」と娘の成長を感慨深く感じてる様は親バカのそれだった。


 まだ早いのではないかと聞いても、「むしろ早い分には困らない」とのこと。その裏にはきっと私が遅かったことが関係してるのだろう。

 さんざん困らせたのだから、私はそうだねと頷き返すことしか出来なかった。


 次は司さん。


 舞里ちゃんが晴ちゃんと吸血したがっている旨を伝える。


 晴ちゃんは私と契約してるのだから、私以外の人とするのは問題があるんじゃないかと思ったのだ。


 いくらしたくても制度上できないなら、舞里ちゃんには諦めてもらうしかない。そう思っていた。


 「出来なくはないです」と回答された。もう記憶もあやふやだが、以前説明された緊急時に使える制度。それを使えば問題にはならないとのことだった。


 要は契約してなくても届出さえ提出すればいいということ。


 無論、契約と違いこの場合では血液を提供する側に金銭的なメリットもない。ただのボランティアになる。だから説明した上での同意が必要なので、晴ちゃん次第になるとも言っていた。


 ちなみに、司さん的には舞里ちゃんが吸血することについては、賛成でも反対でもない中立の立場であるらしい。


 早目に吸血について関心を持つことは喜ばしいけど、わざわざ裏道的な制度を使ってまでする必要は感じられないとのこと。

 だがもしするなら力添えはするとも言われる。


 まだ、もしもの話だからと、言い含め司さんのところからも足早に離れた。


 そして最後に相談しに行ったのは晴ちゃん。


 もし舞里ちゃんと吸血することになっても、平気かなと尋ねてみたのだ。


「私は構いませんよ」


 とりわけ抵抗もなく、晴ちゃんは承諾する。


 私の中でなにかが崩れた、そんな気がした。

 上っていた場所から落ちていく、そんな感覚だ。

 

 なぜ皆そんなに肯定するのだろう。そんなに簡単に許可できるものなのだろうか。


 逆に私は何故この相談が失敗すると思ってたのか。どうせ誰かが難色を示し、話自体が躓き、なくなるものだとばかり考えていた。


 いや違うのか。誰かに否定されたくて相談してたのかもしれない。


 私は昨晩、このことを舞里ちゃんに打ち明けられたとき、はっきりと拒否できなかった。ただ他の人に相談してみるねと、誤魔化すことしかしてない。


 舞里ちゃんが吸血することは良い事だ。間違いない。

 姉として吸血の良さを妹にも味わって欲しいとも思う。

 可愛い妹からのお願いだ、可能な限り叶えてやりたい。

 晴ちゃんは信頼できる。妹の初めてにうってつけだろう。

 それに最近の事で負い目もある。


 私の中では考えれば考えるほど、この話を否定する理由が浮かばなかった。


 だがなんだろう、気持ちだけはとても嫌だと訴えている。いくら舞里ちゃんでもそれだけは断らなければならないと。


 だからこそ、理由を他人に求めた。きっと私が気づいてない、確固たる拒否するべき理由があるんだと信じて。


 結果なにも変わらなかった。最後の砦だと思ってた晴ちゃんもあっさりと承諾した。


「私でいいならお受けいたします。ただ詳しくないのですが、献属が他の人としていいのですか?」

「あっ、うん。……それは大丈夫。それよりも、契約しての吸血じゃないからお給金は出なくて……」


 断る理由になる話を切り出すが、心のどこかで彼女には意味がないとも思ってた。


「そんなこと気にしませんよ。それより、舞里さんの方こそいいんですか?」


 舞里ちゃんは昨日、晴ちゃんを指名している。理由を尋ねてはみたところ「晴おねーちゃんね優しいし、綺麗だし、話しやすいからいいなって思ってて」とのこと。


 私の勘違いかもしれないけど、その声はどこか期待と憧れを含んでいたように感じる。


 姉妹だけあって好みは似るのかもしれない。二人の仲がいいのは喜ばしいことだけど、複雑な気持ちだ。


「うん、晴ちゃんがいいみたい。それで……いいの?」


 答えは分かっているけど、何かの間違いでもいいから断ってくれないかと期待してしまう。


「はい、これで舞里さんとも仲良くなれたら嬉しいですね」


 結局話はまとまってしまった。それも今晩する方向性で。


 舞里ちゃんに伝えた時の嬉しそうな顔は強く頭に残った。


 それを見つめた私の顔は、どんな表情をしていたんだろう。




□□□□□□




 今晩は嫌に喉が渇く。


 気温は高くないのだけど、暑く感じる。私の体温が高いのだろうか。


 キッチンまで行き、水を飲む。冷たい水が熱された体へ滑り込んでいき、非常に美味しいけれど、寝る前なので一杯だけにしておく。


 時計の音が異様に大きく聞こえてた。時間は見たくないけど、どうしても気を引かれる。


 聴覚も過敏になっているようだ。時計だけでなく、家鳴りのような小さな音にさえ、いちいち反応してしまう。


 屋敷全体が静まっているからでもあるけど、遠くの足音もはっきりと聞こえてた。


 誰かがこっちへ近づいてきてる。キッチンへ向かってきてるのか、それともその先の部屋に用があるのか。


 今は誰にも会いたくないけど、誰がどこへ行くのかはとても気になる。


 キッチンから体を出してみると、こちらへ来てた人物と目が合った。


「千鈴さん、ちょうど探していました」


 晴ちゃんだった。いつものメイド服を着ている。そういつも吸血するときの服装。


「なんで?」


 自分でも驚くほど冷たい反応をしてしまう。なぜ晴ちゃんへ当たってしまうのか理解できない。


 彼女も呆気にとられた顔をしてる。心が痛むけど、今はどうしても態度を変えられそうにない。


「あ、ええと、一応報告しておこうかと思いまして。今から舞里さんの部屋へ向かいます。夜遅くはならないように注意しますが、他に要望はありますか?」


 要望はある。もし行かないで欲しいと駄々をこねれば、行かないでくれるのか。今更言えるはずもないのだけど。


「ないよ。頑張ってね」


 拳を強く握りしめて、絞り出すように応えた。掌に爪が食い込んで痛むけど構わない。いや、痛い方が今はいい。


「そうですか。ではおやすみなさい」


 柔和な微笑みで軽い会釈をしてくれる。好きなはずだった表情は今は無性に気に障った。


 私の態度がおかしいことを心配してくれているのだろう。あの子の部屋へ向かう彼女は、何度もこちらを振り返って見ていた。


 私もその場から動かずに、彼女が見えなくなるまで見送る。


 姿が曲がり角へ消えて見えなくなった後、まるで逃げるように駆け足で自室へ帰った。どこから逃げているのかは自分でも分かっていない。


 自室に戻るやいなやベッドに潜り込み、頭まで布団をかぶる。部屋は隣同士ではないのでありえないことだけど、もし何かの音が聞こえてきたならおかしくなってしまいそうだ。


 また喉が渇き始める。カラカラに乾いた喉では唾液さえ飲み込めない。


 もう寝たい。早く明日の朝になってくれと切に願った。


 しかし目を強く瞑って寝ようとするほどに、頭の中で色々なことを考えてしまう。


 初めて晴ちゃんを吸血したときの記憶。大事な思い出で、今でも晴ちゃんの表情までも覚えている。夜一人で眠るときなんかは、時々思い出しては幸福感を反芻してた。


 そんな素敵な記憶だけど今日は一部が違っていた。私の位置に舞里がいるのだ。


 あの子が晴ちゃんを貪る、とてもリアルな想像。全身から汗が噴き出した。


 体を跳ね上げるようにして起こす。嫌な妄想は頭にこびりついてる。目は完全にさえてしまった。


 早鐘を打つような心臓を落ち着けようと、ベッドの上に座ったまま大きく深呼吸する。しかし一向に収まる気配はない。


 逆に体の様子はどんどんとおかしくなってくる。


 座ってるはずなのに足元には浮遊感がある。頼りない、フワフワと浮いてるような感覚。気持ち悪い。


 倒れ込むように再び寝そべった。もう今晩は眠れそうにない。眠るどころではない。


 何も考えたくないので、思考の全てを放り出し停止させる。


 ただただ時間を流す作業が始まった。眠れもせず、何も考えず、流れるのが非常に遅くなった時間をただただ潰す辛い作業。


 朝まで続いてしまったそれは、起こしに来た彼女に対して、あの奇行をさせるには十分な原因となった。

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